悪魔の声
玉座の間。
「はぐるまのポーズ」
その号令に合わせて、シャノンとアナスタシアは手足でなんとなく歯車っぽいポーズにした。
「かいてん!」
「できるわけないでしょっ!」
シャノンの無茶な要求に、アナスタシアは声を上げる。
「できる!」
と、シャノンは側転の要領で右手、左手、頭、左足、右足の順番で床につき、くるくると回転していく。
「どうなってるのよっ!?」
実際に見ても理解できないと言わんばかりに、アナスタシアが声を上げた。
魔眼、魔力制御など魔法技術は拙いものの、その運動神経は目を見張るものがある。
「まったく。本当にお猿ね……」
アナスタシアが呆れたようにシャノンを見る。
「でも、本当にこんなことしてていいの?」
逆立ちをしながら、シャノンは疑問の表情を向けた。
「ちがうあそびがいいか?」
「遊びはなんでもいいわ。魔繰球の練習しなくていいのってことよ」
すると、シャノンはへにゃへにゃと脱力して、床にうつぶせになった。
「…………」
「魔力暴走は危険だけれど、あなたがそれをわかってるとはどうも思えないのよね。本当はなにが怖いのよ?」
アナスタシアが問う。
「……あのね……」
そのとき、玉座の間の扉が勢いよく開け放たれた。
入ってきたのは、アインとギーチェである。
「シャノン! 開発してきたぞ。安心感を!!」
世紀の大発明をした魔導師のようにアインは言った。
彼は大股でシャノンに歩み寄っていく。
「これでオマエもドッジボールの練習ができる」
「きけんがあぶない!」
シャノンは怯えたようにアナスタシアの背中に隠れる。
だが、アインはニヤリと笑った。
「危険はもう安心だ」
そう言いながら、アインが取り出したのはボールである。
ただのボールではない。
「ねこさん!」
シャノンが声を上げる。
そのボールには猫の顔が描かれているのだ。
無論、それだけではない。
『ボクは猫ボールのネコボ』
「しゃべたっ!?」
口をあんぐりと開けてシャノンが驚く。
『ボクには魔繰球の術式もあるんだ。ボクと一緒に練習しようよ。安全だよ』
「……きけんがあぶなくない…?」
『ボクには魔繰球の術式もあるんだ。ボクと一緒に練習しようよ。安全だよ』
アナスタシアが怪訝な顔つきになった。
シャノンはきょとんとしている。
更にネコボは繰り返す。
『一緒に練習しようよ。安全だよ。練習しようよ。安全だよ。安全だよ。練習しようよ。安全だよ』
(音水晶で録音した音を流してるだけね……いくらなんでも、こんな子ども騙しで……)
「まちがいなくあんぜん!」
「どう考えたらそうなるのよっ!?」
思わずと言った調子で、アナスタシアがつっこむ。
「ネコボあんぜんっていってる!!」
シャノンは手にしたネコボをアナスタシアに突き出す。
「安全だよ」
と、ネコボが繰り返した。「じゃ、もうそれでいいわよ……」とアナスタシアは投げやりだ。
「どうだ? これで沢山、練習できそうか?」
アインが言う。
「……ぱぱ、だでぃ、ごめんなさい……」
「どうして謝るんだ?」
と、優しくギーチェが聞く。
「ぱぱ、けんきゅうある。だでぃ、せいぐんある。でもネコボ、つくってくれた」
「私は非番だし、アインもこれぐらいはなんでもない。父親なんだから、シャノンのためなら喜んでなんでもやるぞ」
「…………」
物言いたげな目でアインはギーチェを睨む。
「……あのね……シャノン……」
手をきゅっと握り、シャノンは唇を引き結ぶ。
上目遣いで彼女は二人の父親を見た。
そうして、勇気を振り絞るように言った。
「……シャノン……あくまのこえが……きこえるのっ……!」
ギーチェとアナスタシアは目を丸くする。
深刻そうな様子とは裏腹に、あまりにも突拍子もない言葉だったからだろう。
アインだけは思うところがあったか、真面目な顔で考え込んでいる。
「あくまのこえ、きこえると、わるいことがおこるの。シャノンがいると……わるいことおこる……」
悲しげに、シャノンは言う。
「さっきアインも言ったが、悪魔はいない。悪いことが起きても、それがシャノンのせいなんてことは……」
ギーチェが優しく彼女を宥めようとしたそのとき、アインが彼の言葉を手で制した。
「シャノン。前の魔力暴走のときも、悪魔の話をしていたな」
古城を半壊させたときだ。
そのときも確かに、「あくまをよんでごめんなさい」と口にしていた。
悪魔というのは魔力暴走という単語を知らないシャノンがそう言っただけのことだとアインは思っていた。
だが――
「オマエ、本当に声が聞こえているのか?」
シャノンは怖ず怖ずと、しかし、確かにうなずいた。
ギーチェとアナスタシアが視線を鋭くする。
「あくまのこえするから、こわかった。シャノンをたべにくるとおもったの。でも、ぱぱ、あくまこないっていった」
シャノンが訥々と語る。
「シャノン、よかったっておもった。あくまこないから、シャノンはげんき」
言葉は拙いが、彼女は必死に説明しようとしている。
「でも……ふしぎだったの。あくまこないのに、いつも、わるいことおこる……」
シャノンはぎゅっと拳を握る。
震える声で、怯えるように、彼女は言うのだ。
「……シャノンが……あくまだから……?」
「そんなことはない」
そうギーチェが言ったが、シャノンは納得しない様子だ。
「……ぱぱも、そうおもうひと?」
アインは一瞬、無言になった。
「魔力暴走は……オマエが原因の可能性もある。今はわからん」
「おいっ。そんな馬鹿正直に……!」
ギーチェが子どもに言うなとばかりに彼を睨む。
シャノンは目にいっぱいの涙を溜めて、アインに聞いた。
「シャノン……もうがくいんいけない……? みんな、シャノンのこと、きらいなるかな……?」
「そんな心配はいらん。すぐに行けるようになる」
そうアインは答える。
「まりょくぼーそー、シャノンのせいなのに……?」
「それは違う」
「でも、ぱぱ、さっき……」
釈然としない様子のシャノンに、アインは理路整然と説明する。
「わからないと言ったのは原因の話だ。たとえオマエが魔力暴走の原因だったとしても、それはオマエのせいじゃない」
言い回しが難しかったか、シャノンは首をかしげた。
「……じゃ、だれのせい……?」
「オレだ。オマエの父親だからな」
悲しげだったシャノンの瞳が、僅かに柔らかくなった。
アインはネコボを指さし、言った。
「オレには、オマエに気軽にドッジボールをさせてやる義務がある。悪魔だろうと、なんだろうと、止めてやる」
「……でも、あくま、つおいよ……?」
「頭の出来が違う」
すると、はっと気がついたようにシャノンは言った。
「ぱぱ、《マギ》になるひと!」
「そうだ」
すると、シャノンは安心したように笑った。
「ドッジボール、れんしゅーする! クラスのみんなのどぎもぬく!」
シャノンがネコボを手にして、元気いっぱいに突き出す。
すると、器工魔法陣が反応し、弾き出されるように飛んでいく。壁を当たって跳ね返り、床に落ちて、コロコロと転がった。
「今の……」
「魔繰球が起動できている」
アナスタシアとギーチェが目を丸くして、そう言葉を漏らす。
「シャノン」
転がるネコボを拾ったシャノンが振り向く。
アインが人差し指を立てた。
「今の調子でもう1回やってみろ」
元気を取り戻したシャノンとともに、アインたちは魔繰球の練習を行ったのだった。
§ § §
玉座の間。
月明かりが注ぎ込み、ベッドのシャノンを照らしている。
彼女はすやすやと寝息を立てている。寝相が悪いのか、布団は脇にはねのけられていた。
アインがやってきて、布団をシャノンにかけ直した。
我が子の寝顔を、彼はじっと見つめる。
思い出すのは、無垢な涙だ。
――シャノン……もうがくいんいけない……? みんな、シャノンのこと、きらいなるかな……?
アインはぐっと拳を握る。
そして、踵を返し、《魔音通話》の魔法を使った。
魔音の通信がつながると、声が聞こえてきた。
『やあ。珍しいね。どうかしたかい?』
アインは言った。
「頼みがある」
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