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水月に狂う


《白樹》の魔導工房にて、アインはアリゴテと睨み合っている。


 銀水晶の結界が砕け散り、アウグストは膝を突く。

 

 魔導工域の開仭には精密な魔力操作が求められる。黒炎による火傷が重く、それを維持できなくなったのだ。


 聖空が緩やかに消えていく。


「お父様っ!」


 アナスタシアが駆け寄っていく。


 アインとともにここに来ていたのだ。


「アウグスト」


 アリゴテを警戒しながらも、アインは一瞬、マナの光球に視線を向けた。


 その中にシャノンの魔力がある。


 高濃度マナに長くさらされれば、命はない。


 二人で戦った方が有利なのは確かだが、それでは手遅れになる可能性がある。アインは瞬時に判断した。

 

「シャノンを頼む」


 そう口にして、彼はまっすぐ歩いていく。


「一つ聞いておく」


 彼はアリゴテに問う。


「オマエは、総魔大臣ゴルベルド・アデムか?」


「久しぶりだね。アイン・シュベルト」


 アリゴテは真顔でアインを見た後、なに食わぬ調子で続けた。


「――と言えば、君は信じるのか?」


 見下すような視線がアインに突き刺さる。


 挑発するようにアリゴテは言った。


「無意味な問いをする時点で、魔導師としての位階が知れる」


「これは無意味だったと明らかにするのが研究だろ」


 アインはそう挑発を返した。


「魔導師は効率じゃないぜ」


「では、なんだと?」


「好奇心だよ」


 魔法陣を二つ描き、アインは《第五位階歯車魔導連結ヴォルテクス》を放った。


 一直線に迫った魔力の砲弾は、しかしアリゴテの炎の翼によって阻まれる。


 アインは地面を蹴り、走った。同時に魔法陣を描く。


 だが、それより早く、アリゴテは黒炎の魔眼を光らせた。


「《立体陰影イドゥラ》」


 アインが魔法を発動した瞬間、彼の体を影が覆った。


 いや、彼だけではない。


 室内の至る所に立体的な影ができており、アリゴテの視界を妨げている。


「その炎の魔眼は視界にあるものを燃やせるんだろ。だから、銀水晶の結界を抜けられた。つまり、見えなくすればいい」


立体陰影イドゥラ》は闇影体系第二位階魔法。立体的な影にて敵の視界を妨げるだけのものでしかないが、万能な魔法は存在しない。


 銀水晶の結界をすり抜ける黒炎の魔眼に、それは有効だった。


火塵眼かじんがんを封じても、君に勝ち目はない」


 炎の翼が広がり、溢れ出した黒炎が四つの魔法陣を描く。


「《魔炎殲滅火閃砲ジア・ボルドヘイズ》」


 四つの魔法陣から放たれる火閃が、次々と《立体陰影イドゥラ》を撃ち抜いていく。


 身を潜めるための影はみるみる数を減らし、僅か数秒足らずで残り一つとなった。


「そこだ」


 最後の《立体陰影イドゥラ》を《魔炎殲滅火閃砲ジア・ボルドヘイズ》が撃ち抜いた。


 火の粉が舞い散り、影が払われた。

 

 しかし、そこにアインの姿はない。


 アリゴテが視線を険しくした。


(床下? あるいは……)


 アリゴテが思考した瞬間、カタと微かに音が響いた。


(瓦礫の陰か)


 激しい戦闘により積み重なった瓦礫の裏には、人が隠れるぐらいのスペースが出来ている。


 音がした方向へ、アリゴテは魔法陣の照準を定めた。


「《魔炎殲滅火閃砲ジア・ボルドヘイズ》」


 凝縮された火閃が瓦礫を薙ぎ払う。


 圧倒的な火力に蹂躙され、そこは一瞬にして更地となった。


 しかし――


(いない……?)


 アリゴテが眉をひそめる。


 アインの姿はない。


(他に身を隠せる場所はない。三階に逃げたか。いや……)


 はっとして、アリゴテが頭上を見上げる。


 そこにアインが迫っていた。


 彼は魔法陣を描き、すでに照準を定めている。


(あえて身を隠す場所のない上空に……!?)


 アインを睨みつけ、アリゴテの火塵眼が煌々と燃える。


 だが、その視界を塞ぐように巨大な歯車の魔法陣が展開された。


「――遅い!」


 合計十一個の歯車魔法陣が勢いよく回転し、魔力を増大させていく。


「《第十一位階歯車魔導連結エクス・デイド・ヴォルテクス》!!」


 至近距離にて、膨大な魔力波がアリゴテに照射される。


 激しい光と魔力の火花が散り、室内が真白に染め上げられた。


「《立体陰影イドゥラ》で物理的な死角を作ることで、俺に意識の死角を作った。身を隠したはずだと思い込ませた」


《第十一位階歯車魔導連結エクス・デイド・ヴォルテクス》を正面から受けながらも、アリゴテは僅かに数メートル後退した程度でしかない。


 その黒炎の両翼を閉じ、盾にすることで魔法を防ぎきったのである。


「よく考えている。迷いなく命をリスクに曝す決断力もいい」


 アリゴテの背に魔力が渦巻く。


 それを食らうようにして、炎がみるみる荒れ狂う。


 そうして、黒炎の翼が更に増え、四枚になった。


 先ほどよりも遙かに魔法出力が増大していた。


「そして、それだけのリスクをとるのは魔導工域を持たない証明だ」


 ゆるりとアリゴテは指先を前へ出す。


 黒き炎が彼を中心に渦巻いた。


「出ろ、えん――」


 二対の翼がはためこうとして、しかしアリゴテはピタリと手を止めた。


 その視線の先で、アインが魔法球を展開していた。


(遠隔操作術式……)


 アリゴテがそう分析した瞬間だった。


 ドッゴオオォォォォッと床をぶち破り、アインの背後にダークオリハルコンの巨人が姿を現す。


 魔導師ならば、誰もが知っている。


 魔導学の祖が作り上げた古の魔法兵器――ゲズワーズである。


 左腕こそないものの、頭部は復元されている。


「対魔導工域術式――開仭かいじん。《水月に狂いし工域の闇アムスエル》」


 薄い水の膜が床一面に張られ、そこに黒い月が映っている。


 アリゴテの炎の翼に、呪いの文字が描かれた。


「アゼニア・バビロン曰く。ゲズワーズは後生へ遺す宿題だ――」


 二対の炎翼が制御を失ったように荒れ狂う。


 それは魔導工域を暴走させる魔導工域。あらゆる魔導工域が暴走するように魔法律を書き換えたのだ。


 マナ消費が大きく、魔導工域以外にはなんら影響を与えることはないが、その反面いかなる魔導工域をも封じることができる。


 魔法律の書き換えという自由度を誇る魔導工域においては、アゼニア・バビロンをしても将来どんな術式が開発されるか予想できなかったのだろう。


 それゆえ、魔導工域自体を防ぐ魔導工域を彼はゲズワーズに搭載した。


 魔導工域を使わずに倒してこそ、自らを超えることができるという魔導の祖からのメッセージだ。


 現代の魔法理論に照らし合わせても対ゲズワーズにおいては、魔導工域を使った瞬間に敗北が決定するというのが定説となっている。


 それを証明するかのように、アリゴテの魔導工域――《深淵に潜む黒炎の龍アンガルド・フォズムブラッデ》は暴走していき、術者自らを焼く。


「く……!!」


「――独力で倒したなら」


 黒い水月が冷たく光る。


 押さえ込もうとする術者の意思とは裏腹に炎翼はますます暴走を続け、巨大な炎の柱が立ち上る。


「――私の魔法技術を超えたと思ってもらって構わない」


 猛威を振るう炎の嵐がアリゴテを飲み込んでいった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 切り札は確実なタイミングで切ってこそ切り札足りうる和ね [気になる点] 基幹体系と魔導工域はアプローチの違いなんかね? 一見すると魔導工域のほうが理不尽めいてるけど、世界の法則を自分が望む…
[一言] アインの魔道工域はきっと空に歯車が浮かんでいるな
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