魔導工域
魔法研究の粋を極めた者のみが辿りつく境地、魔導工域の開仭。
それは術者にとって、理想的な魔導工房。
工域内の魔法律を書き換え、通常では起こりえない魔法現象を引き起こす。
本来、研究用の術式ではあるものの、開仭に至った魔導師は一個師団に匹敵するほどの力を有する。
それは局所的にとはいえ、世界に定められたルールを覆す魔法だ。
(これが《鉱聖》アウグストの魔導工域……! 《聖空に咲く銀の水晶》)
影の男を警戒しながらも、ギーチェは一瞬目を奪われた。
それほどまでにその魔導工域が作り出す聖空は美しく、圧倒的な魔力を放っている。
「君は優秀な魔導師だ」
泰然とした口調でアウグストが言い、指先を伸ばす。
彼の背後にある聖空、そこから鋭利な銀水晶が彗星のように降り注ぎ、足元に完成しつつあった《導火縛鎖》の魔法陣が砕け散った。
「すまないが、手加減はできないよ」
「あまり下ばかり見ない方がいい」
スッとアリゴテが手を上げた。
その指の先、アウグストの頭上に《導火縛鎖》の魔法陣が構築されていた。
「上には上がいる」
魔法陣が燃え上がり、炎が閃光のように瞬いている。
ギーチェが魔眼を光らせ、はっとした。
(《導火縛鎖》による魔導連鎖……!? これは、第十四位階の――!!)
「《魔炎殲滅火閃砲》」
天井から幾本もの火閃が降り注ぐ。
それは建物すべてを薙ぎ払い、大地に大穴を開けるほどの圧倒的な火力であった。
凝縮された《魔炎殲滅火閃砲》が室内すべてを真っ赤に染め上げ、炎という炎がところ狭しと溢れかえった。
だが――
アウグストは火傷一つ負っていない。
魔導工域の術者ではない、ギーチェですら無傷だ。
彼らの周囲に展開された銀水晶の薄い障壁、それが降り注ぐ火線の一切を遮断しているのだ。
「それが銀水晶か」
言いながら、アリゴテは再び《魔炎殲滅火閃砲》の魔法陣を描く。
「なかなか勉強熱心だ。だけど、どこまで知っているかな?」
そうアウグストは口にし、銀水晶を使ってアリゴテと同じ魔法陣を描いた。
「「《魔炎殲滅火閃砲》」」
凝縮された火閃が左右から疾走し、衝突の火花を散らす。《魔炎殲滅火閃砲》は互いを飲み込まんとするべく、炎を渦巻かせながら、押し合った。
「あらゆる魔法大系に対して魔導連鎖を起こす物質と定義された、仮想的な魔法鉱物が銀水晶だ」
アリゴテがそう口にした瞬間、アウグストの《魔炎殲滅火閃砲》が彼の火閃を飲み込んだ。
炎熱大系においてはアリゴテに一日の長がある。アウグストは銀水晶を使わなければ、《魔炎殲滅火閃砲》を使うことすらできない。
だが魔導連鎖により、アウグストの魔法は一段階位階が上がっているのだ。
唸りを上げてその炎は直進し、アリゴテに迫る。だが、想定内とばかりに彼は素早く身をかわす。
そのまま手を前へ突き出し、六発の《爆砕魔炎砲》を放った。
弧を描いた炎弾は、しかし銀水晶の魔法障壁に防がれる。
「副産物として魔法の遮断を可能とする。銀水晶の結界はどんな高威力の魔法さえも防ぐ鉄壁の盾となる。だが」
アリゴテが言った瞬間、残っていた《爆砕魔炎砲》の炎が魔法陣を描く。
「《無限炎獄》」
炎が降り注ぐ。
銀水晶が結界を構築して防ぐも炎は消えず、そこに纏わりついてくる。
「魔法を遮断する結界の内側からは、術者も攻撃することができない」
アリゴテが言う。
《無限炎獄》の炎はマナが続く限り、途切れることはない。
そして、魔導工域のマナ消費は通常の魔法の非ではない。
「理論上は正しい。だが」
スッとアウグストは手を前に突き出し、魔法陣を描く。
彼の前方に、銀水晶の杭が四本出現し、アリゴテに照準した。
「銀水晶はなぜか魔法の遮断と透過が両立する」
銀水晶の杭が射出される。
それは結界をすり抜け、アリゴテの四方の床に突き刺さった。杭が変形し、アリゴテを取り囲む、銀水晶の結界が構築された。
魔力が遮断され、アウグストに纏わりついていた《無限炎獄》が消える。
すぐさまアリゴテは魔法陣を描き、そこから剣を引き抜いた。
「《剛炎強火》」
アリゴテの体から炎が噴出され、その勢いのまま突きが繰り出される。
「それも正しいよ。魔法以外の攻撃なら遮断も透過もできない」
切っ先が銀水晶に激突する。
だが、逆に剣の方が砕け散った。結界には傷一つついていない。
「ただ我々が考えたよりも、これがずっと堅くてね」
銀水晶の結界が変形していき、アリゴテの体を拘束した。
剣が砕け散るほどの強度を誇るそれを生身で破壊することは不可能だ。かといって、魔法は遮断されてしまう。
《魔炎殲滅火閃砲》を使おうとも、遮断された火閃が逆流し、己の身を焼くだけの結果に終わるだろう。
アウグストは手を伸ばす。
銀水晶の杭が構築され、先端をアリゴテに向けた。勢いよく射出された杭が、身動きできない彼の鼻先に迫る。
眼帯の奥が怪しく光り、それが砕け散った。
「開仭」
アリゴテを中心に炎が渦巻く。
彼を拘束していた銀水晶が、あたかもガラス細工のように粉々に砕け散った。
夥しい魔力が噴出し、黒い炎の翼が二枚、彼の背中に広げられる。
「魔導工域――《深淵に潜む黒炎の龍》」
アリゴテの素顔があらわになり、アウグストが目を見張った。
彼の目の周りには、古い傷跡があった。
(……違う……同じ顔だが、ゴルベルドに目の傷跡はなかった……)
アウグストの思考が、その男の正体に囚われた一瞬、アリゴテは一歩を踏み出す。
咄嗟にアウグストは飛び上がり、銀水晶の結界を展開した。
(生身は銀水晶を破壊するほど頑強になったが、炎は遮断できる。離れてあちらの工域特性を調べるのが――)
アリゴテが彼を見上げる。
その魔眼の奥が黒炎に染まった。
瞬間、アウグストの体に黒い火がついていた。
「……!?」
一気に黒炎が燃え上がり、アウグストの体を包み込む。
(結界は無傷……黒炎だけがすり抜けて――!?)
「言ったはずだ」
アリゴテが言う。
「上には上がいる」
薄くアウグストは笑い、静かに言った。
「同感だよ」
魔力を放出し、アウグストは黒炎を振り払う。
銀水晶の結界ごとアウグストは急降下する。アリゴテが身構えるも、狙いは彼ではない。
アウグストはシャノンを閉じ込めた扉に突っ込んだ。
結界と結界がぶつかり、魔力の火花が散った。その扉に亀裂が走ったかと思えば、次の瞬間、ガラガラと崩れ落ちた。
「子どもを助けるだけならできるとでも? それは浅はかな考えだ」
アリゴテの魔眼が黒炎に染まる。
瞬間、アウグストの体が黒く燃え上がろうとして、しかし床が爆発した。
無数の瓦礫が壁となり、アウグストの代わりに炎上した。
「――オマエが、シャノンをさらった黒幕か?」
アリゴテが僅かに表情を険しくする。
彼の視線の先、アウグストを庇うように立っていたのはアインであった。
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