古代魔法兵器①
魔法省アンデルデズン研究塔。所長室。
「なにが歯車大系だ!!」
基幹魔法開発と書かれた号外が勢いよく破り捨てられる。
新所長ジョージは目を剥き、顔を真っ赤にして、わなわなと体を怒りに震わせていた。
「諸君! 成果はまだかね?」
部下たちを、ジョージはギロリと睨み、怒鳴りつけた。
「まさか魔法省の精鋭が、無学位に負けるような恥は曝さんだろうな」
部下はなんとも返答に困った表情を浮かべた。
基幹魔法を超えるような研究成果など、出せるわけがない。
『誰だよ……歯車大系を開発したのアイン室長だってバラしたやつ……』
『元々室長が歯車大系の譲渡を持ちかけてたらしいです』
『ああ……そりゃ大失態だ……』
などと部下たちはジョージに聞こえないように、《魔音通話》の魔法で秘密裏に会話している。
「なんとか言いたまえ。君たちは無学位以下かね」
と、ジョージは嫌味を言う。
ますます部下たちが萎縮する中、一人の男が口を開いた。
「歯車体系の権利申請に対し、異議申し立てをしてみるのはいかがでございましょうか?」
デイヴィットである。
「なにぃ……?」
「つまり、ジョージ・バロムが開発していた新魔法が盗まれたのだと」
表情を崩さず、ジョージはそしらぬ顔で言った。
「……君には小言を言わねばならんな。他の者は外したまえ」
部下たちは全員退出し、デイヴィット一人が残された。
無論、小言を言うつもりがないのは明白だ。裏道を使う以上、他の者に聞かせるわけにはいかないということである。
「それで?」
「無学位の魔導師は学界での発言権がなく、名前も残りません。魔導博士の学位を持つ所長と争えば、どちらが支持されるかは明らかかと」
「……確かに、話を学界にまで持っていけば私が勝つだろうな」
無学位の魔導師というのは、それだけ立場が低く、信用がない。
「認定日前に基幹魔法陣さえ手に入れば……」
「どうやってだ?」
その問いに、ニヤリと笑いながら、デイヴィットは懐から、一枚の写真を取り出す。
シャノンの姿が映っていた。
「アイン・シュベルトには、小さな娘がいるようです」
娘を人質に取り、基幹魔法陣を引き出すという意味だ。
「とはいえ、やつは粗暴な魔法が得意で」
「私はこれでも第十二層宝物庫の鍵を管理していてね」
ジョージが宝物庫の鍵を魔法陣から取り出す。
「というと、あの……十二賢聖偉人がダークムーンで造ったという……?」
ニヤリとジョージが笑う。
「古代魔法兵器ゲズワーズ。アゼニア・バビロンの傑作など、無学位に使うにはもったいないがね」
§ § §
一週間後――
リーン、と湖の古城の呼び鈴が鳴った。
「シャノンがでるー」
と、彼女は走っていき、内鍵を外そうと背伸びをするが届かない。
アインが両手で体を持ち上げてやると、シャノンは嬉しそうに鍵を外した。
扉の向こう側にいたのは、軍服を纏った青年だ。
長い黒髪を後ろで縛った美丈夫で、深紅の瞳は切れそうなほどに鋭い。
腰には刀を下げていた。
「いっしゃいます!」
元気よくシャノンが挨拶する。
「ここは、ぱぱのいえです。シャノンはぱぱのこです」
「聖軍総督直属、実験部隊黒竜隊長ギーチェ・バルモンドだ。魔導師の水月違法採集の罪により、アイン・シュベルトを逮捕する」
「ぱぱ、たいほ……!?」
シャノンの脳裏には(たいほ、ろうごく、いぎょうなし)といった映像が浮かぶ。
すぐさま両手を揃え、シャノンは手錠をかけられるときのポーズをとった。
「シャノンがやりました!」
「そもそも、魔導師の水月は、管轄じゃないだろ」
アインがそう言うと、ギーチェは僅かに目元を緩めた。
「久しぶりだな、アイン。相変わらず生意気な面だ」
「オマエこそ、つまらん冗談に拍車がかかったな、ギーチェ」
軽口をたたき合う二人を、シャノンは首を振って交互に見た。
「ぱぱは、たいほなし?」
「こいつは魔導学院時代の悪友だ。用があって呼び出した」
アインが言う。
「むざい」
と、シャノンは勝利を勝ち取ったかのように拳を突き上げたのだった。
§ § §
応接間。
アインはギーチェに出すための紅茶を入れている。
「ぱぱは、おうとでいちばん?」
父親を褒められたいのだろう。嬉しそうにシャノンが尋ねると、ギーチェは空気を読んで和やかに言った。
「王都一と言っても控え目なほどだ。なにせ、こいつが憧れてる十二賢聖偉人アゼニア・バビロンに並ぶ偉業だからな」
「別に憧れてはいない」
と、アインは険のある声で言い、紅茶をギーチェの前に置いた。
「ぱぱはアゼニアより、すごいいじんっ?」
期待を込めた目でシャノンが聞いてくる。
一瞬の沈黙の後、アインは答えた。
「……馬鹿者。アゼニア・バビロンは魔導学の祖だ。現代でさえ解読できてない魔導書がごまんとある。オレはまだ彼の指先にすら及んでいない」
「でも、ぱぱ、いちばんあたらしいじんなるでしょ?」
シャノンがピッと人差し指を伸ばし、一番をアピールする。
その質問に、アインは真顔のまま押し黙った。
「それは無理だな」
と、代わりに答えたギーチェが、紅茶のカップを口元に運びながら言う。
「なにせ、こいつは性格が悪い」
「別になりたかねえよ。先に用件を済ませろ」
ギーチェは懐に手を入れて、封蝋をした封筒をアインに手渡した。
アインはそれを受け取ると、ちらりと横目でシャノンを見た。
そして、立ち上がった。
「出かけてくる。ついでにシャノンに飯を作っていってくれ」
「……おい。待て」
ギーチェが言う。
「シャノンもいくっ」
駆け寄るシャノンの頭をアインがつかむと、彼女は腕をジタバタと回しながら、
「いーーくーー」と駄々をこねている。
「留守番してたら、ギーチェが二〇段のホットケーキを作ってくれるぞ」
現金にもシャノンがばっと振り向き、瞳をキラキラとさせていた。
僅かにギーチェは怯み、
「……一〇段が限界だ」
折れるようにそう言った。
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