魔繰球
アンデルデズン魔導学院・幼等部。訓練場。
校舎の屋根に止まったイヌワシがそこに視線を向けている。
ボールに魔力が注ぎ込まれた。アナスタシアは思い切り振りかぶって、それを投げつける。
向かってきたボールを、女子生徒のリコルが受け止める。
だが、しっかりとキャッチしたはずのボールが暴れ回り、彼女の腕から弾け飛んだ。
「きゃっ……!」
「アウト!」
セシルが言う。
「ほら、言ったでしょ。魔操球は魔力で操るの。ちゃんとボールに魔力を流さないと、手で受け止めただけじゃ捕れないわ」
転がったボール――魔操球を小さな手が拾う。
「リコル、しんぱいむよう」
シャノンだ。
「シャノンがかたきとる」
自信満々で彼女は言った。
「って、お猿っ! あなたはこっちのチームでしょっ!」
シャノンの隣でアナスタシアが声を荒らげる。
「だいじょうぶ! リコルのチームのラルクをたおして、リコルのかたきとる!」
シャノンは、相手チームのラルクを睨む。
「暗殺集団でももう少し仁義がありますわよ……」
アナスタシアがぼやくようにつっこんだ。
「アナシー、かたぼうかつぐか?」
「お黙り」
ぴしゃり、とアナスタシアが言い、シャノンに手を差し出す。
「貸しなさいな。そもそも、あなた、練習で一度もまともに魔操球を投げられなかったでしょ」
すると、シャノンは不敵に笑った。
「シャノン、ほんばんにつよい」
自信満々なシャノンを見て、アナスタシアが呆れた視線を向ける。
「言っておくけど、わたくし馬鹿が嫌いなの。特に無駄なことをするお馬鹿とは口を利きたくないわ」
アナスタシアは言った。
「やるなら、ちゃんとやりなさいよ」
「3びょうご」
シャノンはボールを持って助走する。
「アナシーのあっとおどろくかおがみえる!」
シャノンはボールを振りかぶり、思い切り投げつける。それは床にぶつかり、跳ね返って、シャノンの顔面にヒットした。
「お馬鹿っ!」
あっと驚いた顔でアナスタシアが声を上げた。
その一部始終を、校舎の屋根でイヌワシがじっと見つめている――
§ § §
アンデルデズン研究塔。所長室。
魔法球にはボールを顔面にぶつけたシャノンの顔が映っている。使い魔であるイヌワシの視界が、そこに映っているのだ。
「なにか見つかったかね?」
ジョージ所長が、威圧的に聞いた。
「い、いえ。なにも」
部下の一人がそう答える。
「あの……シャノン・シュベルトを調査してどうするんでしょうか? 見たところ、普通の女の子のようですが……?」
不審に思った魔導師がそう尋ねる。
だが、ジョージは冷たく彼を見返す。
「それは君が考えることかね?」
「い、いいえ。申し訳ございません!」
恐縮したように部下が頭を下げる。
(ゴルベルドの口ぶりからして、あの娘にはなにかある。それがアイン・シュベルトの弱味につながれば、歯車大系の権利を譲渡させる脅しにも使える。一挙両得よ)
ジョージは胸の内で暗い情念を燃やす。
彼の頭に浮かぶのは、「わきまえるのはどっちだ? 一介の魔導師風情の新魔法が欲しいんじゃなかったのか?」と言い放つアインの顔だ。
(礼儀知らずの無学位風情が! 私は四〇年の努力の末、魔導博士の学位をとった男だぞ。必ず後悔させてやる!!)
§ § §
歯車の古城。エントランス。
「魔操球の器工魔法陣は比較的簡単に起動できる。幼等部でドッジボールをやるのは、遊びながら魔力制御を覚えるためだ」
帰ってきたシャノンから話を聞き、アインがそう説明した。
「つまり、魔操球でドッジボールができなければどんな魔法も使えん」
「シャノン、まほうつかえん」
がっくりとシャノンが肩を落とす。
「ちゃんと教えてますの? 幼等部でも魔操球が投げられない生徒なんていませんわ」
シャノンについてきたアナスタシアが言った。
「シャノンは魔力が強い分、制御が難しい。今はこんなもんだろ」
「……じゃ、シャノン、ドッジボールかてない?」
「ドッジボールは魔力制御訓練の一環だ。勝ち負けに意味はないぞ」
すると、シャノンは悲しげに目を伏せた。
「でも……みんな、たのしそうだよ。あてたり、あてられたりするの。シャノンは、へただから、だれもねらわないの……」
それを聞き、アインは押し黙る。
「そもそも魔法の実技が始まる前になんとかしませんと、落ちこぼれますわよ」
「心配だから練習の手伝いに来たのか」
アインがそう言うと、「なっ……!」とアナスタシアが驚く。
シャノンが嬉しそうに彼女に抱きついた。
「アナシー、ありがとー!」
「ち、違いますわよっ。足を引っ張られるのが嫌なだけですわっ」
アナスタシアは引き剥がそうとするが、シャノンはじゃれついて離れない。
「練習するなら魔繰球が必要だろう」
ギーチェが言った。
「よし。魔繰球技館に行くぞ」
アインたちは古城を後にした。
§ § §
魔繰球技館。
室内には石畳が敷き詰められており、ドッジボール用のコートになっている。
アインたちの他に利用者はいないようだ。
窓にはイヌワシがとまっていた。
「シャノン、魔操球をどう投げているか見せてみろ」
アインがカゴから一つ魔操球を取り出し、放り投げる。
シャノンがそれをキャッチすると、思い切り振りかぶった。
「まりょく、ぜんかい!」
投げられた魔操球がまたしても床に当たり、壁に反射して、階段の手すりを跳ね返り、シャノンの頭に当たった。
「狙ってもそうはならないでしょっ」
アナスタシアが声を上げる。
「魔操球は魔力を流すと手に吸いつく」
アインが言いながら、魔操球を拾う。まったくつかんでいないのにもかかわらず、魔操球は手の平に吸いついている。
「魔力が切れたところで飛んでいくから、そうなる」
シャノンはちょうど投げ終えた頃に気を抜いて魔力が切れるため、魔繰球が床に叩きつけられているのだ。
「いいか。二度、連続して同じ強さの魔力を流す。これが起動魔力だ」
アインが魔繰球を突き出し、二度魔力を流す。
すると、弾き出されたように魔繰球が飛んでいった。
「そうすれば、魔繰球は自ら飛んでいく」
魔繰球は壁に当たって戻ってくる。
アインはそれを片手で捕球した。
「にかいまりょく、うまくできない」
「魔力を全開にするからでしょ」
アナスタシアがそう助言した。
「ぜんかい、よくないか?」
「全力疾走と急停止を二回繰り返すようなものよ。歩く、止まるを繰り返すのとどっちが簡単かしら?」
アナスタシアに言われたことを考え、シャノンは言った。
「あるくほう!」
「じゃ、それでやってみたらいかが?」
シャノンはこくりとうなずき、アインに両手を広げた。
「ぱぱ、ボールちょうだい」
アインは魔繰球を放り投げる。
シャノンはそれを嬉しそうに受け取った。
「あるく」
シャノンは微弱な魔力を魔繰球に伝える。
「そうよ。それで一回止めて、もう一回流す」
「あるく!!」
ピカッと光り輝くほどの強力な魔力が魔繰球に伝わる。
「強すぎるわよっ!!」
あまりにもかけ離れた強さの魔力放出に、思わずアナスタシアは叫んでいた。
§ § §
練習用の魔繰球が床に二、三個転がっている。
あるく、あるく、あるく……そんなシャノンの声と、魔力放出の光が繰り返される。
シャノンの魔力制御は未熟の一言で、放出される魔力の強さはバラバラだ。
当然、一度たりとも起動魔力にはならず、魔繰球を投げるどころではなかった。
「はしる!」
全力で投げた魔繰球が再び床を反射して、シャノンの頭に当たった。
「なんで全開にするのよっ!?」
たまらず、アナスタシアがつっこむ。
「はしりたくなた!」
「理性を捨てないでちょうだい……」
呆れたようにアナスタシアが言った。
「それと魔力の流れが複数できてるわよ。魔力の出口である指先の一点だけに整然とした流れを意識してちょうだい」
「いや」
それまで練習を観察していたアインが言った。
「今のでやってみよう」
と、アインは持っていた魔繰球をシャノンに投げる。
「はあ? どうしてですの? 体の中に魔力の流れがいくつもできれば、それが放出魔力の邪魔をしますし、制御が不安定になりますわ」
「観察していたが、魔力流が多い方が安定している。それも全開のときの方がいい」
「流れを複雑にした上に、魔力を全開で? セオリーは逆でしょう?」
「普通はそうだが、シャノンの魔力は普通じゃない。上限が大きい分、小さく制御するのも難しい。巨人に蟻をつまめって言ったら、相当器用さがいるだろ」
「……それは、そうですわね……」
半信半疑ながら、アナスタシアが同意する。
「いいか、シャノン。これまでと逆だ。全開の魔力で、体中を満たせ」
「とくいぶんや!」
元気よく返事をして、シャノンがボールを掲げる。
「ぜん・かい!」
シャノンが光り輝き、体中が強い魔力で満たされていく。
アインは魔眼で彼女を観察する。
(仮説通りだ。魔力の流れを増やして体を満たしてしまえば、大きな流れが一つになる。強い魔力がなければできないが、これならば逆に安定する)
そう思考して、アインは言った。
「いいぞ、シャノン。そのまま一度止めて、もう一度放出してみろ」
「とめる!」
シャノンが言われた通りに、魔力を止める。
そのときだった。
彼女の頭に、声が響く。
――隷属せよ、支配し、従え、掌握せよ。
其はすなわち、《本を開くもの》。
瞬間、彼女の体から異様な魔力が溢れ出した。
(なに……?)
ギーチェが目を丸くする。
(魔力暴走……!)
アインがそう判断した瞬間、荒れ狂う魔力が室内を切り裂いた。
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