襲撃者
天空城アルデステムアルズ。第一魔導工房。
「アイン・シュベルト。君に本来の学位を返そう。その代わり、私の娘を返してくれないか?」
ゴルベルドがそう言った。
「それが条件か」
「身元を隠すために、私につながる情報は消した。君の同意がなければ、親権は動かせない」
一瞬アインはシャノンを見る。
話についていけないのか、ぼんやりとした表情をしていた。
「乳母はろくな親じゃなかったようだが?」
「一芝居打ってもらった。優しい親が孤児院に入れるのは不自然だ」
「そこまでして、なぜガルヴェーザに気がつかれた?」
「わからない。ガルヴェーザには計り知れないところがあったからね」
そうゴルベルドは答えた。
「私が開発したことになっている《魔炎殲滅火閃砲》も、彼が七歳の頃に開発したものだ」
「秘匿魔法の一つや二つ、持っていても不思議はないかもしれないね」
アウグストがそう言った。
「シャノンの魔力暴走の原因は?」
「アデムの血による影響だろう。火塵眼と同じく、なんらかの異能が発現している」
「……なるほど」
そう口にして、アインは考え込む。
「この人形たち、叡智ある器工魔法陣の開発も、元を正せば常にリリアを守る魔法を
作れないか考えたからだ」
ゴルベルドは言う。
「失礼だが、君にリリアは守れない。代わりが欲しければ、条件通りの子どもを用意しよう」
アインの冷めた視線がゴルベルドを射貫く。
「オマエは、なんで娘を返して欲しいんだ?」
「おい、アイン。なにを聞いてっ……」
ギーチェが苦言を吐くが、ゴルベルドはさらりと言った。
「もちろん親心だよ。十二賢聖偉人ウォールズ・アデムが自らにかけた、アデムの血と呼ばれるこの魔法はまだ解明されていない。異能を宿したシャノンはアデムにとって大事な子どもだ」
親心と口にしてはいるものの、アインは違和感を覚える。
その台詞、その声からは愛情が感じられなかった。
「研究と子どもとどっちが大事だ?」
「研究だよ。私は魔導師だ」
ゴルベルドは即答した。
「幸いにも、彼女は興味深い子だからね。私にも親心があったと気がつかせてくれたよ」
「オマエと話してると、ガルヴェーザの方がまともだった気さえしてくるぜ」
「禁呪研究をしている彼がかい?」
「赤ん坊のときから幽閉されりゃ、おかしくならない方が不自然だ」
そう口にして、アインは娘を見た。
「シャノン。こいつがオマエの実の父親だそうだ」
アインがゴルベルドを親指で指す。
「じつのちちおや?」
わからないといった風にシャノンが首をかしげる。
「実のパパだ」
アインがそう説明すると、
「まにあってる!」
ものすごい気迫でシャノンが言った。
「実のパパは、間に合ってるとかじゃないぞ」
「シャノンのじつぱぱは、ぱぱ!」
「さすがに血がつながってないからな」
「つなげて!」
シャノンが強く要求する。
その無茶ぶりにアインは笑った。
「というわけだ。シャノンがオマエを実の父親だと認めない以上、返す気にはなれん」
彼はそうゴルベルドに言った。
「そんな理由で十二賢聖偉人の座を棒に振れるかな?」
後悔するぞと言わんばかりにゴルベルドが見下してくる。
吹っ切れたような笑みをアインは返す。
「魔法史に載らなくても、偉人は偉人だろ」
そう言い捨て、彼はその場を後にしたのだった。
§ § §
「おみずのばしゃー」
シャノンの目の前には、魔導馬車があった。
キャビンはシャボン玉のように丸く、その周囲には割れないシャボン玉がいくつも浮かんでいる。
車輪は水に浸かっており、引いているのは水中、水面を駆ける水棲馬であった。
「魔導馬車シェルケーだ。これなら、日が暮れる前にアンデルデズンに帰れる」
そうアインが説明した。
「一緒に帰りたいところだけど、ティエスティニアで用事があってね」
アウグストが言った。
「アウグスト。顔を潰して悪かったな」
アインが謝罪すると、
「いや、私の方こそすまなかった。実の親といっても、総魔大臣の話は不躾すぎる」
アウグストが逆に謝ってきた。
「彼がどういうつもりなのか、もう少し探りを入れてみよう」
「無駄だろ。あっちから折れるとは思えない」
「私は六智聖として、君に学位を取らせると言った。魔導師の約束だ。死力を尽くさなければ、仁義にもとる」
「気にするなよ」
アインはそう言い、おどけるように笑みをみせた。
「パパ友だろ」
一瞬目を丸くした後、アウグストは表情を緩めた。
「戻ったらアナシー呼んで、うちでパーティでもしようぜ」
「それはいいね」
アウグストと別れ、アインたちは馬車に乗り込んだ。
§ § §
王都アンデルデズンへ続く道を魔導馬車シェルケーが走っていた。
取り付けられた器工魔法陣が、魔導馬車の半径三メートルを水たまりに変えている。
水棲馬は水上を駆ける速度が速く、馬車はぐんぐんと進んでいった。
「まどーばしゃは、おそとにひとがいなくてもうごくの、どーして?」
キャビンの中でシャノンが言った。
「これは魔導兵器の一種だからな。御者台はここなんだ」
と、ギーチェが説明する。
「ぎょーしゃだい?」
「魔導兵器を操作する席のことだ。馬車の外の席もそう呼ぶけどな」
魔法球に軽く手をかざしながら、アインが言う。
「なぜにおなじなまえかな?」
疑問の眼でシャノンはアインを見た。
「最初に作られた魔導兵器は馬車だと言われている。だから、それ以降の魔導兵器、ゲズワーズなんかでも内部で操作する席を御者台と呼ぶようになった」
「じゃ、まどーばしゃ、たいほううてるっ?」
目をキラキラさせながら、シャノンが聞く。
「さすがに――」
その瞬間、アインはなにかに気がついたように魔眼を光らせた。
水棲馬が走っている水たまりが一瞬にして凍結する。水棲馬は足を取られ、車輪がガタガタと揺れ、馬車がぐらりと傾いた。
「わあああぁぁぁっ!」
アインが咄嗟にシャノンを庇う。
馬車はそのまま道を外れて横転した。
そこへ魔法砲撃が放たれた。雨あられの如く炎弾が降り注ぐ。
「――さすがに大砲はついていないが、結界は張れる」
魔導馬車の水が巨大なシャボン玉のように変化し、結界を構築した。炎弾をシャボン玉の結界が防ぎ、馬車を守っている。
「何人だ、ギーチェ」
アインが言う。
横転した際に馬車から飛び出していたギーチェが、刀を構えながら、頭上を睨んでいる。
「視認できたのは四人」
空から舞い降りてきたのは《白樹》の四人、バッカス、サルタナ、ツヴァイゲルト、そして眼帯の魔導師アリゴテだった。
「《白樹》の魔導師だ」
【第5回漫画脚本大賞受賞&4月29日連載開始のお知らせ】
すでにご存じの方もいらっしゃるとは思うのですが、
本作『魔法史に載らない偉人』は
去年の第5回漫画脚本大賞の大賞受賞作品です。
受賞から1年ほど連載の準備を進めてまいりましたが、
『マガポケ』での連載開始日が来週4月29日(金)に
決定しました。
作画は外ノ先生です。
イラストを活動報告にアップしました!
素敵な絵や非常に面白い漫画を
描かれる先生です。
無料で読むことができますので
ぜひぜひご覧になっていただければ
とても嬉しいです。