一秒を争う
洋館。魔導工房。
凝縮したマナの球体の前で、アウグストが魔眼を光らせながら、魔法陣を構築している。
マナ球とそれを作り出している器工魔法陣を解析しつつ、少しずつ魔法陣を描き足し、調整している様子だ。
傍らでアナスタシアが心配そうに、マナ球の中へ視線を向けている。
「アウグストッ!」
《白樹》を撃退したアインとギーチェが走ってくる。
「シャノンはっ……?」
感情を抑えながら、アインは聞いた。
「解析はもう終わる。安全に停止することはできそうだが、どうやらこれは第十三位階級の高濃度マナだよ。すぐに紅血大系が専門の魔導師に見せた方がいい」
アリゴテはシャノンを預けておく、と言った。
だが、それは必ずしも無事であることを意味しない。
彼にとっては、研究材料として用をなせばそれでいいのだ。
たとえ、どんな状態であろうとも。
「ギーチェ」
すぐさま、アインが悪友を振り向く。
「らしくない顔をするな。私が必ず助ける」
人体への医療魔法は紅血大系が最も優れる。
魔石病の研究をしていたギーチェの専門も紅血大系だ。研究職を離れたものの、今この場にいる魔導師の中では最も可能性があるだろう。
アインの見立てでは街まで運んでいる猶予はない。
「完了したよ。器工魔法陣を停止する」
アウグストが魔力を放出する。
器工魔法陣に停止の命令が伝わり、高濃度のマナ球に亀裂が入った。
「高濃度マナの処置は一秒を争う。迷いは不要だ。手を動かせ。いいな?」
ギーチェがそう確認をとると、アインはこくりとうなずいた。
「わかっている」
みるみるマナ球の亀裂が広がっていき、そしてパリンッと割れた。魔法によりとどめられていたマナが辺りに広がり、霧散していく。
白い煙が立ちこめる中、人影が見えた。
シャノンのものだ。
「行くぞっ!」
アインが言い、二人は覚悟を決めた表情で駆け寄っていく。
白い煙がさっと流れていき、そこにはあろうことか……右腕を突き上げたシャノンが得意満面で立っていた。
「シャノン、ふっかつ!」
一瞬の沈黙、アウグストとアナスタシアが不可解極まりない表情で、彼女を見た。
だが、そこへ迷いを捨てた男たちが一陣の風のようにシャノンをさらった。
「外傷はっ!?」
真剣極まりない表情でギーチェが問うた。
アインは抱きかかえたシャノンに魔眼を向ける。
「外傷はない! 無傷だ!」
「むきず!」
と、シャノンは両手を挙げて、無事をアピールする。
「無傷だとっ! なんということだ! 今すぐ寝かせろ。安静にするんだ!」
「任せろ!」
ギーチェの指示に、素早くアインが反応し、シャノンを床に寝かせた。
二人は迷いを捨てている。
シャノンが万が一にも無事であるなど、鼻から頭にないのである。
「意識はっ?」
「シャノン。オレがわかるか?」
ギーチェが優しくシャノンに話しかける。
「ぱぱ」
「意識はある! 記憶も正常だ!」
素早くギーチェが言った。
「くそっ! 外傷がない上、意識まであるのかっ! 魔力はどうだっ?」
「ま・がん!」
ピカッとシャノンが魔眼を暴走させた。
それを魔眼で見て、アインが素早く報告を上げる。
「めちゃくちゃ強い! 魔力制御も可能だ!」
「魔力がめちゃくちゃ強くて制御可能っ!? どういうことだっ!?」
寝ながら、シャノンが両拳を握った。
「ぜっこうちょう!」
「自己申告は絶好調」
「気のせいじゃないのかぁぁっ!?」
アインの報告に、ギーチェは叫ぶように疑問を述べた。
「きのせいじゃない!」
シャノンがむくりと起き上がり、腕を思いっきり交差する。
更に元気いっぱいに歩いてみせた。
「歩いたあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「馬鹿なあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
男たちは悲鳴のように大声を上げていた。
「狼狽えるな、ギーチェッ! オマエしかいないんだぞっ!」
「……わかっている! わかっているが! 外傷がなく、意識があり、記憶も魔力も正常で絶好調で歩く。こんな症状は見たことも聞いたことも――」
「一ついいかな?」
動転する父親二人に、アウグストが言った。
「無事なのでは?」
沈黙が通り過ぎていった。
六智聖の叡智が、この場に静寂をもたらしたのだ。
「無事……? あの無事のことか?」
アインが疑問の表情を浮かべる。
「他にどの無事がありますの」
呆れたようにアナスタシアが言った。
「本当に親バカですわ」
「……高濃度マナにさらされてなぜ無事に?」
と、ギーチェがシャノンを見る。
彼女は元気をアピールしながら、
「すーぱーほっとけーきで、シャノンむてきなった!」
などと宣っている。
「ただの高濃度マナではなかったのかもしれないね。あのアリゴテという男は、並の魔導師ではない」
「……あいつの基幹魔法の研究と関係しているのかもな」
アインが言う。
「基幹魔法?」
と、ギーチェが疑問を向ける。
「大体燃えたが、この工房には基幹魔法を研究した形跡があった」
「戦闘中に見たものだろう。断言できるのか?」
「オレがどれだけ基幹魔法を研究してたと思ってんだ」
アインは足下に落ちていた焦げついた羊皮紙を広い、視線を落とす。
「証拠を消すために、派手に燃やしながら戦ったんじゃないか」
「聖軍で調べよう」
と、ギーチェは羊皮紙を受け取った。
「……あいつ、なんで総魔大臣と同じ顔なんだ?」
アインが聞く。
「私も驚いたよ。魔法省に報告しなければいけないね」
アウグストがそう答えた。
(それと、ジェラールか。いつから《白樹》にいる? オレにシャノンを引き取れと言ったのは偶然じゃなさそうだな)
アインが考えていると、いつの間にかシャノンが目の前に来ていた。
「マギってなあに?」
「ん?」
アインが不思議そうにシャノンを見返す。
「ぱぱ、さっきマギになるっていってた!」
「聞こえてたのか?」
「じごくみみ」
と、シャノンは両耳に手をやり、ひらひらと動かした。
どうやら、地獄耳をアピールしているらしい。
「《魔義》は《本を書く魔導師》とも呼ばれるが、本っていうのは魔法律を意味している。神が魔法律を定めたとすれば、その魔法律を書き足すのが《魔義》だ。つまり、最も神に近づいた魔導師のことをいう」
シャノンは疑問でいっぱいの表情を浮かべている。
「簡単にいえば、十二賢聖偉人よりすごい魔導師のことだ」
「すーぱーまどうし!」
ざっくりとした理解であった。
「それよりオマエ、本当に大丈夫か? 調子が悪いところはないか?」
アインが真剣に問いかけると、シャノンはお腹に手をやった。
「腹が痛むのか?」
ぐう、とお腹が鳴った。
「おなかのとけいなった!」
僅かに目を丸くした後、アインは安堵する。
「帰るか。今日はご馳走にしよう。なにが食べたい?」
優しくアインが言う。
「サンドウィッチがいい」
「……ほっとけーきじゃないのか?」
意外そうにアインが聞く。
「とちゅうでさらわれたから、ピクニックのつづきする!」
娘の言葉に、フッとアインは笑う。
「いいぞ。やるか」
「やった」
シャノンはアナスタシアの方へ走っていく。
「アナシー! かえってピクニックのつづきしよーっ!」
「はあっ!? あなた、さらわれたばかりでしょうにっ! 懲りないわねっ!」
「だいじょうぶ。ぱぱもくる!」
シャノンの後ろでアインは言う。
「アウグストも来ないか?」
「では、お邪魔しようかな」
笑顔で承諾するアウグスト。
和やかな四人をよそに、一人渋い顔をしている男がいた。
「私はこれから、聖軍の本隊を待って事後処理があるんだが……」
「心配するな」
にっこりとアインは笑う。
「オマエの分はオレが食べておいてやる」
「すぐに終わらせて行くから、残しておくんだ!」
残業はしないという気迫を滲ませ、ギーチェは脅すように言った。
そんな彼に手を振りながら、アイン、シャノン、アウグスト、アナスタシアは洋館を後にする。
「残しておくんだぞっ!!」
「シャノンがまもるー」
というギーチェとシャノンの声が、ディグセーヌ村落に響き渡ったのだった。
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これにて三章完結です!
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