連鎖歯車
ひっくり返った馬車の中でアインが言う。
「シャノン、絶対に外に出るな」
こくりと彼女がうなずいた瞬間、外の状況が動いた。
刀を構えるギーチェに対して、まずフードの男――サルタナが長い杖を振るった。
「《鋼呪縛刺弾槍》」
魔法陣が描かれ、そこに出現したのは禍々しい槍であった。
その切っ先がギーチェに向けられる。
(地鉱体系か)
ギーチェがそう判断した瞬間、禍々しき槍が射出された。
目にも止まらぬ速度で迫った《鋼呪縛刺弾槍》を、刀で捌くようにギーチェは後方へ受け流す。
すると、仮面をつけた男、ツヴァイゲルトが魔法陣を描いた。
「《転移砲門》」
槍が弾き飛ばされた方向に出現したのは、四角く黒い穴だ。
そこに槍が吸い込まれていき、そして、突如、ギーチェの真横に現れた。
(時空大系の空間転移……!)
槍は黒い砲門から出現している。それが、黒い穴の出口なのだろう。
咄嗟に彼は身を捻ってかわし、大上段に《鋼呪縛刺弾槍》を切り落とした。
ギーチェが素早く次の行動に移ろうとしたその瞬間だった。
「《鋼呪縛刺弾槍》」
「《転移砲門》」
サルタナが禍々しい槍を無数に出現させ、それをツヴァイゲルトが黒い穴に飲み込んでいく。
ギーチェの周囲を囲むように、ずらりと《転移砲門》の黒い砲門が並べられている。
そして、そこから《鋼呪縛刺弾槍》の穂先が覗いていた。
五〇……いや、もっとだろう。
第一位階魔法ならいざ知らず、《鋼呪縛刺弾槍》を一度にそれだけ出現させるのも、それらをすべて《転移砲門》にて転移させるのも、並の術者にできることではない。
禍々しい槍がギラリと光り、すべて同時に発射された。
全方位からの攻撃に身をかわす場所はない。
しかし、ギーチェは迷いなく地面を蹴った。
彼が選んだのは前進。それも尋常ではない速度だった。
背後から迫る《鋼呪縛刺弾槍》に追いつかれない速さで駆け抜け、前方からくる《鋼呪縛刺弾槍》を叩き切って落とす。
「なんだ、こいつは」
サルタナが数本の《鋼呪縛刺弾槍》を放つも、ギーチェはそれを捌ききり、横薙ぎに刀を振るった。
高速の剣撃は、しかし空を切る。
足下に《空間転移門》の魔法陣があった。
離れた位置に同じ魔法陣があり、そこにサルタナとツヴァイゲルトが現れた。転移したのだ。
はっとして、ギーチェは飛び退いた。
数瞬遅れて《鋼呪縛刺弾槍》が降り注ぎ、地面を抉る。
ギーチェは駆け出し、回避行動を取った。
だが、《鋼呪縛刺弾槍》と《転移砲門》により転移を繰り返し、どれだけ回避しても追ってくる。
「《封石魔岩結界》」
サルタナが魔法を使えば、ギーチェの行く手に何本の柱がせり出してきた。それは結界を構築して、彼の進路を制限する。
急停止したギーチェの背後から、無数の槍が降り注ぐ。
そのとき――
「《砲閃連鎖歯車魔導伝送》」
声が響き、魔法の光が弾けた。
降り注いだ無数の槍、それらは一本たりともギーチェに当たることはなかった。
なぜか彼を避けるようにして、数十本もの《鋼呪縛刺弾槍》が地面に突き刺さっているのだ。
立ちはだかったのはアイン・シュベルト。
彼の前方には、鋸刃の歯車が無数に浮かんでいる。連鎖歯車と呼ばれるものだ。
歯車の中心には結晶があり、それが魔法的な輝きを発していた。
そして、それら歯車はどれもが高速で回転している。
「それは魔法省の記録にない。秘匿魔法だな」
後方からアリゴテが声を飛ばしつつ、魔眼を光らせている。
秘匿魔法とは一般に公開されていない魔法のことだ。ロイヤリティマナを得ることはできないが、魔法陣やその効果などが知られていないため、戦闘では有利に働く。
「我々への対策と見た」
「いいや」
アインは平然と言葉を返す。
「しつこい違法魔導組織に娘を狙われていて、申請する暇がなかっただけだ」
瞬間、バッカスが動いた。
影の爪を伸ばせば、それが地面を伝ってまっすぐ伸び、魔導馬車の結界をすり抜ける。
影が実体化して、地面から魔導馬車に向かって突き出された。
それを察知していたギーチェがそこまで駆け、刀にて切り落とす。
アインが馬車から出てくれば、奴らはシャノンを狙う。それを見越し、警戒していたのだ。
「シャノンのことは気にしなくていい」
馬車の前で、ギーチェは刀を構え、影の男バッカスを睨む。
「そのつもりだ」
アインが魔法陣を描く。
その背後にツヴァイゲルトが《空間転移門》で現れた。
「《伝送魔弾》」
アインが指先から魔力を送れば、空中に浮かぶ連鎖歯車の中心から、魔弾が降り注いだ。
「ぐっ……」
咄嗟にツヴァイゲルトは魔法障壁を張ったが、降り注ぐ無数の魔弾がそれに亀裂を入れ、破壊する。
たまらず、彼は《空間転移門》にて離れた位置に転移した。
「《封石魔岩結界》」
サルタナが魔法を使えば、アインの足元から柱がせり出してくる。
それは元々あった柱と連動するように、彼を閉じ込める結界を構築する。
瞬間、回転するいくつもの連鎖歯車が直接その柱に突っ込み、鋸刃にて切断する。
(……歯車の刃で結界を切断した……?)
瞬時にそう思考したサルタナは魔法陣を描き、身構える。
「《伝送魔弾》」
結界を突破した連鎖歯車は、そのまま鋸刃を回転させながら、サルタナに襲いかかる。
それとは別の連鎖歯車が魔弾を放ち、ツヴァイゲルトを狙った。
二人はそれぞれ攻撃を回避していく。
「《転移砲門》」
ツヴァイゲルトは黒い穴――《転移砲門》の裏門を盾に使い、《伝送魔弾》を飲み込む。
そして、アインの側面に出現させた表門より、その魔弾を返した。
「《第四位歯車」
アインが魔法陣を描けば、連鎖歯車が出現する。
跳ね返された魔弾が、その連鎖歯車の中心を通ると、向きが歯車の方向に曲がり、狙いを外した。
(あれで《鋼呪縛刺弾槍》を防いだのか。それと、なんだ? 魔弾が通った後、歯車が回転し始めた……?)
ツヴァイゲルトがアインの魔法を分析する中、回転した連鎖歯車はまっすぐ《転移砲門》の表門に飛び込んだ。
それは空間を超え、ツヴァイゲルトのそばにある裏門から出現する。襲いかかる連鎖歯車を、彼は飛び退いてかわす。
しかし、アインは次々と裏門へ連鎖歯車を飛ばし、ツヴァイゲルトに誘導させていく。
「《鋼呪縛刺弾槍》」
禍々しい槍を無数に宙に並べ、サルタナはそれを射出する。
「《伝送魔弾》」
アインは回転する連鎖歯車から魔弾を放ち、それらを迎え撃つ。
しかし、サルタナの前に転移してきたツヴァイゲルトが《転移砲門》を使った。
無数の裏門が《伝送魔弾》の前に展開され、それが表門を通って跳ね返される。
無数の槍と魔弾が、アインに雨あられの如く降り注ぐ。
瞬間――
「《砲閃連鎖歯車魔導伝送》」
再びアインが使ったのは、彼が新たに開発した第十二位階魔法。
無数の歯車が出現していき、それが勢いよく回転する。
「《伝送魔弾》」
放たれる無数の槍、時空大系によって跳ね返される魔弾。
それに対してアインの取った行動は単純明快。
《転移砲門》が魔弾を跳ね返すといっても、一門につき、一発が限度だ。
ならば、跳ね返された魔弾も、迫りくる無数の槍も、すべて物量にて押しつぶす。
(……なんだ、この砲撃速度は……?)
(こっちは二人……しかも魔弾を跳ね返している……三倍、いや四倍以上の……!?)
跳ね返した魔弾、禍々しい槍が、アインが放つ夥しい数の《伝送魔弾》に塗りつぶされるように相殺されていく。
なおも余りある魔弾はサルタナとツヴァイゲルトを襲った。
「……く……!?」
ぎりぎりのところでツヴァイゲルトは《空間転移門》を使い、真横に転移した。
「転移が遠く、間隔が短いほど、《空間転移門》は困難だ」
アインが言った瞬間、ツヴァイゲルトがはっと後ろを振り向く。
最初に二人に襲い掛かった無数の連鎖歯車がそこに浮かんでいる。
放たれた無数の魔弾は、その連鎖歯車を二回経由して向きを変え、サルタナとツヴァイゲルトに再び迫る。
「………!? 《空間転――!!」
転移魔法は間に合わず、その魔弾の雨が《白樹》の二人を飲み込んだ――
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本作『魔法史に載らない偉人』が本日4月29日、
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