決着
ゲズワーズの頭部を囮に使い、死角に隠した歯車魔法陣にて、その巨体ごと敵を撃ち抜く――それがアインの狙いだった。
魔導工域は確かに強力無比の大魔法だが、第十三位階魔法よりも発動に時間がかかる。
工域が広がりきるまでは魔法律の書き換えも完全には終わらないのだ。
ゆえに、先手を取った上での魔法の撃ち合いならば勝機があると睨んだ。
ゲズワーズの頭部を破壊すれば、その器工魔法陣の殆どが失われ、対魔導工域術式である《水月に狂いし工域の闇》も消滅する。
当然、アリゴテは魔導工域を開仭するだろう。
そうなれば、アインに勝ち目はない。
そして、遅かれ早かれ、アリゴテには魔導連鎖による《魔炎殲滅火閃砲》でゲズワーズの頭部を撃ち抜く目算があった。
だからこそ、アインはそのタイミングを自ら指定し、起死回生の一手にかけたのだ。
それでも、魔導工域の開仭前に撃ち抜ける保証はない。
のるかそるかの魔法砲撃がアリゴテの鼻先にまで迫り、そして――
「《魔炎殲滅火閃砲》」
アリゴテの周囲を、《導火縛鎖》が球形を成し、守っている。その鎖には《魔炎殲滅火閃砲》を滞留させていた。
ぎりぎりの判断を迫られたその瞬間、アインの狙いを察知したアリゴテは、魔導工域の開仭が間に合わないと悟った。
そして、《導火縛鎖》と《魔炎殲滅火閃砲》による防御に切り替えたのだ。
《第十一位階歯車魔導連結》の放出は止まらない。
ゲズワーズを失った今、ここを凌ぎきられれば終わりだとアインは理解し、マナを使い切る勢いで注ぎ込んでいる。
「どれだけマナをつぎ込んでも結果は同じだ」
アリゴテは言った。
「第十一位階魔法は、第十三位階魔法に及ばない」
「研究が足りないぜ」
そう口にしたアインは、挑戦的な笑みを覗かせる。
「魔法は使い方だ」
そのとき、《立体陰影》によって形成されていた立体的な影が二カ所、魔力の輝きを発した。
それによって影が吹き飛ばされる。現れたのはダークオリハルコンによって構築された歯車の器工魔法陣である。
瞬間、アリゴテが目を見張った。
(……火塵眼を防ぐと見せかけ、ゲズワーズの右腕とまき散らした歯車を《立体陰影》で隠した。そして)
彼の脳裏をよぎるのは、《導火縛鎖》の魔法陣を止めるために使ったと思われたアインの《第十一位階魔導連結加工器物》である。
(――あの魔法は、《導火縛鎖》の魔導連鎖を止めるためではなく、ゲズワーズの右腕とまき散らした歯車を器工魔法陣に加工するために……!?)
アリゴテは事態を把握し、そして――
「《第十一位階歯車魔導連結》!」
砲撃地点は二か所。
アリゴテの正面、そして側面からダークオリハルコンの器工魔法陣により発動した《第十一位階歯車魔導連結》が放たれた。
すなわち、合計三発の《第十一位階歯車魔導連結》。
器工魔法陣により正面に放たれたその魔力の砲弾は、アインが直接その手で撃ち出している魔力の砲弾と、一点で交わるだろう。その威力は通常の第十一位階魔法の比ではない。
アリゴテは素早く判断した。
(正面の砲撃二発。鎖を集中させて、これを防ぐ)
均等に球形をなしていた《導火縛鎖》の形状を変え、アリゴテは正面の守りを厚くする。
それによって、二発の《第十一位階歯車魔導連結》を弾き飛ばす。
即座に横からの《第十一位階歯車魔導連結》が迫った。
(側面の鎖は少なくなるが、弾道が見えれば防ぐのは容易い――)
難なく捌ききれる、とアリゴテが勝利を確信した瞬間だった。
鎖に当たる直前、その魔力の砲弾は、別の魔力の砲弾に当たって、僅かに弾道を変化させた。
「…………!?」
いったい、どこから……そんな思考すら間に合わない。
弾道が変化した《第十一位階歯車魔導連結》は、守りの薄くなった《導火縛鎖》の隙間をすり抜け、そしてアリゴテを飲み込んだ。
ドゴオォォォッと床が爆砕し、粉塵が舞う。
もうもうと煙が立ち上る中、アインは注意深く、敵の動きに魔眼を光らせた。
「……今のは」
粉塵と煙が流れていき、アリゴテの声が響いた。
「もう一度できるか?」
アインが視線を鋭くする。
直撃には違いない。全身は血まみれで、魔力も乱れている。
しかし、アリゴテはまだ立っている。
まだ戦えるということだ。
「俺が弾き返した正面からの魔法砲撃を、側面からの魔法砲撃に当てて、弾道を変えた。極めて精密な魔法技術を要する」
アリゴテの計算では、そんなことは不可能なはずだった。
だからこそ、受け手を誤り、直撃を受けたのだ。
「難しいことじゃないぜ」
アインは言った。
「これが歯車大系だ」
こと精密さにおいては、人工物の特色が色濃い歯車大系の真骨頂だ。術者も少なく、肌で実感できるものはまだまだ少ない。
アリゴテが想定にいれられなかったのも、無理はないだろう。
「では、検証といこう」
(あちらにどれだけ余力が残っているかが問題だな)
アインが冷静に状況を分析する。
虚勢を張っているのか、そうでないのか。
今の攻撃すら、大したダメージではなかったのだとすれば、かなり厳しい戦いになるだろう。
ゲズワーズはもうないのだ。
ちらりと火の粉が舞ったかと思えば、アリゴテの周囲に炎が立ち上る。
彼が臨戦態勢に移行しようとしたそのときだった――
「タイムリミットだ」
声が響く。
アインのものでも、アリゴテのものでもない。
影の男がそう口にしていた。
(あの男……)
ギーチェが、目の前を睨む。
そこにも影の男がいた。アインとアリゴテが死闘を繰り広げる中、ずっとギーチェと戦っていた。
(こっちが本体ではなかったのか……)
「他の連中も研究の破棄を終えた。聖軍総督アルバート・リオルがもう数分でここに到着する。これ以上の時間稼ぎは無意味だ」
影がさっと晴れていき、男が正体を現す。
口ひげを生やした白髪の男である。
年齢は四十代ほどか。髪は短く、法衣を纏っている。
その顔にアインは見覚えがあった。
(ジェラール……!?)
魔法省アンデルデズン研究塔の元所長であり、アインを室長に抜擢した男である。
シャノンを養子にするように言い出したのが、そもそも彼だった。
「仕方がない」
アリゴテは言った。
「シャノンは預けておくよ。またいずれ取り返しにくる」
「……オマエたちの名前は?」
アインがそう聞き返す。
他のことを問うても、まともな返事があるとは思わなかったのだろう。
「アリゴテと呼ぶといい」
「私はバッカス」
そう口にすると、二人は《飛空》の魔法で飛び上がった。
ここで逃がすのも後々厄介だが、アインにとってシャノンの無事を確保することが最優先だ。
奴らもそれをわかっているから、わざわざ誘拐してまで魔法実験に使ったシャノンを置いていくのだろう。
アリゴテは言う。
「貴様の奮闘に敬意を表し、一つ教えよう。我々《白樹》は十二賢聖偉人をも超える《本を書く魔導師》、《魔義》に至る。そのための禁呪研究であり、そのためのシャノンだ」
「勝手になればいい」
上空に浮かぶ二人の魔導師へ、アインは宣言した。
「オレが《魔義》になった後にな」
それを聞き、アリゴテは僅かに笑みを見せた。
「気に入ったよ、アイン・シュベルト」
そう言い残し、天井に空いた穴から二人は空に去っていった。
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