炎と歯車
炎の柱が燃えさかっていた。
アインはそこに魔眼を向ける。
背後のゲズワーズは、《水月に狂いし工域の闇》を維持し続けている。
アインが視線を鋭くしたその瞬間であった。
炎の柱が渦巻きに飲まれ、霧散した。
その中心にいたのはアリゴテである。暴走した自らの魔導工域に飲み込まれ、火傷を負いながらも、彼はまだ立っている。
戦闘の継続が可能な状態だ。
(ぎりぎりで魔導工域を解除したか)
アインはそう状況を分析する。
寸前で魔導工域を解除したことにより、ダメージは軽減された。《水月に狂いし工域の闇》は魔導工域以外に用をなさないのだ。
「アゼニア・バビロンの傑作か。一度、やってみたかった」
アリゴテが呟き、指先を伸ばす。
魔法陣が描かれ、《魔炎殲滅火閃砲》を放たれた。凝縮された火閃は一直線にゲズワーズの急所である頭部に迫った。
だが、魔法障壁の自動展開術式が起動し――《闇月》が球状に展開される。
火閃が《闇月》に衝突し、激しい火花を散らしたが、結界を破ることはできない。
(《白晶結界》より堅い……)
アリゴテが《闇月》をそう評価する。
ゲズワーズは拳を振り上げ、勢いよくアリゴテに振り下ろした。
ドゴォォッと床が砕けるが、間一髪、彼は飛び退いている。
「《魔炎殲滅火閃砲》」
火閃が一直線にアインを襲う。
ゲズワーズが左手を伸ばし、《闇月》にてそれを防ぐ。
「魔導工域を使わなきゃ、《闇月》を破れないんだろ」
風の刃がアインの両手に吹き荒び、唸りを上げて放たれた。
弧を描くようにそれはアリゴテに襲いかかる。彼は魔法障壁を展開する。《嵐従風刃魔導竜巻》が荒れ狂い、その一部が割れた。
アリゴテの頬と肩が僅かに切り裂かれている。
「専門は炎熱大系だろ。守り切れないぜ」
間髪入れず、アインは二発目の《嵐従風刃魔導竜巻》を放った。
風の刃が疾走し、アリゴテの魔法障壁をズタズタに切り裂く。
なおも迫ったその疾風は、しかし、螺旋を描いた鎖に阻まれる。
その鎖は赤く輝いていた。
(《導火縛鎖》に《魔炎殲滅火閃砲》を走らせて……)
瞬時に理解し、アインが舌を巻く。
炎熱大系の攻撃魔法は多くが《導火縛鎖》を通るが、それを滞留させたまま結界のように使うのは並大抵の魔法技術ではない。
「結界魔法には不向きな大系だが、要は使い方次第だ」
そう口にしたアリゴテは、赤く輝く鎖を握り、まるで鎖鎌のようにぐるぐると回転させる。
魔法で制御するよりも、速度が速い。
その鎖を彼は横薙ぎに振るった。
側面から《魔炎殲滅火閃砲》を纏った鎖が、ゲズワーズに叩きつけられる。
自動展開術式が働き、《闇月》がそれを防いだ。
鎖はその結界に絡みつくように回り込み、アインの背後を狙う。ゲズワーズの左手が伸びてそれを防ぐ。
だが、更に鎖は絡みつき、手を回り込んで、アインに襲いかかった。
彼は《飛空》の魔法で飛び上がり、それを避ける。
追撃とばかりに、アリゴテの《導火縛鎖》が六本、地上から伸びてきた。
アインは回避行動を取りながら、魔法陣を描く。
そうしながらも、冷静に敵の狙いを読んでいた。
(オレとゲズワーズを分断しつつ)
彼が振り向いた視線の先では、六本の《導火縛鎖》が魔法陣を成している。
(魔導連鎖により位階を上げた《魔炎殲滅火閃砲》で《闇月》を撃ち抜く……)
即座にアインは、魔法を発動する。
「《第十一位階魔導連結加工器物》」
十一個の歯車魔法陣が《導火縛鎖》の外側で回転する。
光とともに《導火縛鎖》はぐにゃりと変形した。その形状は歯車魔法陣である。それも、無数に作られていた。
「《第五位階歯車魔導連結》」
雨のように歯車の砲弾がアリゴテに降り注ぐ。
後退しつつ、鎖に纏わせた《魔炎殲滅火閃砲》を盾のように使い、彼はそれを防いだ。
「魔法物質の作り替えか。珍しい術式だ」
アリゴテが言い、
「魔導連鎖はさせないぜ」
アインはそう言葉を返した。
間髪入れず、ゲズワーズが前進し、《闇月》を纏わせた拳を振り下ろす。それが《魔炎殲滅火閃砲》の鎖と衝突し、激しい火花を散らして鬩ぎ合った。
「右腕がないのは、一度戦闘に使ったからだろう」
魔法陣を描き、アリゴテはそこから剣を抜く。
ゲズワーズの腕を蹴って飛び上がり、《闇月》の内側に侵入した。
「左腕も完全には修復できていない」
《剛炎強火》にて加速した剣が、ゲズワーズの腕の付け根に突き刺さる。
その部分に亀裂があったのだ。
ぐっと押し込み、アリゴテは内部で魔法陣を描く。
「《魔炎殲滅火閃砲》」
火閃が内側から照射され、ゲズワーズの左腕が焼き切られた。
ダガァンと音を立て、その巨大な腕が落下する。
「内部から焼かれれば、《闇月》も役には立たない」
「直す時間がなかったんでな」
アインが言った瞬間、ゲズワーズの左腕の付け根から、バラバラと歯車の器工魔法陣が落ちてきた。
「代わりにダークオリハルコンの器工魔法陣を仕込んでおいた」
アインは急降下しつつも、歯車の器工魔法陣に魔力を集中させる。そこから放たれたのは、《第五位階歯車魔導連結》。
アリゴテに魔力の砲弾が降り注いだ。
しかし、《魔炎殲滅火閃砲》の鎖を鎖鎌のように高速で回転させ、アリゴテは放たれた魔力の砲弾をすべて消滅させる。
アインは減速することなく、高速回転を続ける《魔炎殲滅火閃砲》の鎖に突っ込んだ。
「《加速歯車魔導連結四輪》」
四枚の加速歯車が回転し、アインがぐんと急加速する。
ぐるぐると高速回転する鎖、猶予はコンマ数秒、生身で触れれば真っ二つに焼き切られるその《魔炎殲滅火閃砲》の隙間を彼は抜けた。
「が……ごぉっ……!?」
アインの膝が、アリゴテのみぞおちに深くめり込んだ。
【作者から読者の皆様へお願い】
『面白い』『続きが気になる』『応援したい』と思っていただけましたら、ブックマーク登録をお願いいたします。
また広告↓にあります【☆☆☆☆☆】を押していただけると評価ポイントが入ります。
ご評価いただけましたら、とても嬉しく、執筆の励みになります。