ロイヤリティマナ
湖の古城。
「おーらい、おーらい」
扉の前でシャノンが手を大きく振っている。
アナスタシアのゴーレム、《削岩採掘人形》が数体、魔石とミスリルを抱えながら、城の中へ入っていく。
シャノンがとことこと走り、《削岩採掘人形》を先導していく。
到着したのは、アインの魔導工房だ。
ピタリとシャノンは足を止める。以前に中へは入らないように言いつけられているので、それを守っているのだ。
アナスタシアもそこで止まり、《削岩採掘人形》も停止した。
「どうした? 中まで運んでくれ」
アナスタシアは驚きの表情を浮かべた。
「あなたの固有工房ですわよね?」
「見てけよ」
すると、彼女は子どものように、好奇心たっぷりの笑顔になった。
「はいっ!」
アナスタシアは中へ入る。
しかし、シャノンが入り口で止まったままなのを見て、アインに話しかけた。
「あの、よろしいんですの? ご自分の娘でしょうに」
「ここに入っていいのは、オレが認めた魔導師だけだ」
アインは子どものような笑みを浮かべる。
「実力で入らなきゃ、つまんないだろ」
§ § §
魔導工房にはミスリルと魔石が山のように積み重なっていた。
「よし。これでぜんぶだな」
そう口にすると、アインは踵を返し、魔導工房から出る。
それを見て、アナスタシアも廊下に戻った。
「研究はいたしませんの?」
アインは魔法陣を描く。
魔導工房の扉が閉まっていく。
「次は第十二位階魔法だ」
「ああ……」
と、アナスタシアは納得したようにうなずいた。
「12いかいだと、けんきゅーなし?」
シャノンが疑問の目を向けてきた。
「第十二位階魔法を開発するのは、魔導工域の開仭に必要だからだ」
「まどーこういき?」
わからないといった風にシャノンが首をかしげた。
「簡単に言えば、魔導師の奥義だ」
「おおっ!!」
シャノンが瞳を輝かせる。
「この間のことがあったからですの?」
「シャノンには護石輪をつけたから、危機も察知できるし、一度だけだが近くに転移も可能だ」
シャノンが右腕につけたブレスレット――護石輪を嬉しそうに掲げている。
「余程のことがなければ、大丈夫だろうけどな。備えはあった方がいい」
「ぱぱ、すごいひっさつわざ、おぼえる!」
「魔導工域は研究開発用の術式だ。必殺技じゃない」
そうアインが説明する。
「じゃ、どーしてけんきゅーしないかな?」
「マナがまるで足りん」
「魔導工域はマナ消費が桁違いなのよ。さっき、魔導工房に魔石を運んだでしょ?」
アナスタシアの問いに、シャノンは両手を広げて答えた。
「たくさん」
「あれだけ魔石があっても、二、三回の実験でマナを使い果たすわ。何百回も失敗するんだから、それじゃ研究にならないでしょ」
理路整然とアナスタシアが説明する。
「ませき、もっとあつめるかな?」
「それだと、いちいち新しい魔石を組み替える手間がかかる。希少な魔石を使い捨てるわけにもいかん」
アインが言った。
むむむむー、とシャノンは頭を悩ませる。
「だから、ロイヤリティマナを使う」
「ロイヤリティマナってなあに?」
アインは一瞬考える。そして、言った。
「街に行くか」
§ § §
王都アンデルデズン。西地区浄水場。
その道をアイン、シャノン、アナスタシアの三人が歩いていた。
「たとえばオマエが将来、オレの歯車大系魔法《第五位階歯車魔導連結》を覚えたとする」
「シャノン、おぼえる!」
「消費マナは200だ。だが、実際には200マナでは使えない」
「ふしぎなことがおきた!」
シャノンが元気よく言った。
「魔法の開発者……魔導権限者であるオレに、使用料20マナを支払う必要がある。これがロイヤリティマナだ」
「まほーは200なのに、ぱぱにも20あげるか? シャノンの20かっ?」
「そうだ」
「み、みかじめりょう……!!」
シャノンが衝撃を受けた表情をした。
そんな単語どこで覚えた、といった顔でアインは彼女を見る。
「あこぎ!」
糾弾するように、シャノンが指をさす。
「その代わりにオレは、魔法省を通して《第五位階歯車魔導連結》の魔法陣を公開している。これがわからなければ、そもそも魔法が使えない」
「ぱぱ、まほうをおしえる。シャノン、おれいにマナあげる!」
「そういうことだ」
シャノンは納得したようにうなずいた。
「つまり、世界中で《第五位階歯車魔導連結》の魔法が使われれば――」
「がっぽがっぽ!」
シャノンの脳内に、世界中のマナが降り注ぐ光景がよぎった。
「そのロイヤリティマナを使って、研究で減った魔石のマナを補充すればいいわけだ」
「ですけど、実際には《第五位階歯車魔導連結》はあまり使われませんわよね?」
アナスタシアが言う。
「ぱぱのまほー、にんきない?」
「魔導師なんかは研究に使うだろうが、問題は数の多い魔術士だ。歯車大系は開発されたばかりで、まだ使い手がいない」
アインに続き、アナスタシアが説明を加える。
「魔法の習得には時間がかかるもの。魔術士が覚えようとする魔法は、当然実用性のあるものよ。代用できるなら、得意大系の魔法を覚えるわ」
《第五位階歯車魔導連結》は魔力の砲弾を飛ばす攻撃魔法だ。どの大系の魔法でも代用できる。
「第零位階魔法はどうですの? ロイヤリティを高くしても、傭兵魔術士には人気がありそうですけど?」
対術距離を覆す第零位階魔法《零砲》は、戦闘を生業とする魔術士なら、喉から手が出るほど欲しいだろう。
彼らにとっては、生死を分ける魔法だ。どれだけのロイヤリティマナを支払おうとも、使わない選択肢はない。
とはいえ、
「あれは習得難度でいえば、第十一位階以上だ」
「……一級魔術士で習得に半年といったところですわね……」
将来性はともかく、すぐに成果は上がらないだろう。
「まあ、今、歯車大系に必要なのはこういうやつだな」
円形の噴水にアインは視線を向けた。
キラキラと輝く水流が高く舞い上がり、水面に降り注いでいる。
「すごいふんすい!」
「浄噴水。《浄水》の器工魔法陣だ」
アインが水路を指さす。
それは上流に位置し、噴水につながっている。
「上流から来る汚れた水を、《浄水》で浄化し、飲み水に変えている」
噴水から下流にある用水路の水は、浄化され透き通っていた。
「この浄噴水は世界中の町村、あらゆるところに存在する。汚れた水は疫病の原因になるからな」
「がっぽがっぽかっ!?」
シャノンが食いつく。
「昔はそうだったらしいわね。今は違うけれど」
と、アナスタシアが言った。
「せかいじゅうにあるのに?」
「魔導権限者が変わって、《浄水》のロイヤリティマナを0にしたのね。浄噴水も国や大領主としか取引しなかったんだけど、誰でも買えるようになったわ」
「水がなきゃ生きていけないからな。特権を持った奴らが、それをいいことに領民を脅すこともあった。今じゃ、自宅の井戸にも設置できる。浄噴水なら四級魔術士でも起動できるし、一度起動すれば二日はもつ」
アナスタシアに続き、アインがそう補足した。
「あこぎなし! ライセンサー、だあれっ?」
シャノンが聞く。
アインは僅かに目を細くして、答えた。
「総魔大臣ゴルベルド・アデムだ」
「……ぱぱのがくい、なしにしたわるいやつ?」
困惑したようにシャノンが言う。
「人格は最悪だが、有能だぜ。おかげで魔法省は僻地でも歓迎される」
思うところはあるだろうが、アインは気にした素振りは見せず、率直にゴルベルドを評価した。
「この浄噴水のように、役に立つ器工魔法陣を開発できれば、ロイヤリティマナを稼げる」
「なにか考えがありますの?」
アインは不敵に笑ってみせた。
「それを今から考える」
§ § §
アイン、シャノン、アナスタシアは往来を歩いていた。
「――でしたら、やはり《零砲》の器工魔法陣が一番売れると思いますわ」
アナスタシアが意見を出す。
「戦争やってる国ならな。器工魔法陣は物を直接売りに行く必要がある」
「商人に任せればいいのではなくて?」
「アンデルデズンじゃそう見つからないぜ。それに戦闘用なら頑丈さもいる。ミスリルだけじゃ無理だな。金がかかる」
「シャノンは、ゲズワーズがうれるとおもう!」
拳を握って、力一杯彼女は言った。
「魔法協定違反だ。そもそもゲズワーズが使われても、オレにロイヤリティマナは入らん」
「じゃ、シャノンのこれは?」
シャノンは《加工器物》の歯車を見せる。
「誰でも使えるからな。そこそこは興味を引くだろうが、魔力無しが《加工器物》を使うメリットは薄い」
《浄水》のように生活に関わっていなければ、多くのマナは獲得できないだろう。
「ですけど、今のところ歯車大系の魔法は、あまり生活に密接したものではありませんわよね?」
「まあな」
アインは考えながらも、歩いて行く。
ふと、シャノンがついてきていないのに気がつき、振り返った。
「どうした?」
「ぱぱ、あれなにしてるひと?」
シャノンが指をさした方向には、魔術士が一人いた。
家をじっと魔眼で睨んでいる。
「ああ。マナ濃度と魔力濃度の測定だ。どこでも毎月やってる」
「めんどくさいこと?」
「まあ、魔力無しは、魔力やマナが見えない。魔力濃度が第二位階以上になると、小規模な魔導災害が起こる危険性がある。だから、ああやって魔術士に頼んで定期的に測定を……」
言いかけて、アインははっとした。
「……それだ! なにも歯車大系の魔法を使う必要はない」
不思議そうにするシャノンに、アインは言った。
「魔眼だよ」
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