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呪源体


 シャノンを抱きかかえながら、アインが走っている。


 その隣をギーチェが並走している。《魔音通話テスラ》の魔法を使い、彼は聖軍と連絡を取っていた。

 

「その黒煙を吐く猫を見つけたのは、通学路で間違いないんだな?」


 アインが聞く。


「ピクニックのときにみつけた。きょうぼうなねこ」


「なぜ凶暴な猫の吐く煙を食べる……」


 アインがそうぼやく。


 シャノンはきょとんとしながら、口からモクモクと煙を出した。


「ところで、オマエ、煙吐いて苦しくないのか?」


 すると、シャノンが「かふっ、かふっ」と苦しそうに煙を吐く。


 アインは胸が詰まったような顔をした。


「シャノンッ。心配はいらん。すぐにオレが――」


 瞬間、アインの目に飛び込んできたのは、シャノンが煙で書いた「へいき」の三文字だった。


「平気なら喋れ!」


「うまくなた!」


 シャノンは息を吐き、「むてき」と煙文字を書いている。


(……魔力が強いからか? 呪病への抵抗力が高いな)


 呆れたように煙文字を見ながら、アインはそう思考した。


「聖軍の防疫部隊に報告した。感染規模からいって、呪源体は空を飛ばない小さな動物、数は一匹だそうだ」


 ギーチェがそう言った。


「決まりだな。猫を探すぞ」


「あっち」


 シャノンが路地を指さす。


 アインとギーチェはその路地へ入り、走っていく。


 細い道を進んでいくと、少し開けた場所に辿りついた。


「ここにいた!」


 シャノンが積み上げられた木箱を指す。


 今は猫の姿はない。


「猫はなわばりを巡回する。呪源体になっても、性質は変わらないはずだ」


 アインが言った。


「ねこくるの、まつかな?」


「それはギーチェ次第だが……」


 アインが振り向くと、ギーチェは目を閉じてじっとしている。


「シャノン、ねこよぶ!」


 にゃあ、にゃあ、とシャノンは猫のように動き回り、猫の鳴き真似をしている。


 静かにギーチェが目を開く。


 彼は細い路地に視線を向ける。


「聞こえた。猫の鳴き声だ」


「シャノンねこだよ?」


 ギーチェが走り出す。


 アインがシャノンを抱えて、その後を追った。


「あいつは耳がいいんだよ。修行だかなんだかで、1キロ先の針の落ちた音も聞こえる」


「じごくみみ!」


 シャノンが両手を耳に当てる。


 細い路地を潜り抜け、ギーチェは塀の上を走っていった。


「目標を発見した」


 ギーチェが魔眼を向けた先、古びた建物の窓の向こうに猫がいるのが見えた。


 そいつは確かに口から黒煙を吐いている。


「廃屋か。ちょうどいい」


 アインとギーチェは窓を突き破って中に飛び込んだ。


 シャノンを降ろすと、アインは魔法陣を描く。


「《魔炎砲ボルク》」


 炎弾が放たれる。


 一直線に飛んだそれは呪源体の猫に直撃する。だが、猫の体から黒煙が溢れ出す。渦巻く魔力とともに、《魔炎砲ボルク》がかき消された。


「キシャアアアアアァァァッ!!」


 呪源体が威嚇するように不気味な声を上げる。


 その体は黒煙に包まれ、目は不気味に赤く光っている。最早、猫の見る影はなく、凶暴な呪いがそこに実体化していた。


「《地鉄牢獄ジルゴウム》」


 アインが魔法陣を描き、廃屋全体を巨大な鉄格子で覆う。


「第二位階ってところか?」


「そうだろう」


 アインの言葉に、ギーチェが同意する。


「オレが引きつける。循環は任せたぞ」


 地面を蹴り、アインが呪源体に迫っていく。


 凶暴に爪を振るい、暴れまわるその呪いの攻撃を、彼は魔法障壁を展開しつつ、いなしていた。


「シャノン、煙を吐いてくれるか?」


 ギーチェがしゃがみ、そう言った。


 シャノンはかふ、かふ、と黒煙を吐き、「?」の文字を描く。


 そこにギーチェは魔法陣を描く。


「この煙を弾に変えてあの呪源体を撃てば、呪源体に呪いが返る循環ができるんだ」


 シャノンの頭には、先程ギーチェとアインが二人で「ボボボボボー」と燃えている演技をしていた光景がよぎっていた。


「わるいのろいもえて、シャノンなおる!」


「その通りだ」


 魔法陣から血が溢れ、それが黒煙と混ざる。


 構築されたのは血の弾丸だ。


 人差し指と中指を揃えて伸ばし、ギーチェは呪源体を照準する。


「《血封呪弾ロゼッタ》」


 呪いを封じた血の弾丸が、勢いよく発射された。


 それは寸分の狂いなく、アインに襲いかかっていた呪源体の頭部を撃ち抜く。


 その体を中心に溢れ出した黒煙が渦巻き、次の瞬間、燃え上がった。


 ふう、とギーチェが息を吐く。


「帰るか。シャノン、体の調子はどうだ?」


 燃える呪源体に背を向け、アインが聞いた。


「ぜっこうちょう!」


 両手を上げるシャノン。


 しかし、その口からはもくもくと黒煙が上がっている。


 アインが視線を鋭くした。


(黒煙がまだ……?)


 ギーチェの視界に炎がちらつき、彼ははっとして声を上げた。


「アインッ! 呪源体が動いているっ!」


 険しい表情でアインが振り返る。


 膨大な炎に包まれた呪源体が前足を振り上げ、アインに振り下ろす。


 魔法障壁が展開されたが、炎がそれごと飲み込んだ。


「ぱぱっ、おふろのポーズしてっ! ぱぱぁっ!!」


 シャノンが叫んだ。


 炎はますます火勢を増し、激しい渦を巻いている。


「もう一度言うが、シャノン」


 炎が切り裂かれ、中には無傷のアインがいた。


 彼は膝を折り、脇を締めて、両拳を握っている。


「このポーズで炎は防げん」


 律儀にお風呂のポーズを取り、アインは呪源体を睨みつけた。


 再び炎の前足が迫り、彼はそれを飛び退いてかわす。


(……わからない)


 ギーチェが呪源体を見ながら、思考に没頭する。


(呪いの循環ができれば、すべての呪いは呪源体に返る。どんな呪病もそれで終わりだ。なぜ、まだ動いているんだ……?)


「ギーチェ」


 呪源体と戦いながら、アインがギーチェを呼ぶ。


(……呪いの循環は諦め、呪源体を仕留めるべきか? そうすれば、これ以上の患者は出ない。だが、シャノンが……)


「ギーチェッ!!」


 大声で呼ばれ、ギーチェの意識が思考から返ってくる。


「もっとアレに《血封呪弾ロゼッタ》をぶち込め」


「原因がわかったのか?」


「わからんから撃て。未知の現象をあれこれ考えても始まらん。シャノンッ、煙だ!」


 アインの意図を察したのか、すぐにシャノンは黒煙を吐く。


 それは、「うて」という煙文字を無数に作った。


 意を決してギーチェはその煙に魔法陣を描いていく。


 そのすべてが、呪源体に照準した。


「《血封呪弾ロゼッタ》」


 雨あられの如く、血の呪弾が次々と呪源体を撃ち抜いていく。


「キシャアアアアアアアァァァァァッ!!!」


 獰猛な鳴き声を上げ、呪源体は狙いをアインからギーチェに変えた。


 炎を纏わせながら迫りくる呪源体に、しかし彼は一歩も退かず、血の呪弾を撃ち込み続けた。


 鋭い炎の牙がギーチェの頭をかみ砕こうとして、寸前でピタリと止まる。


 バタン、と呪源体はその場に倒れた。


「でなくなた」


 ふー、ふー、とシャノンが息を吐くが、もう黒煙は出ない。


 アインが呪源体のそばまで歩いていき、しゃがみ込んだ。


「なるほど。火炎病の他に、もう一つの呪病に罹っていたから、呪いの循環が不安定だったわけだ」


 火炎病の呪いの循環が、もう一つの呪いと干渉し、本来の働きをしなかった。もう一つの呪病の方が、呪いの力が優勢だったためだろう。


血封呪弾ロゼッタ》を撃ち込み続けることで、火炎病が優勢になり、呪いの循環が働くようになったのだ。


 アインが倒れた猫を指さす。


「専門外だが、これは呪病の跡だろ?」


 ギーチェが目を見開き、それを呆然と眺めた。


「……どうした?」


 不可解なギーチェの反応を見て、アインが尋ねる。


 重苦しい沈黙の後、彼は答えた。


「……………………魔石病だ……」



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