歯車大系②
魔導工房。
床で力尽きたようにアインが仮眠を取っている。
突如、ダガガガガガガッとけたたましい音が鳴り響き、彼は目を覚ました。
(この魔力は……!? 厨房からか)
彼はすぐさま起き上がり、厨房まで駆けていく。
「シャノンッ!」
ドアを開き、アインが室内に飛び込んできた。
そこにいたのは、やはりシャノンだ。
目に涙をいっぱいに溜めた彼女の周囲には、夥しいほどの魔力が渦巻いている。それは無秩序に放出され、室内の壁や天井に亀裂を走らせる。
(魔力暴走だと? なぜだ? 人間だけでは起こるはずがない!)
魔力の暴走により周囲に甚大な被害をもたらす魔力暴走は、魔法水晶などの器工魔法陣を起因とするものだ。
そして、器工魔法陣には必ず魔導核が存在する。
それを破壊すれば魔力暴走は止まるが、そもそも魔力暴走が起こる器工魔法陣などここにはないはずだった。
アインは魔法陣から杖を取り出し、シャノンへ向ける。
「《相対時間停止》」
シャノンごと、暴走する魔力を停止空間が覆い尽くす。
時間が止まってしまえば、被害はこれ以上拡大しない。
(魔導核がわからん以上、このまま力尽くで抑え込――)
瞬間、止まったはずの魔力が渦巻き、派手な爆発が巻き起こった。
城の半分が消し飛び、アインは遥か後方まで吹き飛ばされている。魔力波をまともに食らった衝撃で、全身はボロボロだ。
人の形を保っているのが不思議なぐらいだった。
(《相対時間停止》を無効化される第十位階以上の魔力暴走……一級魔術師の大隊でも止められんぞ)
魔力が吹き荒ぶ中心部をアインは魔眼にて見つめる。
(暴走半径が拡大するなら魔力源の自然崩壊まで距離をとるのが常識だ。オレは魔導師だ無駄なことは断じてせんぞ。研究用のマナを使い果たそうとシャノンは助けられん)
魔導師として、アインは心を殺し、冷静な決断を下す。
第十位階以上の魔力暴走とは、それほど大災害なのだ。
まともに止めようとすれば、死体が増えるだけだ。
だが――
「ぱぱ……」
声が聞こえた。
暴走する魔力に載せられ、か細い声が、ほんの微かに。
アインの耳に、聞こえたのだ。
「まな、もったいないよ……にげるして……」
歯を食いしばり、アインは床を思い切り蹴った。
「この程度の常識覆せんなら、何千年生きようが偉業は成せん!!」
自らを鼓舞するように吠え、《飛空》の魔法で大きく飛び上がった。
暴走する魔力はシャノンを中心として球体のように広がっている。中心部へ近づくほどに、その威力を増す。
(あの中に一歩でも踏み込めば骨も残らんが、暴走した魔力にはムラがある。目じゃない。頭で見ろ。魔法の理を解明するのが――)
アインは魔眼に意識を集中し、頭を高速で回転させ、脆弱な部分を計算していく。
一つでも見落とせば、僅かでも計算を違えれば、その時点で彼は死ぬ。
(――魔導師だ!)
魔法障壁を張り、アインはシャノンめがけて突っ込んでいく。
魔法研究で培った魔眼と頭で荒れ狂う魔力暴走の僅かなムラを見抜き、針の穴を抜けるように、その暴風域のまっただ中を飛んだのだ。
「手を出せ! オマエの魔力を、直接オレが制御する!」
その声に、シャノンが反応した。
「……ぱぱ……」
互いに伸ばされた手。
一瞬、けれども気が遠くなるような長い時間をかけ、二人の距離が縮まっていく。
荒れ狂う魔力場の中心にて、アインは確かに我が子の手をつかんだ。
「《境界魔力掌握》」
アインは他者の魔力を制御する魔法を発動する。
だが――
暴走する魔力が更に勢いを増し、アインの魔法障壁を突き破る。
アインの手とシャノンの手が離れてしまった。
(なぜだ? 止まらんっ!)
その勢いに押され、アインは弾き飛ばされる。
(離されるな……二度と戻れん……!)
「やだぁっ、ぱぱっ! ぱぱっ、ごめんなさい……シャノンもけんきゅうのやく、たちたかったの!」
目にいっぱいの涙を溜めて、シャノンが言う。
彼女の手には、小さな歯車があった。
(二度……と……)
アインの視線と、アインの思考が、塗り替えられていく。
「シャノン、ぱぱといたかったから!」
死と隣り合わせの極限状態の中、アインの頭を支配したのは、己の身の安全でも、シャノンの涙でもなかった。
(……あれは、オレの歯車か……?)
アインが開発していた歯車大系。
そのために作った器工魔法陣の歯車である。
(黒ずんでいる……歯車に血が付着して……血と歯車が……歯車の血が……)
アインが目を見開く。
見えたのは、ただ一つ、どれだけ考えても辿り着かなかった最後の閃きだ。
「ぱぱのいうこときかずに……シャノン、あくまよんでごめんなさい!!」
「馬鹿者」
アインは言った。
優しく窘めるように。
「オマエはなに一つ、間違えていない。無理だと言われたぐらいで、やらない無能に成功はない。失敗を犯した者だけが、辿り着ける領域がある」
アインは魔法陣を描く。
己の心臓と、そして目の前に。
それは、これまでのものとはまったく違い、歯車の形をしていた。
「シャノン。お手柄だ。よく見とけよ」
彼が全身から魔力を発すれば、次々と歯車の魔法陣が現れる。
それぞれがそれぞれに魔法的につながり、魔導連結を果たす。物理的には離れているが、それらの歯車は噛み合っているのだ。
「これが史上十三番目の基幹魔法、歯車大系――」
勢いよく一枚の歯車魔法陣が回転すれば、連動するように魔導連結された他の歯車魔法陣も回転する。
合計十一枚の歯車魔法陣が勢いよく回った。
「《第十一位階歯車魔導連結》」
アインが放出した魔力波が、歯車の魔法陣にて増幅され、膨大に膨れ上がって、弾丸のように発射された。
同時にアインはシャノンに、《第十一位階歯車魔導連結》の結界を纏わせる。
アインが発射した魔力の弾丸は暴走する魔力を吹き飛ばし、シャノンが手にした歯車だけを破壊した。
瞬間、ふっと魔力暴走が収まった。
辺りは静けさを取り戻す。
だが、シャノンはぶるぶると震えたままだ。
「あ……やぁ……」
怯えたように彼女は自らを抱く。
アインは後ろから、ぎゅっと彼女を抱き締める。
「遅くなってすまなかった」
「ぱぱ……」
「もう大丈夫だ」
そうアインが言えば、「う……あ……」と彼女は目に涙を溜める。
「ぱぱ……シャノン……こわしちゃった……ぱぱとシャノンのおうち……なくなった……」
震えながら、涙をこぼすシャノンを、アインは優しく抱いた。
「ちょっと散らかしたぐらいで、そんなに泣くな。お片付けすればいい」
「……おかたづけできる?」
不安そうにシャノンが聞いた。
古城はボロボロで、その残骸が辺りには散らばっている。
元通りに戻せるとはとても思えなかったのだろう。
そんな彼女にアインは言った。
「オレの名前は?」
すると、シャノンははっとした。
みるみる花が咲くように、その顔が笑顔に変わっていく。
彼女は両手を上げて言ったのだ。
「ぱぱはすごいまどうし! おうとでいちばん!」
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