魔導師の水月
王都アンデルデズン。魔導商店街。
『号外、号外』
《魔音通話》の魔法にて、街中に声が響く。
大空を飛ぶ何十匹ものイヌワシが足に下げた鞄から次々と新聞の号外をバラ巻いていく。
それは魔導商店街を行き交う人々の頭上に降り注いだ。
「……!? 本当かこれ?」
「魔法省の号外ですから、間違いということはないと思いますが……」
魔導師たちは号外を手にし、口々に語り合う。
「十三番目の基幹魔法とは……長生きはするものじゃて」
「歯車大系……基幹魔法に人工物は合致しないとも言われていたが」
「論文の公開が待ち遠しいな」
「じゃが、これはどういうことかのう……?」
一人の老魔導士が、不自然な点に気がついた。
「一番肝心な、開発者の名前がないというのは」
§ § §
湖の古城。
先の魔力暴走により、古城は崩壊した。
更地になったその場所に、今はテントが張ってある。
その横に机と椅子が置かれており、アインが座っていた。
「ごうがいっ、ごうがいっ」
新基幹魔法開発の号外を両手にかかげながら、シャノンはとてとてと駆け回っている。
「オマエ、文字読めるのか?」
言いながら、アインはミスリルと魔石を使い、小さな歯車を作っている。
そこへシャノンがやってきて、強引にアインの膝の上に座った。
「おい。邪魔をするな」
「よんで」
シャノンは号外をテーブルの上に置き、見出しの一番大きな文字を指さす。
仕方がないといった風に、アインは読んだ。
「七〇〇年ぶりの偉業。十三番目の基幹魔法、歯車大系開発」
「ぱぱ、いぎょう!」
嬉しそうにシャノンが両手を上げた。
アインは僅かに表情を柔らかくする。
「これは?」
と、シャノンが次に大きな文字を指さす。
「自律起動の魔法陣だ」
アインが文字を読み上げる。
「ってなーに?」
「……そうだな」
アインは考えながら、魔法陣を描く。
そこにいつも手にしている古い杖が現れた。
「これは《相対時間停止》の器工魔法陣だ」
「きこうまほうじん?」
シャノンが見上げてくる。
「雑に言えば魔法具だ。《相対時間停止》の魔法陣がすでに組み込まれている。この杖で時間を止めると念じてみろ」
アインはシャノンに杖を渡した。
彼女は膝から降りると、ズズズと杖を引きずり、歩いていく。
「れずん・ねぜ!」
と、シャノンは元気よく杖を突き出した。
しかし、なにも起こらない。
シャノンの顔が無になった。
「器工魔法陣でも、術者が正しく魔力を送り起動しなければ魔法は使えない」
アインは立ち上がり、シャノンのもとへ歩いていく。
「次はこっちだ」
と、彼は先ほど作った歯車をシャノンに手渡す。
「好きな形を念じながら、そこの柱に歯車を向けてみろ」
言われたとおり、シャノンは折れている柱に歯車を向けた。
「あめだま!」
シャノンが念じると、歯車から光が放たれる。
それに照らされ、みるみる内に石の柱が変形していく。
彼女が念じた通りのあめ玉の形状だ。
「まるくなった!」
驚いたように、シャノンは口を開ける。
その間、アインは魔眼にて、魔力の流れを分析するようにシャノンを注視していた。
すると、不思議そうに彼女は振り向いた。
「ぱぱ? かんがえごと?」
「……いや、今のが器工魔法陣の自律起動――条件はあるが、これなら誰でも魔法が使える」
「どー、やって、かいはつしたの?」
シャノンが体を大きく使い、ぐるりと手を回して歯車の形を表した。
その歯車が、アインが開発した歯車大系によるものだということは、シャノンもわかっているようだ。
「……歯車についた血を見て閃いてな。心臓は絶えず行動を刻む。心臓に歯車魔法陣を組み込めば――魔力ではなく生命力によって常に回り続けるはず。魔法陣は常時起動するため、起動時の魔力を送る必要がない」
シャノンが魔力暴走を引き起こしたときのこと――血のついた歯車をアインは思い出していた。
「だから、あのとき、その理論を術式化し、自分の心臓を歯車に変えたんだ。それが歯車大系を完成させる最後のピースだった」
歯車の心臓と歯車魔法陣が魔導連結し、歯車体系の魔法は初めて発動できる。
その説明を聞きながら、シャノンは次第に体をぶるぶると震わせ始めた。
「シャノン、いま、はぐるまのまほうつかったとき……?」
恐る恐るシャノンが聞く。
アインは答えた。
「心臓が歯車になっていた」
バタッとシャノンは倒れた。
「しんだ」
「死なん。炎熱大系は肺の空気を炎にするが呼吸はできるし、樹幹大系は骨を樹木にするが体は動く。それが魔法だ」
「いきかえった」
シャノンがびょんっと起き上がる。
「まあ、オレの理論が魔法律に反していればオレは死んでいたがな」
それでも、アインはそれを実行した。
これまで幾度となく失敗してきた歯車大系の実験を。
(不思議と迷いはなかった。強い確信となによりオレはシャノンを助けたかった)
シャノンはほえーという顔をしながら、アインを見ている。
どうやらよくわかっていないようだ。
「つまり、オマエのお手柄だ」
「シャノン、おてつだいしたっ!」
彼女は嬉しそうににんまりと笑う。
「ところで……孤児院の件だが」
そう切り出すと、シャノンは震え上がる
とてとてと走っていき、先程作った丸い石の後ろで身を小さくした。
「話を最後まで聞け。戻りたくないなら、戻らないようにしてやる」
「……うそつきしない?」
警戒するように頭だけをひょこっと出し、シャノンが覗いてくる。
「しない。他に欲しい物はあるか? お手伝いのご褒美だ。なんでもやる」
「すーぱーほっとけーき! ごだん!」
シャノンは手を広げ、五本の指で五段をアピールする。
「わかった。他には?」
「まみーがほしい!」
「……ママか」
と、アインは考える。
「ままはだめなの。まみーだよ」
シャノンが咎めるように言う。
アインは解せないといった表情になった。
「同じだろう?」
「まどうしとまじゅつしぐらいちがうー」
魔法を開発するのが魔導師。
魔法使うだけなのが魔術士である。
つまり――
「……ままが実の母親で、まみーは新しい母親か?」
「いえす!」
シャノンは得意げな顔で、親指を立てた。
「……なるほど」
納得しつつ、アインはまた考える。
(それもそうか。研究にしか興味のない男よりは母親がいいだろう。それに……)
シャノンが引き起こした第十位階を越える魔力暴走が頭をよぎった。
(あの魔力暴走――シャノン自体の魔力が暴走していた。通常は器工魔法陣でしか起こらない。シャノンの強い魔力と歯車体系が干渉して起こる現象と仮説を立てたが…さっきはその予兆すらなかった)
シャノンが《加工器物》の歯車で、丸い石を作ったとき、特別な現象は見られていない。
それを確かめるために、アインはその歯車を作り、魔眼で注視していたのだ。
だが、再現性がなくてはそれ以上調べられない。
(原因がわからん以上歯車大系の近くにはリスクがある。新魔法にはどうしたって未知の部分が多いからな)
「まみーはだめなやつ?」
アインが考え込んでいたので、不安そうにシャノンが聞く。
「わかった。どうにかしよう」
すると、嬉しそうにシャノンは言った。
「きれいなまみーがいいっ。やさしくて、おこらなくて、りょうりじょうず!」
「……なんとかしよう」
条件はかなり厳しいが、それぐらいは責任を果たさなければとアインは承諾した。
「えほんよんで、どれすつくって、いっしょにおどって、まいにちぱーてぃ、そらとぶばしゃでまほうのにじつくる! あとつおい!」
「ぜいたくを言うな。そんなご令嬢がどこにいるんだっ?」
目をぎらりと光らせ、アインが静かなる怒りを発する。
だが、シャノンは特に気にせず、次の要求を述べた。
「あとおかたづけしたい!」
「城はもう少し待て。今夜あたりいけると思うんだがな」
すると、シャノンが上目遣いになり、しおらしく聞いてきた。
「あのね。シャノン、こわしちゃったから、シャノンもおかたづけしたい…むり?」
「……オマエにできることは……」
なにかなかったかと考え、アインははたと思いついた。
「よし、じゃ、シャノン。この《加工器物》の歯車で新しい城の見本を作れるか?」
アインは先ほどシャノンに手渡した歯車を指さしたのだった。
§ § §
夜。
空には満月が輝き、湖を照らしていた。
「できた! はぐるまのおしろ!」
シャノンの前には小さな歯車の城が完成していた。
これから作り直す本物の城の模型である。
「シャノン。それを持って、こっちに来い」
アインが手招きをする。
シャノンは大急ぎで、父親のもとまで駆けていった。
「見てみろ」
アインが湖面を指さす。
そこには満月の横にもう一つ、蒼い月が映っていた。
シャノンはびっくりして夜空を見上げる。
だが、月は一つだけだ。
「……あれ?」
と、彼女は疑問でいっぱいである。
「魔導師の水月だ」
アインが説明した。
「直に見るには魔眼を鍛える必要があるが……」
そう説明しつつ、アインはシャノンに眼鏡をかけた。
魔眼の働きを代用するものだ。
空に浮かぶ魔導師の水月を初めて見て、シャノンはあっと口を開いた。
「あの月は強い魔力と豊富なマナを宿した魔法素材オリハルコンになる。月の色により特性が異なり、ブルームーンは魔力伝導性が高い。あれを城にするぞ」
びっくりしたようにシャノンは目を丸くする。
「おつきさま、おちたら、おおさわぎなるよ?」
「魔導師の水月砲撃採集の申請は受理された」
砲撃採集はその都度、魔法省申請塔にて受付、許可を出す。
挑戦する者は少ないが、同じタイミングで二人の魔導師が砲撃を行った場合、どちらが落としたのか調べるのが難しいからだ。
「ぱぱのてとどくかな?」
シャノンは空に手を伸ばした。
「まぁ、今世界にあるオリハルコンの大半は十二剣聖偉人が落としたやつだ。魔導師の水月は落とせないわけじゃないが、長距離術式は狙いがつけにくく、マナがかかりすぎてメリットが薄い」
なかなか一発では当たらないため、数十、場合によっては数百と魔法を撃たなければならないのが実情だ。
アインは頭上を見上げ、手をすっと伸ばした。
「炎熱大系然り、樹幹大系然り、十二基幹魔法は自然物を術式化したものだ。自然は本来、制御ができない。それを元にした魔法はどうしてもその特性に影響を受ける」
逆に言えば、それを凌駕できるほどの魔法技量があったのが十二賢聖偉人ということでもある。
「だが――」
夜空に巨大な歯車魔法陣がいくつも浮かぶ。
一定間隔を空けて並べられたその歯車は、あたかもブルームーンに照準する長大な砲塔だった。
「歯車体系は違うぞ。こと精密さにおいては、歯車よりも優れている魔法などありはしない」
歯車は人工物。工作などのために作られた器物だ。
その特性を受けるのならば、精密さに優れているのは道理だろう。
アインの手の平から魔力が放出される。
それは夜空にかけられた十一枚の歯車をすべて通り、増幅され、照準を修正されながら、まっすぐブルームーンへと向かった。
「第十一位階歯車魔導連結」
魔力の砲弾が蒼い月を撃ち抜いた。
浮力を失い、巨大な月はみるみる真下へと落ちてくる。
アインたちのいるその場所へ――
「《第十一位階魔導連結加工器物》」
十一枚の歯車魔法陣に覆われ、落ちてきたブルームーンがある形に変形していく。
そして――
ズドォォンと湖の小島が激しく揺れた。
アインたちの目の前にはシャノンが作った見本通りの歯車の城がそびえ立っていた。
「おしろなおたー。シャノンのみほんとおんなじー」
嬉しそうな声が響き渡った。
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