魔眼鏡
湖の古城。玉座の間。
「できたぞ」
アインが試作品の器工魔法陣を持ってきた。
眼鏡に歯車と魔石がついたようなデザインのそれは、彼が魔導工房で製造した試作品である。
「かけてみろ」
と、アインはシャノンに眼鏡を渡す。
「そうちゃく」
そう言いながら、彼女は楽しげに眼鏡をかけた。
アナスタシアが興味深そうに、横から眼鏡を覗いている。
「見えるか?」
アインが魔力を放出し、魔法線にて歯車を描く。
「はぐるま!」
と、シャノンは両手を大きく回転させた。
「おつきさまみたのとおなじやつ?」
シャノンが両手の指で眼鏡を指す。魔導師の水月のことだろう。
「あれはマナグラスといって、魔眼の制御が安定しない人間の矯正用だ。魔力がなければ使えん」
そう説明した後、アインはシャノンのかけた眼鏡を指す。
「そいつはマナグラスの基本構造を応用して、起動部分に歯車大系を組み込んだ。魔力のない人間でも、魔力やマナを見ることができる」
「マナは魔石のものを使いますのね」
眼鏡についている魔石をアナスタシアが観察する。
魔力のない人間は、体内にて微量のマナしか生成されない。
それゆえ、魔石に保存されているマナにすべて賄ってもらうしかないのだ。
「魔眼は弱い魔力を使うのが基本だ。マナ消費が少ない分、質の悪い魔石でも数回は使える。つまり、値段が安く押さえられる」
「……確かにこれなら、魔力無しでも、マナ濃度と魔力濃度の測定ができますわね。なにか見えたときに魔術士を呼べばいいでしょうし、定期的に測定してもらう必要はなくなりますわ」
感心したようにアナスタシアが言った。
「ですけど、マナ消費が少ないということは、ロイヤリティもあまり高くはできませんわよね?」
「その分、数で勝負する。濃度測定は誰もがやってることだが、シャノンが言った通り面倒くさい。殆どは異常無しなわけだしな。自分で測定できるなら、楽で金もかからない。広く普及すれば、歯車大系の宣伝になる」
「……宣伝ですの?」
ニヤリとアインは笑う。
「誰にでも、魔法が使える時代がくるってな」
アインはそう口にして、踵を返す。
「というわけで、そいつを商店に売りつける。行くぞ」
アインが歩き出すと、「ぱぱ」とシャノンが呼び止めた。
振り返った父親に、娘は聞いた。
「これ、なんておなまえ?」
アインは僅かに黙考した後に言った。
「魔眼鏡だ」
§ § §
アインが向かったのは魔導師御用達の魔導商店街ではなく、一般の商店だ。そうでなければ、魔力の見えない客が来ないからだ。
まず最初に西地区にて手広い商売をやっている商人を訪ねた。
「……こ、これは……」
魔眼鏡をつけ、商人は魔石を見ている。
魔力を持たないその目にも、確かに魔石のマナが視認できた。
「これは素晴らしい品です。アインさん」
「いくら出す?」
一瞬、商人は考え、それから自信満々で切り出した。
「契約料100万ゼラ。一個につき、5000ゼラでいかがか?」
「悪くない。検討しよう」
アインが踵を返す。
「お、お待ちください。契約料200万、いや、300万でいかがですかっ?」
「答えは同じだ。悪くない」
アインは商店を後にする。
続いて向かったのは北地区一とも言われる豪商の店だ。
アインが魔眼鏡を見せるなり、店主は食いついた。すぐさま、彼は金庫から金貨を持ち出してきて、アインの前に並べた。
「契約料400万ゼラお支払いします。魔眼鏡一個につき、7000でいかがですかな?」
「悪くない。検討しよう」
またしても、アインは首を縦に振らず、その店を後にした。
続いて訪れたのは南地区、王都アンデルデズンのみならず、他の都市とも貿易を行っている商店だ。
魔眼鏡を吟味した後、店主は言った。
「魔眼鏡一個につき、3000。ただし、3万個を保証しよう。うちは販路が大きい。三つの商業都市で10万は堅いだろう。物が用意できればな」
「悪くない。検討しよう」
「……魔導師が、商売上手だな。他にいってもここ以上の条件は出せんぞ」
「だろうな」
「いくら欲しいのだ?」
「金では買えん」
そう口にして、アインはまた商店を後にした。
他にも何軒もの商店を回ったが、アインの答えは変わらなかった。良い条件でも、悪い条件でも、人の良さそうな商人でもそうでなくとも、彼は頑なに首を縦にふらない。
いくつもの商店が空振りに終わったが、特にめげる素振りもなく、彼は商店街を歩いて行く。
歩き疲れたシャノンは、アナスタシアが創ったゴーレムの左手に乗せられていた。
アナスタシアも隣に座っている。
「いったいなにが気に入りませんの?」
アナスタシアが問う。
「魔眼鏡を普及するのが目的ですわよね? 販路の大きい商店に売ればいいのではなくて?」
「すごいせんでんなる!」
と、シャノンが声を上げる。
「魔眼鏡の術式書を出したろ」
商人たちには魔眼鏡と一緒に、術式書を出していた。魔眼鏡の魔法陣や具体的な消費マナ、ロイヤリティなど、魔法についての詳細が記載されたものだ。
「誰も読まなかった」
「術式書を読める商人でしたら、魔導商店街に行きませんと……?」
「魔力無しの客は来ないだろ。一般商店じゃなきゃ、魔眼鏡は売れない」
と、そのとき、商店街に怒声が響いた。
「魔力無しが偉そうに注文をつけてんじゃねえっ!!」
アインが振り向く。
ある商店から、ドアをこじ開けるようにして、机が往来までぶっ飛んできた。
「偉そうなのはどっちですかねぇっ!! 契約書もまともに読めないんですか、魔導師様は! 見た魔力を正確に伝えるようにとここに書いてあるでしょうっ! ここに!」
細身で若い店主が、契約書を魔導師に突きつける。
「だったら、俺が見た魔力が正確じゃない証拠を出してみろよっ!」
「だから、報告書を読めっつってんでしょうがっ!! あなた様の報告が正しいなら、こんな結果にはなりませんよっ!!」
「なっ……!? 無学位で、魔力無しの報告書を読めだと!? ここまで侮辱するなど、もう我慢ならん! 私は止めさせてもらう!!」
「おーおー、さっさと出て行ってくださいよ。無駄金使いの三流魔導師様ぁ! 今日までのお給金ですよっ!」
商人は思いきり金貨を投げつけ、魔導師の顔面に食らわせる。
魔導師は杖を机に向け、魔法で浮かせる。
その机が店主に向かって飛んでいき、髪をかすめて壁に激突した。
キッと店主と睨みつけ、その魔導師は去っていった。
「またパディオの奴か」
「魔導師はプライドが高いんだから、仕事に口を挟むなってのに」
「ほっとけほっとけ。あいつは銭勘定だけ得意で、職人や魔導師との付き合いってもんをわかってねえんだ」
近所の住人たちが、ひそひそと噂話をしていた。
アインはその店の看板をじっと見つめ、入り口へ向かって歩き出した。
「つぎはあのおみせっ」
シャノンがゴーレムから飛びおり、アインについていく。
「ちょ、ちょっと、正気ですのっ……?」
そう声を上げながら、アナスタシアも渋々ついていった。
「いらっしゃい。すみませんね、バタバタしていて。なにかご入り用ですか?」
壁に激突した机を片付けながら、店主のパディオが言う。
「こいつを売れる店を探している」
単刀直入にアインが言い、カウンターに魔眼鏡とその術式書を出した。
パディオはそれを一瞥し、術式書を手にした。
(術式書を……?)
と、不思議そうにアナスタシアが商人を見つめる。
「読めるのか?」
「ええ。まだ勉強中ですが」
パディオがふと気がついたように顔を上げた。
「……こちらは、歯車大系の……でしょうか?」
「そうだ」
一通り術式書に目を通すと、パディオはそれを置いた。
「確認しても?」
「ああ」
魔眼鏡をかけて、パディオは石を二つ取り出す。一つが魔石、もう一つがただの石だ。魔眼鏡の性能を確かめるためのものだろう。
パディオは二つの石を見比べ、目を見開く。
「あなたが開発されたのですか?」
「そうだ」
彼は魔眼鏡を外し、机に置いた。
「素晴らしい品を、ありがとうございます。是非、私の商店で取り扱わせていただきたく存じます」
「いくら出す?」
これまでと同じくアインは聞いた。
一瞬、パディオは考える。それから言った。
「言い値でけっこうです」
「一億ゼラだ」
(い、一億っ……!? そんな法外な額をふっかけても応じるわけが……)
アナスタシアが驚きながらも、アインを見た。
何食わぬ顔をして彼は言う。
「どうする? 金がないなら他をあたってもいい」
「……承知しました。少々、お待ちください」
パディオは一度、奥に引っ込み、羊皮紙の束を持って戻ってきた。
「この店の権利書です。金貨を含め、4000万以上の価値はあるでしょう」
「残り6000万は?」
「働いて必ずお返しします。お売りするこの店で、雇っていただけないでしょうか?」
パディオはそう言って、頭を下げた。
「店を売って、借金して手に入れた魔眼鏡の権利で、金を返すと? オマエになんの得があるんだ?」
「……私は魔導商店街に店を出し、大商人になります……」
頭を下げたまま、パディオが言う。
「高価な魔導具や器工魔法陣、魔石やミスリルを取り扱わない商人は、どれだけ手広く稼いでも二流止まり。ですから、魔導師に私の目の代わりになってもらうように頼みました。しかし、細かい要求に答えられる一流の魔導師は、魔力無しの商人など相手にはしません。雇えた者も、先ほどのように喧嘩別ればかりでございました」
パディオが魔眼鏡に触れる。
その手は微かに震えていた。
「魔眼さえ使えれば、商人としての格が変わります。これは私の夢の値段。いくら払おうと、買い逃す手はございません」
満足そうにアインは笑う。
「オマエに売ろう」
彼は魔眼鏡をすっとパディオに差し出す。
「……これは?」
「不都合があったら言え。オマエ用に調整する」
パディオがそれをそっと受け取る。
「ありがとうございます」
そう口にして、彼は商人らしく、深く頭を下げたのだった。
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