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開発再開


 湖の古城。玄関。


 シャノンの誘拐事件から、すぐのことだった。


 アインが扉を開くと、そこにはなんとも申し訳なさそうな顔をしたルークが立っていた。


 魔法省アンデルデズン研究塔、第一魔導工房室でアインの部下だった男だ。彼がなんのためにやってきたのか、一目で想像がついた。


 アインはルークを応接間に通した。


「実はあの後、室長になりまして……」


「まあ、外部から連れてこない限りオマエだろ」


 アインはカップに注いだ紅茶をルークに差し出す。


「今、なに研究してんだ?」


「……まだ大したことは……」


 歯切れ悪くルークは言った。


「あの……歯車大系の開発、おめでとうございます……」


 ぎこちない笑みを浮かべるルークを、アインはじっと見返した。


「馬鹿所長はなんだって?」


「え?」


「無茶を言われて来たんだろ。顔に書いてあるぞ」


 すると、ルークは申し訳なさそうにうつむいた。


「……歯車大系の権利ライセンスを魔法省に譲渡させるように、と……」


「条件は?」


「……代わりに……その……」


 言いづらそうに、ルークは答えた。


「魔法省に復職させてやってもいいとのことで……」


「なるほど。炎熱大系で水を出せと言うわけだ」


 魔法の理からすれば、炎熱大系の魔法陣で水そのものを作るのはまず無理だ。不可能なことを表す古い慣用句である。


「すみません……説得できなければ解雇だと言われてしまい……」


「うちに来いよ。金はまだないが、歯車大系は面白いぜ」


 困ったようにルークは笑う。


「そうできたらよかったんですが、私は祖父の縁で魔法省に入ったので、顔を潰すわけには……」


「ああ……魔法を教えてくれたじいさんだったか」


 ルークは無言でうなずく。


 アインは仕方がないといった表情で応じた。


「馬鹿所長に伝えてくれ。頭を下げに来るなら考えてもいい」


 

   § § §



 翌日。


 湖の古城。玄関前。


 訪ねてきたジョージ所長がアインに深く頭を下げていた。


「本当に申し訳なかった。魔法省に戻ってきてほしい」


 アインは真顔で言った。


「断る。帰れ」


 顔を上げたジョージは、屈辱と驚きの入り交じった表情をしていた。


「……や、約束が違うっ! 私が頭を下げれば――」


「考えてもいいと言っただけだ。まさか、それだけで済ませるつもりだったのか?」


「それだけだとっ? 魔導博士の私が、無学位の貴様に頭を下げたのだぞっ!!」

 

「オマエの軽い頭が多少地面に近づいたところでな」


 辛辣に言い放たれ、ジョージは奥歯を噛んだ。


「交渉したいなら、総魔大臣を連れてこい」


「なっ……!?」


 ジョージは目を剥き、驚愕の表情を見せる。混ざっている感情は怒りだ。とんでもないことだと言わんばかりだった。


「一介の魔導師風情が総魔大臣と直接交渉だとっ!? わきまえたまえ!」


「わきまえるのはどっちだ? 一介の魔導師風情の新魔法が欲しいんじゃなかったのか?」


 ぎ、ぎぎ、と今にも血管が切れそうなほどの怒りをどうにか堪え、ジョージはアインを見返す。


 彼は屈辱に歯を噛みしめながらも、地面に膝を突き、両手を突いて、額をこすりつけるように頭を下げた。


「……非礼を謝罪する……! どうか、私と一度、交渉の機会を……!」


「断る」


 そう口にして、アインは容赦なく扉を閉めた。



   § § §



 アンデルデズン研究塔。所長室。


「くそっ!!」


 ダガンッとジョージが机に両手を叩きつけ、憤怒の形相で虚空を睨んだ。


(総魔大臣を呼べだとっ!? そんなことを口に出した時点で魔法省での私の立場は終わりだっ!!)


 ぎりぎりと歯を噛みしめながら、ジョージは内心で毒づいた。


(だが――)


 その総魔大臣ゴルベルドから、アインを再雇用し、歯車体系の権利ライセンスを譲渡させろと命令があったことを彼は思い返す。


(このままでは閑職に回される。基幹魔法はともかく、奴が開発した新魔法の一つぐらいは手に入れなければ……共同研究を持ちかけ、成果だけ盗むか。いや)


 そこまで考え、ジョージははたと気がつく。


 かつて自分がアインに新魔法を盗ませようとしたことに思い至ったのだ。


(私の手口は知られている。考えろ。奴にもなにか弱みが……)


 ジョージははっとして、拳を握る。思い出したのである。アインを解雇するとき、彼が研究していた新魔法に執着していたことを。


 すぐにジョージは、アインの部下だったルークを呼び出した。


「《永遠世界樹レイジア》の研究を再開する……ですか……?」


 ジョージの説明を受け、現在の室長であるルークは思わず聞き返さずにはいられなかった。


 当初は破棄の命令が出ていたからだ。


「歯車大系を開発した男が研究していた新魔法だ。さぞ価値のある魔法だろう」


 アインが開発途中だった新魔法があれば、ゴルベルドへの面目も立つ、とジョージは考えていた。


「それは、そうですが……《永遠世界樹レイジア》は魔法協定の抜け穴をついたような禁呪ぎりぎりの魔法で、アイン元室長がいたからこそ安定していましたが……」


「予算と人員をすべて回す」


「……しかし、かなりの危険が」


「早急に完成させたまえ。以上だ」


 とりつく島もなく、ジョージはそう命令したのだった。



   § § §



 その夜――


 第一魔導工房室。


「《永遠世界樹レイジア》臨界暴走!」


「全魔法線切断! マナ供給を切れ!」


「自己供給術式が働いています! 魔力根まりょくこんが、上階の魔石保管庫へ到達。直接、マナを吸われていますっ!」


 魔導師たちが次々と報告を上げていた。


 巨大な大樹から枝が伸び、荒れ狂うように壁や天井を破壊していく。


 魔導師たちが魔法障壁で押さえ込もうとしているが、まるで歯が立たず、枝になぎ払われていく。


 そこは悲鳴と怒声が飛び交う、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。


「なにをやっている、馬鹿者どもっ! 《相対時間停止レズン・ネゼ》で強制停止をしろっ!!」


 ジョージ所長が怒鳴りつける。


 研究塔全体への被害が出る緊急事態につき、泡を食って駆けつけたのだ。


 こんなことが上に知られれば、彼の責任問題だ。


「第十位階の臨界暴走ですっ! 《相対時間停止レズン・ネゼ》は効きません!」


 ジョージの誤った指示に、ルークがそう反論する。


「なんだと!? そんな馬鹿げた器工魔法陣の開発許可が下りるわけが……!」


「説明したでしょうっ! 《永遠世界樹レイジア》が禁呪に認定されないのは、魔法協定上の不備ですよっ!」


 ドゴォォッと《永遠世界樹レイジア》の枝が天井を完全に突き破った。


「もう限界です! 所長、塔員に退避指示を!」


「……ば、馬鹿を言うなっ! これを放置する気かっ……?」


「死者が出ればあなたの責任になりますよっ! 早くっ!!」


 ドゴォッと足場が崩れ、ジョージとルークが体勢を崩す。


「くそっ。退避だ! 全塔員はただちに持ち場を放棄し、研究塔を脱出しろ!」


 枝という枝が荒れ狂い、猛威を振るう中、研究塔の魔導師たちは命からがら脱出した。


 外から見上げる塔には、木の枝がぐるぐると巻きついており、魔力の粒子がしんしんと降り注いでいる。今もなお、《永遠世界樹レイジア》の臨界暴走は規模を拡大していた。


「魔導災害として認定し、聖軍に防災出動を申請しましょう」


 ルークがそう進言する。


「ば、馬鹿を言うなっ! 魔法事故を公にすれば、数ヶ月は研究塔を止めることになるぞっ。解雇どころか、学位まで剥奪されかねんっ!」


「魔法省の敷地外に《永遠世界樹レイジア》が広がれば同じことでしょう」


「君の責任だろう。どうにかしたまえ!」


「……穏便にこれを止められる魔導師がいるとすれば、一人だけでしょうね」


 ルークははっきりと言った。


 それが誰かはジョージにもわかったことだろう。最も頼りたくはない相手ではあるものの、背に腹は代えられなかった。



   § § §



「そうだな」


 変わり果てた研究塔を魔眼で見つめながら、アインが言った。


「魔法省の宝物庫に、要人警護用の護石輪ごせきりんがあるだろ。それで手を打とう」


「なっ……!? そ、それは王族クラスの……どれだけ貴重なものか……」


 アインの要求に、ジョージ所長は反駁する。


「そうか。じゃ、聖軍にでも頼むんだな」


 アインが踵を返す。


「ま、待てっ!」


 ジョージが呼び止めると、アインが振り返った。


 苦々しい表情で所長は羊皮紙を書き殴り、アインに差し出す。彼はそれを受け取り、ざっと目を通す。


「確かに」


 そう口にして、アインは研究塔の外壁に触れる。


「ルーク。収束後、すぐに《相対時間停止レズン・ネゼ》の器工魔法陣を起動しろ。塔が崩れる」


「了解です。炎熱大系による砲撃はいりますか?」


「術式が成長過多になってるだけだろ。今なら器工魔法陣の遠隔書き換えで済むはずだ」


 そう口にして、アインは魔力を込める。


 様々な魔法文字が外壁に浮かび上がっていき、それが書き換えられた。

 すると、みるみる枝が縮んでいき、塔の内部に引っ込んだ。


 あっという間に《永遠世界樹レイジア》の臨界暴走は収められ、穴だらけになった塔が、一瞬崩れかける。すぐさま、ルークたちが《相対時間停止レズン・ネゼ》を起動し、それを支えた。


 唖然とするジョージ所長に、アインは先ほど受け取った羊皮紙を見せる。


「じゃ、頼んだぜ。護石輪」


 この世の屈辱という屈辱を集めたような表情を浮かべるばかりのジョージをよそに、アインは去っていったのだった。



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[一言] がんばれ、馬鹿所長ジョージよ
[良い点] 親バカ……
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