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解雇


 翌日。


 王都アンデルデズンの往来をアインとシャノンは歩いていた。


 歩幅が違うため、シャノンは一生懸命走っているが、アインはどんどん先へ行く。


 とうとうシャノンは立ち止まってしまった。


「どうした?」


 不思議そうにアインが振り向く。


「もうやだ。あるくの、めんどくさい」


「なんだと?」


 アインは眼光を鋭くし、ズカズカとシャノンのもとへ詰め寄った。

 

 彼女は叱られる恐怖に身を竦める。


「ご、ごめんなさ……」


「馬鹿者。面倒くさいことをする奴があるか」


 ひょいとシャノンを肩車して、アインは歩き出す。


「でも、がまんしないと、しょーらいが、たいへんなんだよ」


 孤児院で言われていたことなのだろう。


 シャノンは素直にそう信じている。


「は? 死ぬまで将来があるんだぞ。一生我慢するつもりか」


 わからないといった表情で、シャノンは小首をかしげている。


「オレの子なら、面倒くさいことを楽にする方法を考えろ」


「じゃ、いまからいくおしごと、ぱぱなにするひと?」


 なにがどうつながったか、シャノンがそんな風に聞いてくる。


「魔法省の研究塔でやってるのは、器工魔法陣による自己進化型多目的魔法の開発だ」


 耳慣れない単語が並べられ、シャノンの顔は疑問でいっぱいになった。


「シャノンがつかったやつ? すーぱーはぐるま!」


 低級ゴーストを浄化するときに、アインが言っていたことを思い出したのだろう。


「歯車大系とは別だ」


「なぜにべつかな?」


「歯車大系は開発許可が下りないからな」


 そのため、歯車大系はアイン個人が開発している。


 シャノンの疑問を払拭するため、彼は更に説明を続けた。


「この世のすべての魔法は、基幹魔法十二大系に属する。これを作ったのが、十二賢聖偉人じゅうにけんせいいじんだ」


「すごくすごい?」


「偉業だよ。この十二人の一人でもいなかったら、数百っていう魔法がこの世から消えるんだぜ」


 たとえば、《爆砕魔炎砲ボルクス》は炎熱大系えんねつたいけいに属している。


 炎熱大系そのものが開発されていなければ、当然、《爆砕魔炎砲ボルクス》も開発されるはずがない。


「みずのうえあるけない!」


「そうだ。あれほど美しい術式を作り上げた十二人の偉人たちだ」


 まるで少年のような瞳で、偉大なる魔導師たちに憧れを抱きながら彼は言う。


樹幹大系じゅかんたいけいの開発から七百年、新しい基幹魔法は開発されていない。歯車大系も基幹魔法だからな。もっと手堅く稼げる研究に人気があるってわけだ」


 アインは足を止める。


 目の前には漆黒の塔が立っていた。


「魔法省でもな」


 採算のとれない研究に予算は下りない。


 基幹魔法の開発は魔導師にとって夢だが、研究機関にとっては大きなリスクだった。



   § § §



 魔法省アンデルデズン研究塔。第一魔導工房室。


 中央には大樹が生えており、そこから大きな魔法陣が広がっている。枝には魔法陣がまるで実のようにいくつもついていた。


 床は一面に水が張ってあるが、湖の古城と同じく足は水面に浮遊する。


「でっかい、きー」


 シャノンが目を輝かせ、その不思議な大樹を見上げていた。


「自己進化型多目的魔法《永遠世界樹レイジア》の器工魔法陣だ」


「可愛いお客さんですね、室長。誘拐したんですか?」


 後ろから声をかけてきたのは、法衣を纏った優男だ。名はルーク。一級魔導師であり、アインの部下としてこの魔導工房室で働いている。


「ああ、ルーク。こいつは……」


「シャノンは、ぱぱのこです!」


 アインの言葉を遮って、シャノンが元気いっぱいに挨拶した。


「パパ?」


 驚いたようにルークはアインを見た。


「昨日、孤児院でもらってきた」


 なぜかシャノンがえっへんと胸を張る。


 もらわれたことを自慢しているのかもしれない。


「あー…」


 と、ルークは浮かない顔だった。


「これであの馬鹿所長の条件通りだ。《永遠世界樹レイジア》の研究期間を一年は延ばせる」


 アインは少し嬉しそうに、研究中の新魔法――その不思議な大樹を見上げた。


 すると、ルークは言いづらそうにこう切り出した。


「それなんですけど、ジェラール所長は異動になってしまいました」


「は?」


 まったく聞いていないといったように、アインがルークに視線を戻した。


「先程、新任の所長がお見えになって、アイン室長が出勤したら、所長室に来るようにと」


 アインは舌打ちをした。


「ジェラールめ。逃げたな」


「かなりまずいですよ。うちの研究は主流じゃありませんし」


 説明の途中でアインは踵を返し、歩き出した。


「室長?」


「新所長に説明する。シャノンを任せたぞ」


 軽く手を上げてそう言い、アインは所長室へ向かった。



   § § §



 所長室。


 豪奢な机の前に、中年の男が腰掛けている。頭髪は薄く、ヒゲを生やしており、いかにも出世競争を勝ち抜いてきたというような精力的な顔つきをしている。


「新所長のジョージ・バロムだ」


 ジョージはそう言って、書類の束を威圧的に机に置いた。


「第一魔導工房室の結果は最悪だ。これはいったいどういうことかね?」


 机の向こうに立つアインを、彼はじとっと睨みつける。


「開発計画書に示された通り、従来の研究とは異なり――」


「君の学位は?」


 自ら質問をしておきながら、アインの説明を遮り、ジョージは高圧的に言った。


 アインは一瞬答えあぐねた。


 ジョージは知らずに聞いてきたわけではないというのが彼の予想だ。


「どうした? 君の学位だよ。答えたまえ」


「……無学位ですが?」


「それが成果の出ない原因だよ」


 初めから用意されていた答えを、さももっともらしくジョージは告げた。


 彼は一枚の羊皮紙を机から取り出す。


「膨大な予算を費やした新魔法開発失敗の責任は、室長である君にある」


 ピッと指を弾き、ジョージは一枚の羊皮紙を飛ばした。


 アインはそれを受け取った。

 

「魔法省は君を解雇する」


 その羊皮紙は解雇通知書だった。


 視線で文字をさらった後、アインはジョージを見た。


「ずいぶんと無能じゃねえの」


 アインの挑発に、ジョージはムッとする。


「なんだと?」


「そんなやり方じゃ、魔法省で出世できないぜ」


 アインは魔法陣を描く。そこに現れたのは、羊皮紙の束だ。


「……。……なんだ、それは?」


「別口で研究している基幹魔法の論文でな。開発後は魔法省に権利ライセンスを譲渡してもいい」


 それを聞き、ジョージは訝しげな表情を浮かべる。


「ただし、それと《永遠世界樹レイジア》の研究はオレにやらせろ」


 羊皮紙の束を、アインはジョージの机に置く。


「基幹魔法の権利ライセンスを得たなら出世コースだ――とでも言いたいのかね?」


「研究は九割終わっている。読んでから決めればいい」


「なるほど」


 ジョージは羊皮紙を一枚手にする。


 そして、下卑た笑みを浮かべながら破り捨てた。


「学位があってこその論文だ。君の研究は無益だ。君の人生と同じようにね」


 あざ笑うように、ジョージは言った。


「とはいえ、その無謀な努力は買おう」


 彼は机の引き出しを開ける。


 取り出した封筒をアインの足下に放り投げた。


 彼は僅かに視線を落とす。


「ある研究機関が開発中の新魔法リストだ。それが魔法省のものになれば、莫大な利益だろうね」


 大陸には魔法省だけではなく、多くの研究機関が存在し、新魔法の開発に鎬を削っている。


 そうすることで、魔導学界での発言力は高まり、利益と栄誉をもたらすのだ。


 ジョージが闇に言わんとすることは、明らかであった。


「新魔法を盗めと?」


 他の研究機関が開発中の新魔法。そのすべての魔法陣を盗み出し、先に権利ライセンスの申請を行う。


 そうすれば、新魔法は魔法省のものになる。


 無論それが発覚すれば、牢獄行きだ。


「研究を続けたいのだろう? 予算は倍で構わんよ」


 足下を見るようにジョージは言った。


 同じような手口を使い、彼はここまで成り上がってきたのだろう。


 アインのように立場が弱いものに、鞭を振るい、飴を与えることで、いいように操ってきたのだ。


「よくわかった」


 ニヤリ、とジョージは下卑た笑みを覗かせる。


「君が話しのわかる男でよかっ……」


 ダン、とアインは新魔法リストの入った封筒を踏みつけた。


 それは明確な意思表示だ。


 たとえ職を奪われようと、新魔法を盗むようなことはしない。


 冷ややかなアインの視線と、ジョージのドス黒い視線が交錯する。


 ジョージが憤懣やるかたないといった表情を見せる中、これ以上、愚者に話すことはないとばかりに、アインは無言で踵を返し、所長室を出て行ったのだった――


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 大系じゃなくて体系じゃね…?
[一言] 5歳の頃の私より幼いみたいだけどいくつだろう
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