アリゴテの魔法実験
二階。図書室。
ギーチェが短剣を取り出し、倒れたオルテガの胸に突き刺した。
「ぐっ……!!」
血は出ない。
呪いのような魔法陣が描かれ、オルテガは意識を失った。
昏眠剣。文字通り、刺したものを昏眠させる、捕縛用の魔導具だ。
魔力や体力が弱っていなければ効果は薄いが、今のオルテガならば外部からの助けがない限り目覚めることはないだろう。
「やあ。さすがだね」
床に空いた穴からアウグストが飛んできた。
振り向き、ギーチェが言う。
「アインはもう三階を捜索中のようです」
「では、我々は四階だ」
ギーチェはうなずき、アウグストともに四階へ向かった。
§ § §
客室。
アナスタシアの《魔磁石傀儡兵》がドアを殴りつける。
だが、室内全体を覆うように展開された《封石魔岩結界》は強固で、傷一つつかない。
「やっぱり、《魔磁石傀儡兵》じゃだめね。高位階の砲撃魔法を習得しておくんだったわ……」
真剣な顔つきで、彼女はこの部屋からの脱出方法を思考している。
そのとき、僅かに音が聞こえた。
アナスタシアは耳をすます。
(足音……? 近づいてきているわ……)
アナスタシアが魔力を送れば、《魔磁石傀儡兵》が彼女を右腕に乗せた。
そのまま、《魔磁石傀儡兵》は右腕を突き出す。
(開いた瞬間、右腕をぶっ放す!)
カチャ、とドアが開く。
瞬間、《魔磁石傀儡兵》の右腕が切り離され、磁力の反発力で勢いよく飛んだ。
「どきなさ――!!」
アナスタシアははっとして、魔力を送った。
《魔磁石傀儡兵》から磁力の吸引力が働き、弾丸のように飛んでいた右腕が空中でピタリと止まる。
ドアを開けたのは彼女が見知った人間だった。
「大丈夫そうだな」
そうアインが言った。
グルナッシュを倒した後、彼は監禁場所を探し、ここまでやってきたのだ。
「……申し訳ございませんわ……シャノンが、連れていかれてしまって……わたくしが、お預かりしましたのに……」
うつむき、アナスタシアは下唇を噛む。
そんな彼女の頭に手をやり、アインは優しく撫でた。
「怖かっただろう。よく頑張った」
緊張の糸が切れたように、アナスタシアは目に涙を浮かべる。
彼女は魔導学界の至宝と言われるほど優秀な魔導師だ。大人の魔導師からも一目置かれ、一人前の魔導師としての立ち振る舞いを要求されてきたのだろう。
それでも、彼女がどれだけ天才であっても、まだ子どもだ。
「シャノンがどこへ連れていかれたかわかるか?」
「いいえ」
涙をぬぐい、彼女は言う。
「ですけど、犯人は手練れの魔導師で、シャノンを傷つけるのを避けましたわ。人質にするのが目的ではないのでしたら……」
「魔法研究に使う……か。魔導工房が怪しいな」
§ § §
四階。魔導工房前。
眼帯の魔導師アリゴテが、魔法陣を描く。
すると、魔導工房の扉がゴゴゴ、と音を立てて開いた。
アリゴテは工房に入り、歩いて行く。
《飛空》で浮かされたシャノンが後ろに続く。
工房の中にはもう一つ、大きな扉があった。
「……解せぬ解せぬ……」
どこからともなく声が響く。
アリゴテが振り向けば、壁に人影があった。
だが、その影の持ち主はいない。
人影だけが、そこに映っているのだ。
「バッカスか」
アリゴテがそう言うと、その人影が口を開く。
「解せぬぞ、アリゴテ。侵入者の排除はどうした?」
「……かげがしゃべった!?」
シャノンが驚いたように声を上げる。
監禁されている状況にもかかわらず、彼女はまるで物怖じしていない。
「侵入者の目的は《石姫》たちの救出だ。待っていれば、勝手に戦力を分散してくれる」
「シャルドネたちを捨て駒に使う気か?」
「逮捕されないように手は打った。《白樹》の情報が漏れるのは俺も困る」
影の男――バッカスは無言だ。
シャルドネたちが捕まった際に助けるとは、アリゴテは一言も口にしていない。
逮捕されそうになったなら、情報を漏らさないように始末するつもりだと彼は理解した。
「その娘がそれほど重要なものかねぇ?」
バッカスが問う。
「撤収準備ができたのなら、俺の研究を見ていくといい」
アリゴテはそう口にして、魔導工房内の扉に魔法陣を描く。
器工魔法陣が起動し、音を立てて扉が開いた。
中には巨大な魔石が四つ鎮座している。
その中央に魔法陣があり、黒い光が球状を象っていた。
「まっくろいたま!」
シャノンが元気よく声を上げた。
「マナの塊か」
バッカスが言った。
「珍しい色だろう。第十三位階濃度にするとこうなる。安定させるのに骨が折れたよ」
「解せぬことをする。マナ濃度が高いほど大規模魔法を使いやすいのは確かだが、ここまで高くしては術者が死ぬ」
「その定説を覆したい」
アリゴテが言った。
「第十位階濃度以上のマナを取り込めば人は死ぬ。上手く魔法行使ができても、廃人だ」
アリゴテが指を黒い光球へ向ける。
「だが、高濃度マナを御す方法はある。抵抗力の高い人間を媒体にすることだ」
彼は眼帯越しにじっと光球を見つめる。
なんらかの魔導具なのか、それとも魔法によるものか、彼にははっきりとそれが知覚できているようだ。
「術者の間に一体人間をかませば、マナ濃度の悪影響はこの媒体にのみ向かう。これはそのための魔法実験だ」
《飛空》の魔法により、シャノンの体が光球へとゆっくり浮遊していく。
「その魔法実験は禁呪に該当する。現行犯だ、《白樹》」
鋭い声が飛んだ。
「だでぃ!」
と、嬉しそうにシャノンが声を上げる。
扉の前にギーチェとアウグストが立っていた。
「こちらは聖軍だ。これより、この魔導工房のすべての研究物を接収する。指一本動かせば、貴様らの命の保証はしない!」
「だから?」
そう口にして、アリゴテが指先を動かす。
シャノンの体が黒い光球へと飲み込まれていく。
「シャノンッ!」
ギーチェがまっすぐアリゴテへ駆ける。
両開きの扉が閉まっていく。それを防ぐように、アウグストが《封石魔岩結界》を使った。
四角い岩石が出現し、扉が閉まるのを阻止する。
その最中、一瞬にして肉薄したギーチェは刀を一閃した。
アリゴテは軽く手を上げて、その刃をどろりと溶かした。《融解熱手》の魔法だ。
間髪入れず《爆砕魔炎砲》が炸裂し、ギーチェの体が後方に弾け飛ぶ。
「一つ教えよう」
アリゴテが手を伸ばす。
燃え盛る業火が魔法陣をなし、巨大な炎の塊がそこに出現した。その範囲は広大な魔導工房の横幅いっぱい。回避する場所はどこにもなかった。
「不可能を口にしても脅しにはならない」
燃え盛る業火が閃光の如く、ギーチェとアウグストに迫る――
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