リスク
シャノンを中心に魔力の暴走が巻き起こる。
みるみる膨れ上がる魔力の規模は第十位階を超える勢いで、室内をズタズタに切り裂いていく。
「な、なにが起きていますのっ……!?」
咄嗟の出来事にアナスタシアは理解が追いついていない様子だ。
こんなことは起きるはずがない。
少なくとも彼女の常識ではそうだった。
「魔力暴走だ。下がりなさい」
ギーチェがアナスタシアを庇うように彼女の前に立つ。
その横を通り、アインは迷わずシャノンの方へ歩いていく。
「アイン。不用意に近づくな」
「心配いらん」
アインは手を突き出し、歯車魔法陣を描く。
「これを止めるのは二度目だ」
《第五位階歯車魔導連結》が撃ち放たれ、それはシャノンが手にした魔繰球を破壊した。
すると、激しく渦巻いていた魔力暴走がピタリと止まる。
「怪我はしてないか、シャノン」
アインはしゃがんで、彼女の顔をのぞき込む。
すると、彼女はアインの背中に隠れて、キョロキョロと辺りを見回し始めた。
「……? なに探してるんだ?」
「あくまきた……!!」
「悪魔など来るわけがない。ただの魔力暴走だ」
アインがそう言うと、シャノンは彼を見上げた。
「あくまきてないか?」
「大丈夫だ。それより、痛いところはないのか?」
シャノンはぱっと顔を輝かせて、胸を張る。
「むきず!」
「そうか」
と、アインは安堵したように笑みをみせた。
「……どういうことですの? 魔繰球で起きる魔力暴走は、第二位階までのはず。今のは第九……いえ、第十位階以上ですわ」
不可解そうにアナスタシアが聞く。
「わからん」
「はあ?」
「だが、止めただろう」
なにか知っているはずだ、とギーチェは言外に含ませる。
「以前に歯車大系の器工魔法陣で同じことが起きた。シャノンの強い魔力と歯車大系によるものと思っていたが……」
「魔繰球は風轟大系だ」
そして、魔繰球でこのような魔力暴走が起きた例はない。
それらを総合するならば、
(つまり、原因はシャノンにある。《白樹》がシャノンをさらったのも、このことに関係があるのか? だが、魔力暴走を起こしてどうする……?)
そうアインは考える。
「よし。シャノン、今のはよかったぞ。もう一度だ」
「待て待て待て」
アインを壁際まで連行していき、ギーチェは小声で言った。
「なんのつもりだっ? また魔力暴走を起こしたいのかっ?」
「正気の沙汰じゃありませんわっ!」
アインを見上げながら、アナスタシアも咎めてくる。
「魔力暴走を起こさなければ、原因も予防法もわからん。魔繰球や器工魔法陣に触れる機会はこれから山ほどある」
「もう少し慎重な方法を考えろ。魔法実験じゃないんだぞ」
「リスクを遠ざけるばかりが安全じゃないだろ」
「シャノンの気持ちを考えろと言っている」
思いもよらない方向からの指摘だったか、アインは一瞬考える。
「……すぐに解明できた方が安心するんじゃないのか?」
「目の前で魔力暴走が起きたんだ。怖いに決まっている。シャノンはまだ五歳なんだぞ」
「……それは、考えが足りなかった」
「見ろ。すっかり怯えて――」
ギーチェが振り向く。
すると、シャノンは魔繰球を手にして、先ほど同様、全身に魔力を満たそうとしている。
「シャノン、つぎはうまくできるきがする!」
アインがギーチェを振り向く。
「シャノンの気持ちがなんだって?」
「貴様も考えが足りなかったと認めただろう」
などと二人は小競り合いをしている。
「ぱぱ、だでぃ。サボってないで、ちゃんとして!」
シャノンが可愛らしく父親二人を叱りつけた。
「シャノン。本当に大丈夫か? こいつの言うことを聞かなくてもいいんだぞ」
ギーチェがアインを指しながら言った。
「シャノン、ボールなげられるようになりたい! アナスタシアにかって、ドッジボールのおうさまなる!」
「どうせまた同じチームだから無理よ」
アナスタシアは冷静に言う。
「よちのうりょく?」
「だって、わたくしとあなたでチームバランスをとってるんだもの。戦力が偏りすぎたら、ゲームにならないでしょ」
アナスタシアの実力はクラスでも群を抜いている。
そのため、群を抜いて下手なシャノンと同じチームになっているということだ。
「じゃ、うらぎる!」
「やめなさいよねっ!」
さすがのアナスタシアも味方コートからボールが飛んできたらたまったものではないだろう。思わずといった風に彼女は声を荒らげた。
「始めるぞ。シャノン、さっきと同じだ。もう一度やってみろ」
と、アインが言う。
「ぜん・かい!」
言われた通り、シャノンは全身に魔力を満たす。
アインは魔眼を光らせ、それを観察していた。
「とめる!」
瞬間、またしても彼女の体から異様な魔力が溢れ出した。
それは次第に荒れ狂い、魔力暴走に発展していく。
アインは冷静に《第五位階歯車魔導連結》でシャノンの手にした魔繰球を撃ち抜いた。
フッと魔力暴走が止まる。
彼は首を捻った。
「やはり、原因がわからん。まずは」
「その前に、場所を変えるべきだ。人が来たら、迷惑がかかる」
と、ギーチェが言った。
「わかっている。魔繰球を買って帰るぞ」
§ § §
湖の古城。エントランス。
「安全な練習法を考える。待っていろ」
「あい!」
アインの言葉に、シャノンは元気よく返事をした。
「アナシー、シャノンのへやであそぼー」
シャノンはアナスタシアの手をつかみ、玉座の間の方へ歩いていく。
「チェスでもするの?」
「はぐるまごっこ! かんぺきなはぐるまになるまで、アナシーかえれない!」
「……なによそれ? 大丈夫なやつなんでしょうね?」
シャノンはいつになく真剣な顔で言う。
「しをかくごして、のぞむべし!」
「は、はあぁぁぁ? ちょっと待ちなさいっ。待ちなさいよ、お猿っ」
ニィッとシャノンが脅すように笑う。
「なにさせる気なのぉぉぉぉぉぉっ……!?」
アナスタシアを連行しつつ、シャノンは去っていった。
§ § §
夜。
エントランス。
「準備できたぞ。この練習法なら、かすり傷一つ負わん」
「シャノン、むてきなれる!」
両腕を前に突き出し、転がっている魔繰球にシャノンは触れた。そして、あたかもそのボールを受け止めているようにぐっと腰に力を入れる。
「それが無敵のポーズなの……?」
怪訝な様子でアナスタシアが彼女を見ていた。
「早速始めるぞ。魔繰球を――」
リーン、と鐘の音が鳴った。
来客だ。
アインは玄関へ向かう。
扉を開けると、来訪者はシャノンの担任のセシルだった。
「セシルせんせー! こんばんは!」
シャノンが元気よく挨拶をした。
「こんばんは、シャノンさん」
セシルがそう挨拶を返し、アインを見た。
「……すみません、こんな時間に。実はその……シャノンさんのことで、お話があって……」
「なんでしょう?」
「よろしければ、ギーチェさんと三人で」
ギーチェとアインが顔を見合わせる。
込み入った話ということだろう。
「では、中に……」
「ここで構わんだろう」
険のある声に、アインは聞き覚えがあった。
セシルの後ろにいたのは、アンデルデズン研究塔のジョージ所長だ。
「魔法省はシャノン・シュベルトの通学停止を求めた。早い話、貴様の娘は二度と学院に通えんということだ」
勝ち誇ったような顔で、彼はそう言った。
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