火炎病
王都アンデルデズン。魔導医院。
「先生、急患ですっ!」
白い布と木で作られた担架に患者を乗せ、看護師たちが処置室に駆け込んでくる。
「容態は?」
初老の魔法医が冷静に問う。
「黒い煙を吐き、倒れたそうです。意識はありません!」
その言葉を聞き、魔法医は険しい表情を浮かべた。
「これで5人目か。呪病に間違いはないだろうが」
と、そのとき看護師の一人が驚いたように声を上げた。
「せ、先生っ……!? 煙が……!」
「煙……?」
魔法医が視線を向ければ、自分の口から黒い煙がこぼれていた。
「がふっ……!」
魔法医は自らの口を手で押さえる。
血のように黒い煙が吐き出された次の瞬間、魔法医の体が一気に燃え上がった。
「が、があああああああああああああああぁぁぁぁっ!!!」
がくん、と膝をつき、魔法医はその場に倒れたのだった。
§ § §
「火炎病?」
アインがそう聞き返す。
アンデルデズン魔導学院へシャノンを送る道すがら、ギーチェがその病気の話題を切り出したのだ。
「ここ最近、王都で流行ってる呪病だ。感染すれば、最終的に全身が燃え上がる」
ギーチェがそう説明すると、
「シャノン、だいじょうぶ!」
元気いっぱいにシャノンが言った。
「なにがだ?」
アインが聞く。
「おふろのポーズかいはつした! かたまでつかって60びょういけた!」
シャノンが膝を折り、脇をしめて、ぐっと拳を握る。お風呂に入っているときのポーズなのだろう。得意満面である。
「火炎病は耐えられないだろ」
「おふろはいっても、もえないんだよ?」
「風呂は元々燃えん」
アインが冷静につっこんだ。
「王都には呪病用の結界がある。呪源体が根絶されるまで外には出ないことだ」
ギーチェがシャノンにそう言い聞かせる。
「じゅげんたいってなあに?」
「難病の殆どは呪いから発症する病気、呪病だ。呪源体とはその呪いの大元のことをいう」
ギーチェが簡潔に説明した。
「呪源体を処理すれば呪いが消え去り、すべての患者が治るんだ」
シャノンは考えるように首をかしげた後、はっとした。
「やってみて!」
「……は?」
ギーチェの目は点になったが、「よし」とアインは言った。
「オレが火炎病の患者で、オマエが呪源体だ」
「待て」
ギーチェがアインの肩をつかんだ。
「どうせまたジュジュジュジューとかやらせるんだろう? 私が患者をやる!」
ゲズワーズのときのことを根に持っているのか、ギーチェが力強く言い放つ。
「いいぞ」
アインが承諾すると、シャノンが無邪気な顔で言った。
「じゃ、だでぃ、もえて!」
「図ったな!」
「早く燃えろ」
鋭く睨みつけてきたギーチェに、すげなくアインが言う。
「だ、だが、燃えろと言われても、そんな演技どうすれば……?」
すると、マッチ箱をシャノンが頭上に掲げる。
「シャノン、マッチもってる!」
「ボボボボボーッ! ボボボボボ、ボーッ!! ヴォーッ!」
ギーチェは燃えた。手を振り、体を振り、髪を振り乱して、迫真の演技で、燃える患者になりきっている。
本気で火をつけられるのではという危機感が、彼を役者にしたのだ。
一方のアインは、
「呪ジュジュジュー、呪ジュジュジューッ!」
呪源体となって現れた。
正気を失った虚ろな瞳、うねるような手足はまさに病魔の如し。
余人には理解し難いが、どうやら呪いを演じているらしい。
「わるいのろい。くらえ。《えくす・でいど・ぼるてくす》!」
「呪アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァl!!」
アイン演じる呪源体は昇天した。
そして――
「「ボボボボボーッ! ボボボボボボーッ!!」」
ギーチェとシンクロするように、手を振り、体を振り、髪を振り乱して、迫真の演技で二人で燃えている。
「ふえたっ!?」
驚いたようにシャノンがまん丸の目を更に丸くする。
アインは膝から崩れ落ちた。
「治った」
と、浄化されたかのようなキラキラとした顔でギーチェは言った。
「わかた!」
ビッとシャノンが手を上げる。
「もえるごびょうきは、わるいのろいもやすとなおる!」
「そうだ。呪源体自体を呪病に罹らせれば、呪いの循環ができる。すべての呪いがそこに返って他の患者は治るって理屈だ」
アインが丁寧に説明した。
「本当に今のでわかったのか……」
ギーチェは不思議そうだ。
「で、感染したときの症状は?」
歩きながら、アインが聞く。
シャノンは楽しげに先頭を歩いていた。
「黒煙を口から吐くようになる」
「ふぅん。まあ、王都の結界の中なら、その煙を直接吸い込みでもしない限り感染しないだろ」
「シャノンはまだ子どもだ。うっかり拾い食いするかもしれない」
「煙をか? 過保護はよせ。シャノンはそこまで馬鹿じゃない」
すると、シャノンが嬉しそうに両手を上げた。
「シャノン、かしこい!」
彼女はくるりと二人の方を向いて、ニカッと笑う。
その口からは黒煙がもうもうと立ち上っていた。
「あと、モクモクなった!」
「「!?!?!?」」
アインとギーチェは心底驚いたような表情をしている。
「なにを拾い食いしたぁぁぁっ!?」
怒りの形相でアインが問い質す。
「してない」
怒られると思ったのか、シャノンは目をそらしながら言った。
「わかった。怒らないから言ってみろ」
「ねこ! くちからモクモク、ドーナツできた。ぱくり!」
猫の口から黒煙が出てきて、それがドーナツ状になっていたので、思わず食べたと言いたいようだ。
アインは溜息をつく。
「今日は学院を休む。オマエは火炎病だ」
「初期段階なら魔法医院で対処療法もできるだろう。多少の火傷はするが、命に危険はない」
ギーチェが説明した。
すると、シャノンがぶるぶると震えあがり、お風呂のポーズをとった。「もえないー」などと涙目で宣っている。
それを見て、アインが言った。
「ギーチェ。少し手伝え」
踵を返したアインに、ギーチェはシャノンの手を引いてついていく。
「……どうするつもりだ?」
「また拾い食いされても面倒だ。とっとと、呪源体を見つけるぞ」
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