総魔大臣
天空城アルデステムアルズ。浮遊籠の間。
「よく来たね、アイン・シュベルト」
ゴルベルドがそう口にする。
だが、シャノンの興味は白髪の魔導師が手にしている杖にあった。
「ぱぱがこわしたつえとおんなじ!」
「魔時計の杖より上等だぞ。世界に一本しかない時霊樹の杖だ」
そうアインが訂正する。
「でも、そっくりだよ?」
「開発者が同じだからな」
アインが白髪の魔導師に視線を移す。
「六智聖の一人、《時王》ノーヴィス・ヘイヴン。お目にかかれて光栄だ」
そう口にして、アインは手を差し出す。
だが、ノーヴィスは握手に応じようとはしなかった。
「今の君と握手をするつもりはない」
「ノーヴィス。彼には学位が与えられる予定だよ」
事情を知っているのか、アウグストが言った。
「まだ無学位だ」
そう口にして、ノーヴィスは踵を返す。
そのまま、一人で去っていった。
「彼は伝統派だ。無学位とは一線を引きたいという考えが強くて困る。他の六智聖に立ち合いを頼めばよかったが、あいにくと空いていなかった」
「…………」
ゴルベルドの言葉に、アインは無言で彼を見返す。
「こっちは《鉄》のジェイガン。ノーヴィスの護衛だ」
鎧の男、ジェイガンは軽く頭を下げた。
「ノーヴィス様が失礼をしました」
「それじゃ、中を案内しようか」
ゴルベルドが言って、螺旋階段の方へ歩いていった。
§ § §
天空城アルデステムアルズ。天空石の間。
窓のない部屋だった。
壁の上方から水が流れ落ち、水路を通って流れていく。
その水流は部屋の中心付近で浮かび上がり、天井の吹き抜けに続いている。
部屋の中心には、純白の石が浮遊していた。
室内を総魔大臣ゴルベルドとジェイガンが先導していく。アイン、ギーチェ、アウグストがその後ろに続いた。
前方にはノーヴィスの姿が見える。
シャノンは不思議そうに、純白の石を手に取った。
「それは天空石だ。この天空城アルデステムアルズの動力、浮遊水を生み出している。不可思議なものだね、その小さな石がこれほど巨大な城を飛ばすのだから」
ゴルベルドがそう説明する。
「そらとぶいし!」
シャノンはぱっと天空石を放した。
宙に浮かぶという彼女の予想とは裏腹に、天空石はガシャンと床に落ちて粉々になる。
これでもかというぐらいに口を開き、目が飛び出るほどシャノンは驚いた。
(そらとぶいし、こっぱみじん→しろおちる→ぎりぎりでじゃんぷ)
という思考が、シャノンの頭によぎる。
「ぱぱー、だでぃー、しろおちるから、じゃんぷっ!」
膝を折り、シャノンは飛び上がろうとする姿勢になった。
「シャノン、それはすごく難しい」
ギーチェがそう口にして、
「そもそも落ちん」
アインが部屋の中心を指さす。
粉々になった天空石が再び一つに集まり、元の場所に復元された。
「なおたー!」
「それも不可思議の一つだ。天空石がなぜ元に戻るのか、原理はまだわかっていない。アゼニア・バビロンは記録を残さなかったんだ」
ゴルベルドが言う。
シャノンは彼を見上げ、そして五本の指を広げた。
「シャノン、5さいっ! なにものっ?」
「私はゴルベルド・アデム。総魔大臣だ。よろしく、シャノン」
と、ゴルベルドは握手を求めた。
(ゴルベルド……?)
シャノンが思い出したのは、以前ギーチェから聞いた話である。
「わるいやつっ! ぱぱのがくい、かえしてっ!」
シャノンが勇ましく指をさす。
ゴルベルドは真顔のまま、踵を返した。
「誤った理解だ。魔導学院の最高責任者に従わなければ、学位が授与されないのは当然だ」
「一介の学生の処分なんか、総魔大臣が直接口を出すことじゃないだろ」
アインが言うと、焦ったようにギーチェが振り向く。
「おい、アイン……!」
「一介の学生が総魔大臣にご高説を垂れるほどおかしくはないね」
「間違っていることを間違っていると言っただけだ」
ゴルベルドの嫌味に、すぐさまアインは言い返す。
「結果、正しかったのは私だ。ギリアム・バルモンドはなんの研究成果も残さなかった」
「結果はまだ出ていない」
「あのときもそう言っていたね」
嘲笑するようにゴルベルドは言った。
「何年経った?」
「は。たった5年で研究諦めんのか?」
アインとゴルベルド、二人の視線が交錯し、火花を散らす。
一触即発といった雰囲気だ。
「待て待て、落ち着け!」
ギーチェがアインの肩をつかみ、ゴルベルドから引き離す。
「貴様はなにをしに来たんだっ? 一時間ほど適当に相づちを打って帰るだけだ。簡単なことだろうっ」
「総魔大臣。アインに失礼だ。私の顔に泥を塗るような真似は謹んでいただきたい」
アウグストがそう苦言を呈した。
「失礼? 魔導師同士、率直な話し合いをしているつもりだよ。彼のような礼儀を弁えないタイプには、それが一番のもてなしだ」
「さすが総魔大臣、話がわかる。口の上手い詐欺師の被害を受けて以来、どうもそういう手合いは信用できない」
「気に入ってもらえて光栄だ」
ゴルベルドが圧のある笑みを向け、
「そう思ってもらえて光栄だ」
同じくアインが圧のある笑みを返す。
ギーチェの視線に、アウグストは呆れたように肩をすくめた。
「勘違いしている若い魔導師は多いが、学位というのは研究ができれば与えられるものではない。そもそも大きな魔法研究は一人ではできない。礼節は必要だ」
ノーヴィスが説明する。
アインは口を挟まず、聞いていた。
「その上、総魔大臣に食ってかかるような学生は総じて頭が悪い。それがどんな結果をもたらすか、魔法研究よりも遙かに予想が簡単だ」
総魔大臣の正当性をノーヴィスははっきりと主張する。
それに、ゴルベルドが続く。
「だから、君に学位を与えなかった。理屈は間違っていなかった。だが」
ゴルベルドはまっすぐアインを見た。
「君は歯車大系の開発に成功した」
アインは黙って、総魔大臣を見返している。
「たまたま無視できないだけの才能を持っていた。それだけの話だ」
認めたくはないが認めざるを得ない、ということだろう。
「魔導学院への入学拒否は解除した。しかし、今更学位をとるためだけに3年間も無駄な授業を受けるつもりはないだろう?」
「まあな」
そんな暇があれば、魔法研究をしたいとアインの顔に書いてある。
「一つ提案がある」
ゴルベルドが魔法陣を描く。
すると、壁の一角が光り輝き、扉のように開いた。
「かべがひらいたっ!」
シャノンが驚いたように声を上げる。
「私の固有工房だ」
ゴルベルドが先導し、彼らはその工房へ入っていく。
薄暗く、不気味な雰囲気だ。
暗闇の向こう側で、なにかがアインたちを見ている。
『くっくっく』
声が響く。
『のこのこやってきおって』
無機質で、不気味な声が。
『飛んで火に入る夏の虫よ』
暗闇の奥から、響き渡る。
『愚かな無学位に、鉄槌を!』
後ろに何者かの気配を感じ、ギーチェが抜刀しようとする。
「待て」
その肩をアインがつかみ、制止した。
彼はそこに魔眼を近づける。
暗闇にあったものの姿が見えた。
「人形か。器工魔法陣だな」
「その通り。灯りをつけなさい」
ゴルベルドがそう口にすると、『了解しました』と人形が言った。
そうして、その人形は《灯光》の魔法を使い、灯りをともした。
室内には大量の人形が設置されており、思い思いに言葉を発している。
「……自動展開術式……いや、少し違うな」
アインが独り言のように言うと、ゴルベルドが説明した。
「私の研究は魔法陣そのものの判断によって動く、叡智ある器工魔法陣の開発だ。ここにいる人形たちは、いずれ魔導師を超える」
「つまり、器工魔法陣に魔法を開発させるのか?」
アインが問う。
「最終的にはね。今生み出せるのは動物以下の知恵だよ」
ゴルベルドがそう答えた。
「オマエの性格は終わっているが、研究は面白い」
「では、一緒にやらないか?」
アインが警戒するように視線を鋭くした。
「本気で言ってんのか?」
「もちろん、これが本題だ。総魔大臣の共同研究者であれば、特例で学位を授与できる。学位さえ取ってしまえば、昇格は容易い。歯車大系の実績があるからね」
ゴルベルドは言った。
「六智聖より上の学位に推薦しよう」
アインが僅かに目を丸くした。
実績と総魔大臣の推薦があるならば、余程のことがなければ通るだろう。
「ろくちせいよりうえって、なにがあるかな?」
シャノンがギーチェに問う。
「十二賢聖偉人だけだ」
おぉっ、とシャノンは期待に拳を握る。
「ずいぶんとオレに都合のよすぎる話だが?」
「一つだけ条件がある。ただ――」
と、ゴルベルドは指を一本立てる。
「その前に、まず彼女を狙った《白樹》の魔導師のことを話しておかなければならない」
ゴルベルドはそう切り出した。
「アリゴテの?」
「私と同じ顔だというのを不可思議に思っただろう」
アインの問いに、総魔大臣は答えた。
「彼の正体はガルヴェーザ・アデム。この手で殺したはずの我が双子の弟だ」
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