安全性
二日後――
アンデルデズン魔導学院・幼等部。校舎前。
生徒たちが続々と登校してきており、校舎の中に入っていく。
校門前では手を振っている大人がいる。生徒の親だろう。幼等部では基本的に親が送り迎えをしているのだ。
そんな中、一人で登校してきたのはアナスタシアである。
「アナシー」
と、聞き覚えのある声に、彼女は振り向く。
アインとシャノンがそこにいた。
「おはよー」
「……もう通学できるようになりましたの?」
不思議そうに彼女は聞く。
「学長と会う約束を取りつけた。通学停止の権限があるのは学院だからな。シャノンの安全性を証明すればいい」
「じかだんぱん!」
と、シャノンが意気込みを見せる。
「魔法省に見つかったら、面倒くさいですわよ」
「大丈夫だ。上手くやった」
そう答え、アインは学長室へ向かった。
§ § §
「上手くやった――とでも思ったかね?」
学長室でアインを出迎えたのはジョージである。
「君の動向は常に監視されていたのだよ。魔法省を通さずに、学院に働きかけるなど無学位の考えそうな浅知恵だ」
ニヤリ、とジョージが下卑た笑みを覗かせる。
「魔道災害に指定したシャノン・シュベルトの安全性を証明する――と、アイン君は言い出したのだったね、ジェロニモ学長」
ジョージは困り果てた様子のジョロニモに言った。
「いや、その……なんと申しますか……」
「そうです」
穏便に済ませたいジョロニモは言葉を濁したが、副学長のリズエッタがきっぱりと断言した。
「よろしい。では、私が直々にその安全性を確認させていただく、ということで構わんね?」
「……も、もちろんですとも……」
ジェロニモはそう答えるしかない。
魔法省の魔導師であるジョージの立ち会いを拒否する理由はないのだ。
「その娘は魔繰球を使う際に、魔力暴走を引き起こす」
ジョージの手から魔力の粒子がこぼれ、そこに魔繰球が現れた。
「論より証拠だ。投げてもらおう」
彼は歩いていき、
「もちろん、まともに投げずに審査を誤魔化そうとすれば厳しく処罰する」
そう説明しながら、シャノンの前でしゃがみ込む。
彼女に魔繰球を手渡しながら、脅すように言った。
「シャノン君、これをちゃんと投げられなければ、君は二度と学院に通えなくなってしまうよ。お友達ともお別れだ。気をつけたまえ」
シャノンはボールを抱き、少し不安そうにうつむいた。
「練習通りやれば大丈夫だ」
アインがそう言った。
すでに彼はキャッチボールができるように距離をとり、シャノンの方をまっすぐ向いている。
シャノンはじっと魔繰球を見つめ、父親との練習を思い出していた――
§ § §
昨夜。
歯車の古城。エントランス。
「やあっ……!」
と、シャノンがネコボを突き出す。しかし、魔繰球は起動せず、ぽてんと床を転がった。
彼女はむむむ、と頭を悩ませる。
「――さっき、オマエが魔繰球を起動できたのは全身を魔力で満たせたからだが、なぜ上手くいったかわかるか?」
「ネコボ!」
と、シャノンがネコボを持ち上げる。
「魔力が漏出するほどの出力だったからだ。普通なら、損失が多すぎて全身を魔力で満たすことはできんが、オマエの場合は魔力があり余っている」
「シャノン、もうあくまこわくないから、おもいきりやった!」
アインへの信頼ゆえだろう。元気よくシャノンは言う。
「手加減はいらん。悪魔をぶっ飛ばすつもりで思い切りやれ」
それがアインの助言だった。
§ § §
学長室。
「ぶっとばす!」
シャノンの体に魔力が満ち、魔繰球に魔力が伝わる。
「とめる!」
一度、魔力を停止して、シャノンは再び魔力を放出した。
「ぶっとばすっ!」
魔繰球が起動し、勢いよくアインへ向かって飛んでいく。
彼はそれを片手でキャッチした。
「いいぞ。もう一度だ」
アインが魔繰球を放り投げる。
シャノンはそれをキャッチすると、思い切り振りかぶった。
「ぶっとばすっ!」
つい数日前まではまともに投げることができなかったシャノンが、見事にキャッチボールを行っていた。
「おぉ」
「問題なくできていますね」
キャッチボールの様子を見守りつつも、ジェロニモとリズエッタが言う。
生徒を通学停止になどしたくはないのだろう。二人はうんうんとうなずいていた。
アテが外れたはずのジョージは、しかし、内心でほくそ笑んでいた。
「ただキャッチボールをしただけで安全とは言わんだろうね?」
ジョージがそう切り出す。
「魔力暴走を起こしたまえ」
「じょ、ジョージ所長っ! 今はそれが起こらないことを確認するために……!」
リズエッタが思わず声を上げる。
「この娘は安全なのだろう? では、魔力暴走を起こしても、自分で止められなくてはなぁ」
勝ち誇ったようにジョージが言った。
「当然だ」
「なぁにぃ……?」
アインが当たり前のようにそう口にすると、ジョージが眉をひそめた。
「シャノン、暴走させろ」
アインが魔繰球を放り投げる。
シャノンはそれを受け取り、「ぼ~そぉぉ~」などと口にしている。
「シャノンが魔力暴走を起こす条件は二つ。一つが器工魔法陣。もう一つはシャノンが、それを掌握しようと意識すること。このとき、器工魔法陣ではなく、シャノンの魔力が暴走する」
そして、魔繰球を頭上に掲げた。
「でんじゃらすシャノンっ!」
彼女がそう口にした瞬間、体から異様な魔力が溢れ出した。
魔力暴走の予兆である。
「シャノンは掌握しようという意識が働くと、魔力が頭に集中する」
これまでシャノンが魔力暴走を起こしたのは、器工魔法陣をどうにか使いたいという想いが強かったときだ。それが掌握するという意識につながった。
「これは魔繰球を起動する要領で簡単に止められる。頭部に集中した魔力が分散すれば、魔力暴走は起こらない」
「ぶっとばす!」
シャノンの体に魔力が満ちた途端、魔力暴走はピタリと止まった。
「これで問題ないだろ――」
アインがそう言った瞬間、ジョージがニヤリと笑った。
彼は目の端に魔力の奔流を捉え、振り向いた。
「あ……!」
魔力暴走だ。
確かに止めたはずの魔力が荒れ狂い、室内を破壊しようと牙を剥く。
アインは反射的に手を伸ばし、魔法陣を描いた。
「《零砲》」
放たれた魔力の弾丸は魔繰球の魔導核を正確に貫き、破壊する。
室内で荒れ狂っていた魔力がふっと静まり、暴走は止まった。
(条件を満たしていない以上、魔力暴走が起きるはずがない。ということは――)
そう考え、アインは床に転がっていた魔繰球に手を伸ばす。
そのとき、《魔炎砲》が飛来し、それを燃やした。
「危ない危ない。魔力暴走の元は絶っておかないとなぁ」
ジョージが下卑た笑みを浮かべる。
彼が魔繰球を燃やしたのだ。
「しかし、これで学長方にも、その娘が魔導災害に指定された理由がおわかりかな」
「違うな。オマエが持ってきた魔繰球に細工があった」
鋭い視線でアインがジョージを見やる。
「言葉に気をつけたまえ。証拠はあるのか?」
「オマエが魔繰球を燃やし、隠蔽を図ったのが証拠だ。それ以外に燃やす理由はない」
「安全のためだよ。再発の危険性がある」
「魔導核が破壊された以上、再発はしない」
ふん、とジョージが鼻を鳴らす。
「君の学位は?」
「魔法は学位によって形を変えないぜ」
すると、ジョージはジェロニモの方を向いた。
「ジェロニモ学長。まさか魔導博士の私より、無学位を信じるとは言わないだろうね? 魔導学院として正式に文書で通達してもらおう」
「……いや、そ、そのぉ……」
「アインが正しいよ」
と、ドアの向こうから声が響く。
「誰かねっ!? 魔導博士の私に意見するとは何様のつも――」
ジョージが絶句する。
ドアを開けて現れたのは、《鉱聖》アウグスト。魔導学界に六人しかいない最高学位を有する六智聖の一人であった。
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