錬成歯車
一〇年前――
「保証人がいなきゃ、うちじゃちょっとなぁ」
家具屋の親方にそう言われ、ヨシュアは暗い表情になった。
これでもう四六件目だ。
彼は働き口を探すため、王都を駆けずり回っていた。
しかし、
「高価な品を扱ってるもんでねぇ」
宝石屋でも、
「他を当たっとくれ」
酒場でも、
「うちは客商売だからねぇ」
宿屋でも、彼にかけられるのはそんな言葉ばかりであった。
養親がいない場合、孤児院出身の子どもがまともな働き口を探すのは困難だ。
身元を保証してくれる保証人がいなければ、なんの技能もない人間を雇う店主は少ない。売り物を盗まれたとしても泣き寝入りする他ないからだ。
実際、盗賊が従業員として忍び込み、翌日には店の商品がぜんぶなくなっていることもある。
無論、孤児院出身であることの保証は行われるが、あまり意味はない。
一五才を過ぎれば孤児院は彼らの保護者ではなくなり、孤児が盗賊になるケースも多いのだ。
「なんでもします! 働かせてください!」
「今日はちょうどいい仕事があるよ」
魔導具屋の主人が笑顔で言った。
「庭の呪薔薇をぜんぶ摘んでくれ。抜こうとすると、巻きついてくる。一〇秒以上かけると、呪いの棘で死んじまうから注意しな」
案内された庭には呪いの薔薇が鮮やかに咲いていた。
見れば、骨が辺りに散乱している。呪薔薇は人骨を苗床にしているのだ。
明らかに危険な雰囲気だ。
だが、せっかく見つけた働き口だ。ヨシュアは意を決して、薔薇をつかんだ。
それを抜こうとぐっと力を入れると、薔薇の棘が伸びて、右手に巻きついてくる。
鋭い棘の先が右腕を貫いた。
「うぐっ……!」
激痛が腕を駆け抜ける。
ヨシュアの頭をよぎったのは、一〇秒以上かけると死んでしまうという魔導具屋の主人の言葉だ。
「ぐうぅぅぅっ……!!」
決死の覚悟でヨシュアは呪薔薇を引っ張った。
そして――
「ぜんぶ摘みました」
呪薔薇を魔導具屋の店内に運び込むと、ヨシュアは主人に報告した。
「ご苦労さん。じゃあな」
「……え? あ、あの、給金は……?」
すると、主人はヨシュアを見下し、こう言った。
「働かせてやっただろう。金を払うとは言ってない」
主人が踵を返す。
「な、ちょ、ちょっと待ってくださいっ!!」
ヨシュアが彼の法衣をつかむ。
「離せ」
魔導具屋からヨシュアは叩き出され、彼は地面に尻餅をつく。
「薄汚い孤児が! 恵んでやるものなどなにもないっ! 二度と面を見せるなっ!」
そう言い捨て、主人はドアをバタンッと閉めた。
「ぐっ……あぁっ……!!」
右腕に激痛が走り、ヨシュアはうずくまる。右手に刺さった呪薔薇の棘が、彼の体を蝕んでいた。
ポタ、とヨシュアの頬を水滴が濡らす。
雨だ。瞬く間に雨脚は強くなっていき、身動きのとれないヨシュアに容赦なく降り注ぐ。
真っ暗な闇に飲み込まれていくような感覚だった。
彼は自分がここで死ぬのだと思った。
しかし――
目を覚ますと、ヨシュアはベッドの上に寝かされていた。
どこかの一室だが、彼は知らない場所だ。
「よう。起きたか?」
厳つい男が声をかけてきた。魔導鍛冶屋『狼鉄の庭』の親方、ザボットである。
隣には彼の弟子である鍛冶師ロコンがいた。
「お前さんがうちの工房の近くで倒れてるのを見つけてな。かついでここまで運んだってわけよ」
「かついだのは俺っすけどね……」
と、ロコンが言った。
「細かいことはいいじゃねえか」
ザボットが笑い飛ばす。
「その手、ひでえ傷だったがよ。なにがあったんだ?」
ヨシュアの右腕には包帯が巻かれている。
ザボットが手当したのだ。
「親父さん、そういう詮索は……」
と、ロコンが口を挟む。
「お? そういうもんか? すまねえな。気ぃ、悪くしねえでくれや」
「…………」
ヨシュアは僅かにうつむいた。
「……俺、仕事を探してたんです……それで――」
自然と言葉がこぼれ落ちていた。
彼はこれまでのことをザボットたちに打ち明ける。
仕事を探しても、保証人がいないためなかなか決まらなかったこと。
魔導具屋の主人に騙されて、呪薔薇を抜いたことを。
「――そうか。そりゃ大変だったな」
ヨシュアの話を聞いたザボットが、神妙な顔でうなずいた。
「よっしゃ。お前さん、明日からここで働きな。うちは魔導鍛冶屋をやってんだ」
「……でも、俺、孤児で……」
「俺ぁな、夢があんだ」
「……え?」
「うちの工房を、世界一の鍛冶工房にする。そのためにゃ、人手がわんさか必要だ! どうだ? 手伝ってくれねえか?」
一瞬面を食らったような表情を浮かべた後、ヨシュアは頭を下げた。
「……精一杯、頑張ります……!」
翌日から彼は魔導鍛冶屋で住み込みで働くようになった。最初こそ雑用だったが、徐々に仕事を教えてもらうようになり、調理用の刃物や武器などの作り方を学んでいった。
そうして、二年が経ち、大槌で剣を鍛えていたある日のこと――
「……っ……!?」
ヨシュアの右手に激痛が走った。
「どうした、ヨシュア?」
「いえ……なんでも……続けましょう、兄貴」
兄弟子のロコンに聞かれ、彼はそう答えた。
呪薔薇の棘は右手に刺さったままであり、たまに激痛が走る。だが、簡単に治せるものではない。ヨシュアは恩のある親方に心配をかけたくなかったのだ。
しかし、その数日後、親方のザボッドはヨシュアを呼び出した。
そうして、彼に一枚の紹介状と革袋いっぱいの金貨を差し出したのだった。
「知り合いの医者に紹介状を書いてもらった。呪薔薇の棘を抜ける魔法医だ」
ヨシュアは驚いた表情を浮かべた。
「痛むんだろ。治してもらってこい」
「……もらえません……こんな大金……出してもらえるほど……」
「馬鹿野郎。職人は体が資本だ。いくら出したって惜しかねえよ」
ザボットの言葉に、ヨシュアは息を呑む。
「悪いと思ってんなら、すげえ鍛冶師になって俺を楽させてくれや」
ザボットが豪放に笑う。
ヨシュアは涙混じりの笑みを浮かべた。
「……はい……必ず、親父さんの工房を、世界一にしてみせます……」
§ § §
現在。
魔導鍛冶屋『狼鉄の庭』
「――待たせて悪かったが、一通り形になった」
再びやってきたアインが言った。
「錬成歯車だ」
彼の前には巨大な歯車仕掛けの魔導具があった。それはさながら、工作用の羽根車である。
「使い方はだいぶ違うが、原理は鍛冶用の魔導炉と同じだ。ミスリルと魔石をセットして」
アインがミスリルと魔石を羽根車に取り付ける。
「こっちの錬成杖で起動する」
歯車が取り付けられた杖をアインがかざせば、魔力が送られ、錬成歯車が勢いよく回転を始めた。
取り付けたミスリルと魔石が光り輝き、溶けて混ざる。一枚の板のようになり、なおも回転する魔石とミスリルの混合体、合石にアインは錬成杖を押し当てた。
みるみる内に形が変化して、それは魔導眼に変わった。
「簡単に言えば、魔導具や器工魔法陣を作るための錬成用魔導具だ」
アインは振り向き、ヨシュアに錬成杖を渡す。
「……本当に、俺にも?」
「やってみろ。パルプを回し、羽根車を回転させると意識すれば起動する」
アインは魔石とミスリルを錬成歯車に取りつけた。
ヨシュアは錬成杖をかざす。すると、魔力が送られ、錬成歯車が勢いよく回転していく。
魔石とミスリルは光り輝き、合石の板と化した。
「成型は《加工器物》の魔法によるイメージ加工、杖による物理加工、両方できるようになっている」
ヨシュアは杖で回転する合石を押す。
ぐにゅぐにゅと光が変化して、歪んだ造形物が完成した。
「最初はそんなもんだ」
「作れる……魔導具が……」
ヨシュアの目が輝いていた。
まるで闇の中に、大きな希望を見つけたように。
彼はぐっと拳を握る。
「俺にも……!」
「ただ、錬成歯車にはレアミスリルが大量に使われている。うちの所有する鉱山一つじゃ、作れて十台だ。安くは売れん」
アインがそう口にすると、ヨシュアが思い詰めた表情で、自らの右手を見る。
そこには呪薔薇の棘が刺さった傷跡があった。
(これ以上は……)
「親父さん、買いましょうっ!」
そう声を上げたのはロコンだ。
「ヨシュアは本当にすげえ奴っす! こいつは毎日、寝る間も惜しんで大槌を振るって、右手は岩みたいにゴツゴツになって。打った剣はめちゃくちゃ斬れるし、手に馴染む。信じらんないほど繊細な銀細工だって作れる!」
ロコンは訴えるように言った。
「そりゃ魔導炉や大槌杖を使えば、差は歴然っす。こいつはそれでも腐らずに毎日大槌振るって……でも、俺、見たんすよ……」
それは、ある日の夜のこと。
ロコンが見たのは、大槌杖を使おうとしていたヨシュアの姿だ。
無論、魔力のない彼はそれを起動さえすることができない。
『…………………………ちきしょう……』
と、彼は悔しそうに歯を食いしばっていた
「俺ぁ、すげえ悔しくて……こんなに頑張ってる奴が、なんで報われないのかって……! でも、この錬成歯車がありゃ、こいつは親父さんにだって負けねえ、すげえ鍛冶師になるっす!」
「……ロコンの兄貴…………」
涙混じりに、ヨシュアが呟く。
「……アインの旦那」
ザボットがアインに聞いた。
「こいつは相当な代物だ。正直、100万、200万じゃ済まんだろう」
彼は指を一本立てた。
「…………一千万か?」
「一ヶ月以内に魔眼鏡を一日一〇〇〇個。錬成歯車で製造できるようになれ」
一瞬、ザボットは目を丸くする。
「いくら出そうと、使いこなせん奴には売らん。支払いは技術でしてもらう」
「それは……」
ザボットが言いあぐねたそのとき、
「買いますっ! やってみせますっ!」
ヨシュアが声を上げた。
彼の目はそれならできると言わんばかりに輝いていた。
アインはフッと笑う。
「もう二台持ってくる。他の職人にもやらせてくれ」
踵を返し、彼はそう言ったのだった。
【作者から読者の皆様へお願い】
『面白い』『続きが気になる』『応援したい』と思っていただけましたら、ブックマーク登録をお願いいたします。
また広告↓にあります【☆☆☆☆☆】を押していただけると評価ポイントが入ります。
ご評価いただけましたら、とても嬉しく、執筆の励みになります。