魔導天秤
アンデルデズン魔導学院・幼等部。学長室。
「……あ、アウグスト……殿……どうして、ここに……?」
隣室からのドアを開け、姿を現したのは《鉱聖》アウグスト・レールヘイヴ、現魔導学界にて最高学位を有する六智聖の一人である。
「私は魔導学院の顧問魔導師だよ。いても不思議はないだろう」
アウグストはそう答えた。
「人間への魔道災害指定。五年に一度出るかどうかの興味深い題材だ。面白いところに目をつけるね」
「ええ。まあ……」
ジョージが訝しげな視線を向ける。
(面白いだと……? こやつの考えてることは昔から理解できん……)
「ただ」
アウグストは、床に残った魔繰球の燃えカスを見下ろす。
「せっかくの研究材料を燃やしてしまったのはいただけない」
「……お言葉だが、六智聖のお一人が無学位の肩を持たれるのはいかがなものかと……」
「無学位?」
アウグストは首を捻る。
「魔力暴走は器工魔法陣が原因のため、魔導核を破壊されれば止まる。燃やす必要はないはずだね?」
「……今回は特殊な魔力暴走のため、念には念を入れるべき、と」
アウグストの質問に、ジョージがどうにか解答する。
「それはどのような根拠があって?」
「……い、いや、それは……この場合、器工魔法陣ではなく、あの娘が原因なわけであって……」
「余計に魔繰球を燃やす理由はないのでは?」
しどろもどろになり言い繕おうとするジョージに、アウグストは柔らかく切り込んだ。
「しかし…………きっかけの一つになりかねず……」
「アインが魔導核を破壊して魔力暴走は止まったね」
アウグストは言う。
「門外漢の私としては魔導核が原因ではと思ってしまうのだが、それはどういう理屈かな?」
「……それは……」
すぐには答えられず、ジョージは押し黙る。
取り繕ったような理屈では、アウグストに看破されると思ったのだろう。
いつもならば魔導博士の学位で押し切っているところだが、六智聖が相手ではそうもいかない。
「誰しも間違いはある。ただ理屈を説明できないものは、魔導とは言えない。彼らに謝罪し、魔道災害指定を保留にすべきだと私は思うよ」
取り消しではなく、保留と言ったのは、ジョージの気持ちを汲んでのものだ。
魔導博士としての立場を守る代わりに、この件には関わらないこと。柔らかいアウグストの言葉の裏には、そういう意味が込められている。
だが――
「いえ」
無学位に頭を下げるなど、ジョージのプライドが許さなかった。
「魔導師としての経験と勘が、この娘が危険であると訴えておりますので。私の学位にかけて、保留にはいたしません!」
彼はそう言い放つ。
あたかも魔導災害を未然に防ごうとする正義の魔導師のように。
「確かに、経験と勘も馬鹿にはできないね」
「ありがとうございま……」
「ところで」
ジョージが頭を下げるのを制すように、アウグストは言った。
「今日は彼に頼まれて、魔力暴走の魔導ログを取りに来たんだ」
彼が手の平を上向ければ、魔力の粒子とともにそこに天秤が出現した。魔導天秤と呼ばれるものだ。
部屋の天井、四隅に設置されていた四つの石が魔導天秤のもとへ飛んできて、片方の皿の上に二つずつ浮かんだ。
アウグストは魔導天秤に魔法陣を描き、それを起動する。
魔導天秤の前に光のスクリーンが現れ、魔法文字がずらりと並ぶ。
「これが一度目の魔力暴走の魔導ログだ。アインが言った通り、シャノンの魔力が暴走しているのがわかる。興味深い結果だ。そして、二度目の魔力暴走だが――」
ジョージは絶句しながら、恐怖に染まった目をスクリーンに向けていた。
「魔繰球の魔力が暴走している。つまり、シャノンに起因するものではない。それも、通常の魔繰球では起こらない第五位階級の魔力暴走だ。どういうことだと思う?」
アウグストが淡々と尋ねる。
ジョージの体は震えていた。
「……そ、それは……」
「そう。魔繰球が改造されていたということだね。じゃあ、最後の質問だ」
アウグストが問うた。
「これを持ってきたのは誰だった?」
ジョージは答えない。
答えられない。
彼は激昂したように、アインを振り向いた。
「貴様っ! 嵌めおったな!! 汚い真似をっ!」
「勝手に嵌まったんだろ。汚いのどっちだ?」
シャノンは人差し指と中指を絡ませ、「えんがちょ」などと宣っている。
「ふんっ! とっとと魔導協定違反で訴えればいい! 言っておくが、私の代わりに牢獄に入る部下などいくらでもいる!」
「では、六智聖の権限において、ジョージ・バロムの現学位に不適格を言い渡す」
「…………な……に?」
信じられないことを聞いた、といった調子でジョージは聞き返していた。
「不適格要件は魔繰球の魔導核を破壊しても、魔力暴走が再発する恐れがあると判断し、また具体的な理由を述べられなかったこと。三位階降格だ」
「……ま、待ってください。学位不適格? あの権限は六智聖に泊をつけるためのもので、運用された事例はありませんし、そんな無法なことをしてはあなたの評価も……」
「構わないよ。私は省内政治に興味はないからね」
目を丸くしてジョージはアウグストを見返した。
話が通じない、といった表情である。
「……も、申し訳ないことをしました……!」
一転してジョージはその場で土下座をした。
「私は……確かに罪を犯しました……!! だが、それは……母の……死んだ母との約束だったのです。母は幼い頃から、私がいつか総魔大臣になるのを期待し、貧しい中、自ら食べるものすら惜しんで、魔導書を買い与えてくれたのです……!」
床に二粒、涙をこぼし、嗚咽混じりにジョージは訴える。
「けれども、私は病に冒され、まもなく母のもとへ。その前に成果を上げたかったのです! それで歯車大系が欲しくて……ううっ……! こんなやり方で死んだ母が喜んでくれるはずもないのにっ……!」
床に額をこすりつけてジョージは言う。
「どうか、どうか学位だけは! 他のことならなんでも! いくらでもお金はお支払いします! 学位を失ってしまっては、天国の母に会いに行くことすらできませんっ!!」
すると、シャノンがアインの方を向いた。
「モミーおじさん、かなしきかこ?」
チッ、とアインが舌打ちする。
「わかった。顔を上げていいぞ」
ジョージが涙に溢れた顔を上げる。
アインは言った。
「オマエの母親、ピンピンしてるだろ。勝手に殺すな」
一瞬でジョージの涙が引っ込んだ。
「辺境にいる母のことまで調べて……!!」
「な。嘘だろ?」
と、アインはシャノンに言った。
彼女は「うそつき! ずる!」とジョージを指さしている。
ジョージが屈辱に顔を赤く染めた。
アインがカマをかけたことに気がついたのだ。
(こ、コケにしおってぇぇ……! 後悔させてやる!!)
ジョージは妄執じみた眼光を放ち、魔法陣を描く。背を向けているアインやアウグストを不意打ちで殺そうというのだ。
「やめとけ」
アインが睨みを利かせると、ジョージはビクッと震えた。
心を読まれたのかと思ったのだ。
「降格した学位すら役に立たん体にはなりたくないだろ」
アインの殺気に気圧され、ジョージは意気消沈したように魔力を消す。
(おのれ……! お、の、れぇぇぇぇ……!! 若造どもめがぁぁ……!!)
歯を食いしばり、床に這いつくばりながら、彼は恨み節を声に出して叫くことさえできないのだった。
【作者から読者の皆様へお願い】
これにて四章は完結です。
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