変革
歯車の古城。玉座の間。
「アイン、貴様っ、とんでもないことをしでかしてくれたなっ!!」
扉を開け放ち、勢いよくギーチェが入ってきた。
振り返ったシャノンが「だでぃ、おかえりー」と嬉しそうに声を上げている。
「なんの話だ?」
と、アインが聞き返す。
「錬成歯車と魔眼鏡だ。魔力無しが使える魔導具は、これまでの魔法協定では対応できない。聖軍は大騒ぎだぞ」
「大騒ぎもなにも、それが歯車大系だ。論文にも書いてある」
「あくまで理論だろう。魔導学界での発表もなしに、いきなり魔導具を市場に出したら現場は大混乱だ」
そうギーチェが苦言を呈す。
「発表がないのもわかってただろ。無学位だぜ」
「私にこそっと教えておけと言っているんだ。幹部連中に呼び出されて、知らないと答える気まずさがわかるか!」
私怨たっぷりにギーチェがアインを睨めつける。
「なら、こう言ってやれ」
アインは大真面目な顔で言う。
「そもそも、歯車大系の調査は自分の任務じゃありません」
「言えるかっ!」
ギーチェは激しくつっこんだ。
「だでぃ、おこまり?」
「そうなんだ。こいつが意地悪して私にだけ教えてくれないから」
ギーチェはさらりとシャノンに告げ口をした。
「嘘だぞ、シャノン。自分だけオレから歯車大系を聞き出してズルしようとしてたんだ」
シャノンは父親二人を交互に見る。
「ぱぱがわるい!」
「はあっ!? なんでだっ? 論理的な説明をしろ!」
「かお!」
ビシッとシャノンがアインの顔を指さす。
「いいか、シャノン。人を見かけで判断するな」
「顔がうさんくさいぞ」
これ見よがしな善人面を作るアインに、すかさずギーチェがつっこんでいた。
「そんなに大騒ぎになってんのか?」
気を取り直して、アインが問う。
「いいや。日頃の仕返しのために少し盛った」
「幹部に密告するぞ」
ぴしゃりとアインは言う。
「問題が出てくるのはこれからだろう。今のところは、模造品が出回り始めている。これから更に増えるという見立てだ」
「近いうちに魔眼鏡の生産量は日に一〇〇〇個を超える。供給が間に合えば、偽物をつかまされる人間も減るだろう」
アインはそう説明した。
「どのぐらい売れたんだ?」
「ロイヤリティマナは第十二位階魔法以上を開発できる目処が立った」
「……そんなにか」
ギーチェが驚く前で、シャノンは床に横になり「もうけ、むげんだい!」と両手両足で丸を作っていた。
「では、じきに魔導学界でも問題になるだろう」
ギーチェがそう口にすると、
「もう話題にはなっているようだ」
その声に振り向けば、アウグストが立っていた。
「すまないね。開いていたので入ってしまったよ」
「いっしゃいましー。シャノンのおうち、いつでもうぇるかむ!」
諸手を挙げてシャノンは歓迎を示す。
「魔導学界で話題っていうのは?」
アインが問う。
「現在の魔法協定は魔力持ちが魔法を使う前提に決められたものだ。魔眼鏡や錬成歯車は、それをすり抜けられてしまう」
アインたちのもとへ歩いていきながら、アウグストが説明する。
「早急に見直しが必要ではないか、と通達があった。聖軍や魔法省、貴族院の幹部、それと六智聖の間では話し合いがもたれている」
「真面目に見直した方がいいぜ。ゲズワーズの自動展開術式も、歯車大系の器工魔法陣には反応しなかった」
「それだよ」
アインの言葉に乗っかるようにアウグストが言った。
「こういう場合、新魔法の開発者を魔導学界に招聘して、協議の顧問をしてもらうのが通例だ」
「無学位は呼べないだろ」
「もちろん、無学位のままならね」
アインは僅かに目を丸くした。
アウグストの言わんとすることがわかったのだ。
「歯車大系の開発者が無学位というのがそもそもおかしいと私は思うよ」
「オレが揉めた相手はゴルベルドだ。あの陰険大臣が認めるわけがない」
「彼も私の意見に賛同したよ」
アインは僅かに眉根を寄せた。訝しんでいる様子だ。
「君はもう一介の学生ではない。歯車大系、魔眼鏡、錬成歯車、《白樹》の本拠地を叩いたのもそうだね。六智聖に近い学位を与えるべきだと考える魔導師も少ないが増えてきた。ゴルベルド総魔大臣も無視はできないよ」
そうアウグストが言ったが、アインはじっと考え込むばかりだ。
「むしできないと、どーなるかな?」
不思議そうにシャノンが聞く。
「簡単な手続きをするだけだよ。まず魔導都市ティエスティニアで総魔大臣と面接だ。その後、学位が授与される」
シャノンの頭の中では(がくい+はぐるまたいけい=いじん)の図式が浮かんだ。
「……今更だ。気が進まん」
そう言い捨て、彼は椅子の方へ歩いて行く。
「おい、アイ――」
ギーチェが呼び止めようとすると、シャノンがとことことアインのもとまで走っていった。
「ぱぱ、やったね! いじんなれるよ! えらい!」
花が咲いたような笑顔が、アインの目に飛び込んできて、彼は言葉に詰まった。
「……別に興味は――」
「シャノンのぱぱ、すごくすごい! 《マギ》まであといっぽ!」
シャノンが片足を踏み出し、なにやら凄そうな魔導師のポーズを取り、アウグストに自慢している。
気が進まなかったアインだったが、娘の喜ぶ顔を見て、諦めたようにため息をついた。
「面接はティエスティニアだったな?」
隣にいたギーチェが薄く笑う。
「是非、娘と一緒に来て欲しいとのことだったよ」
アウグストが言う。
「どういうことだ?」
「例の男、アリゴテのことを報告してね。どうやら総魔大臣には心当たりがあるようだ」
「……なるほど」
「私もそれなりに調べたけれどね。詳しくは、彼の話を聞いてからにしよう」
アリゴテはシャノンを狙っている。
学位のことがなくとも、どのみちゴルベルドに会うしかないようだった。
「一ヶ月後でいいか? 新魔法の開発に目処をつけたい」
「話しておこう」
§ § §
一ヶ月後――
魔導都市ティエスティニア。
魔法省が所有する都市であり、住民は殆どが魔導師とその家族である。
自由な魔法研究が行える法や環境が整備されているが、その分魔力災害が発生しやすく、危険は大きい。
そのため、一定以上の学位を持つ者しか居住が認められない。
言わば、エリート魔導師たちの都である。
その中心に浮かぶのは天空城だった。
「そらとぶおしろー!」
シャノンがそれを見上げながら、目を丸くしていた。
「ゲズワーズと同じ、アゼニア・バビロンが作った古代魔法兵器の一つ。天空城アルデステムアルズだ」
アインがそう説明する。
一緒に来たアウグスト、ギーチェとともに二人は、地上に設置された巨大な籠――浮遊籠に乗り込む。
扉を閉めると、それは空に浮かび上がり、みるみる天空城を目指した。
「とんだーっ!」
シャノンが大声を上げる中、浮遊籠は天空城の中に入った。
辺りは円形の部屋だった。
浮遊籠が収まるスペースがいくつもあり、中心に螺旋階段があった。
その前に三人の男が立っていた。
一人は褐色の肌と白髪の青年。
法衣を身に纏い、杖を手にしている。
一人は鎧を纏った長髪の男。
腰には剣を下げている。
そして二人の真ん中にいるのが――
「よく来たね、アイン・シュベルト」
豪奢な法衣を纏った男が言った。上背があり、髪はオールバックだ。年齢は三〇代、だがその落ち着きは老練な魔導師を彷彿させ、自身の魔法技術に対する圧倒的な自負が顔に滲む。
総魔大臣ゴルベルド・アデムだった。
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