魔導災害指定
湖の古城。玄関前。
「魔法省はシャノン・シュベルトの通学停止を申請した。早い話、貴様の娘は二度と学院に通えんということだ」
アンデルデズン研究塔、ジョージ所長は下卑た笑みを浮かべながら、そう言い放った。
「……あ、あの……」
それに意義を唱えたのは、担任のセシルだった。
「通学停止は一時的なものですから、二度と通えないということは……」
はあ、とこれみよがしにジョージがため息をつく。
「君はなにを聞いていたのかね? この娘は魔繰球を使うだけで、魔力暴走を引き起こすのだぞ」
嫌みったらしく、彼は言った。
「……ただ、彼女にも学ぶ権利が……」
「権利? もし学院で魔力暴走が起きればどうだ? 沢山の生徒が大怪我をする! 君はたった一人の生徒を通学させるために、他の生徒たちは危険に曝してもいいと言うのだね?」
「そういうわけでは……」
「では黙っていたまえ」
ぴしゃり、とジョージは言い切った。
「さて。なぜ研究塔所属の私が、学院に命令できるか不思議だろうね。頭を下げるなら、教えてやってもいいが……」
ほくそ笑みながら、ジョージがそう言うと、
「魔導災害指定か」
さらりとアインが答えを出した。
「魔法省に所属する魔導博士以上の学位を持つ魔導師は、制御し難い魔導物を災害に指定し、警告を促すことができる。これが人間に適用された場合、魔導学院は慣習的に敷地への立ち入りを禁止している」
魔法省の研究塔に所属する魔導師に、魔導学院へ直接命令ができるわけではないが、アインの説明にあった通り、間接的にはそれに近いことが可能なのだ。
ジョージはニヤリと笑みを覗かせた。
「君の態度次第では、解除を考えなくもないのだがねぇ」
(歯車大系の権利をよこせ、か)
アインは即座にジョージの目的を理解した。
「それとも、そこまでする義理はないかね? こんな化け物娘のためには」
「ジョージさんっ! それは……!」
セシルが思わず声を上げる。
アインはジョージを睨みつけていた。
「事実だろう? こんな悪魔が隣にいては、他の生徒もおちおち勉強してはいられんよ」
「……あくま…………?」
目を丸くしたシャノンに、ジョージは顔を近づける。
「そうだよ、悪魔のシャノン君、君も迷惑をかけている自覚ぐらいあるだろ――」
言い切る前に、アインはジョージの胸ぐらを掴み上げる。
「よしたまえ、野蛮人! 気に入らないことがあればすぐ暴力かね?」
「取り消せ」
殺気だった冷たい視線が、ジョージに突き刺さる。
「今なら暴力で許してやる」
その眼光に気圧され、ジョージの体がビクッと震える。
「は、離せっ! 失敬な!」
アインの手を炎の魔法で振り払い、ジョージが一歩後退する。
「いいか、明日までに頭を冷やしてよーく考えておけ。でなければ、貴様の娘は一生学院に通えないと思えっ!」
そう言い捨てて、ジョージは踵を返したのだった。
§ § §
湖の古城。エントランス。
「さっきのおじさん、どーしておヒゲとかみのけ、つながってたのかな?」
セシルとジョージが帰った後、シャノンの第一声がそれだった。
「…………」
アインは一瞬考えた後、
「ヒゲが好きなんだろうな」
と、投げやりに言い、
「途中からはもみあげって言うんだぞ」
ギーチェが続いた。
「あなたたち、なにをおっしゃってますの?」
アナスタシアは白い視線を親子三人に向けていた。
「シャノン。あのおじさんの言ったことは気にしなくていいからな」
ギーチェが優しく言う。
「いったこと?」
「学院に行けなくなると言っていただろう」
「シャノン、やるなっていわれたら、やりたくなるおとしごろ!」
シャノンがえっへんと胸を張る。
「よし」
アインが言い、
「よしじゃない」
と、ギーチェが返した。
「ですけど、実際、魔導災害指定はどうなさいますの?」
アナスタシアが素朴な疑問といった風に聞いた。
「魔力暴走がある程度、制御できるようになればやりようはある」
アインはそう答え、魔操球を手にした。
「要はこれだ。やるぞ、シャノン」
「やるのなし!」
シャノンが両腕を交差した。
「はっ? 急になんでだ?」
意味がわからないといった風にアインは聞く。
「まりょくぼーそー、きけんがあぶない!」
堂々と胸を張ってシャノンは言った。
「やはり、先程の話を気にしているのか?」
ギーチェが聞く。
「モミーおじさん、かんけいなし!」
「……だって、オマエ、危険に突っ込んでいくタイプだろ?」
アインが言う。
「シャノン、とつぜん、きがついた!」
「シャノン」
アインは座り込み、優しい顔で言った。
「本当はどうしたんだ?」
「あーぶーなーいー、たーすーけーてー!」
シャノンは体全体を使い、大げさに魔力暴走にやられているポーズをとっている。
アインたちは唖然としながら、しばしそれを眺めた。
「……シャノン。オレは合法なだけの禁呪と呼ばれた《永遠世界樹》を制御していた男だ」
「自慢にならんぞ」
「自慢になりませんわ」
ギーチェとアナスタシアが見事にハモっていた。
「危ないから、安全な練習法を考えたんだ。見ろ。これがその理論式だ」
アインは素早く魔法文字を床に書いていく。
「キモはあらゆる角度から魔力を感知し続けること。これまでの魔力暴走の事例と照らし合わせることで、素早く異変を察知する。つまり――」
「アナシーいこ、つづきする!」
シャノンはアナスタシアの手をつかみ、玉座の間へ向かって歩いていく。
「え? ちょ、ちょっと! 続きって、もしかして……!?」
「はぐるまごっこ! かんぺきなはぐるまになるまで、アナシーかえれない!」
「いやああぁぁぁぁぁぁ、もう歯車にはなりたくありませんわぁーーーーーー!!」
アナスタシアを連行しつつ、シャノンは去っていった。
アインはそれを呆然と見送りながら、頭をひねった。
「……今までケロッとしてたのに、急に怖じ気づくか?」
「まだ5才だ。突然、怖くなることもある」
ギーチェが言う。
「だから、怖くなった理由を取り除けばいいんだろ?」
「理由は話してもらえなかっただろう。そういうところだ、アイン。まず信頼関係の構築が先だ」
「当たりぐらいはつけられるだろ。シャノンが言ってたことを思い出してみろ」
アインの言葉に、ギーチェが考える。
「あのおじさん、ヒゲと髪の毛がなぜつながってるのか?」
「それじゃないのは確かだ」
ギーチェは再び考え、
「…………モミーおじさん」
「ヒゲから離れろ」
アインがそうつっこんだ。
「あとは、危険が危ないぐらいだ。やはり、ホットケーキを焼き、信頼関係を――」
ギーチェが言葉を切り、怪訝な視線を送る。
アインがはっとした表情を浮かべていたからだ。
「それだ。わかったぞ、ギーチェ。危険が危ないんだ……!」
「私はわかってない。説明しろ」
「オレは魔法実験における完璧な安全性を証明した。だが、シャノンは納得しなかった。なぜだ?」
「理論式を書かれてもな」
ギーチェが身も蓋もないことを言った。
「そう、オレの理論は安全ではあっても、安心がなかったからだ。これなら大丈夫という気持ちにさせなかった。つまり、子どもに理解させるぐらい安心な魔法実験を行えばいい! そうすれば、シャノンも怖がらないはずだっ!」
「まあ……安心すれば、理由を話す気になるかもしれないな」
ギーチェはフッと微笑んだ。
「少しは父親らしくなったな、アイン」
「オレがこれまで却下されてきた魔法実験も同じ理由だ。申請塔のお偉い魔導師はリスクをゼロにできないことを理解しないと思っていたが、違う。大事なのは安心感だ。逆に言えば」
アインはこの世の真理を見つけた偉大なる魔導師のように言った。
「どれだけ危険だろうと、安心感さえ出しとけばいける!」
「安全も大事だぞ」
ギーチェがさらりと言った。
彼の顔にはやばい魔導師がやばい結論に辿り着いてしまった、と書いてある。
「よし、やるぞ。安心感を開発する!」
「……では、完成した頃にまた来よう」
関わり合いにならない方がいいと思ったか、くるりと踵を返すギーチェ。その背中をアインがつかんでいた。
「手伝うよなぁ、ギーチェ」
鬼気迫る眼光でアインが言う。
「……もちろんだ」
異様な気迫に押され、ギーチェはそう答えたのだった。
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