水の魔剣
二階。図書室。
広い室内には、大きな本棚が並べられていた。
中央付近にて、二人の男が対峙している。
大剣を担ぎ上げているオルテガに対して、ギーチェは中段に刀を構えている。
ギーチェはじっと相手の出方を窺っている。
「あんな馬鹿でかい剣では自分の剣速についてこられない。間合いに入れば一発だ……って思ってんだろ?」
オルテガが言う。
ギーチェは無言で、敵の動きを注視したままだ。
「入れねえよっ!」
巨体とは思えぬ俊敏な動きでオルテガは間合いを詰め、大剣を降り下ろす。
石畳の床が粉砕されたが、ギーチェはそれを見切り、身をかわしている。
すかさず、彼が一歩を踏み込もうとした瞬間、オルテガの大剣が真横から切り上げられた。
ギーチェは身を低くしてそれをかわす。
即座に下段から斬り込めば、オルテガの大剣がそれを受け止める。
ぐっとオルテガが力を入れ、ギーチェを後方に弾き飛ばした。
タン、と着地した彼に、追い打ちをかけるようにオルテガが上段から剣を振るう。それをギーチェは刀で受け流す。
重量のある大剣がまるで小枝のように扱っている。
その男、オルテガは魔導師とは思えぬほどの膂力で、まるで竜巻のごとき連撃を繰り出す。
それをかわし、あるいは受け流し、ギーチェは大剣を捌いていく。
僅かな隙を突くように大上段から放たれた渾身の一撃を、しかしギーチェは大きく飛び退いてかわす。
二人の距離が剣の間合いから離れた。
「知らねえ流派だ。今の聖軍は、こんな田舎剣士を隊長にしてんのか」
「そういう貴様の剣技には見覚えのある」
オルテガの挑発には乗らず、ギーチェは冷静に言う。
「そうだろうよ。オレの師はお前のとこの総督だからな」
それを聞き、ギーチェが僅かに眉を上げる。
正直、考えがたいことであった。
「……元聖軍が、なぜ《白樹)にいる?」
「強くなるためさ」
当然のように、オルテガは言った。
それが万人の受け入れられる理屈だと思っているような顔が、男の傲慢さを表している。
「大陸最強の剣士アルバート・リオルから剣を習いたくて入隊した。だが、聖軍にいたんじゃアルバートの野郎は越えられねえ。だから、《白樹)に入った」
ギーチェが視線を険しくする。
アルバート・リオルはギーチェの直属の上官にして、総司令官である聖軍の総督だ。
剣を習いたくて入隊したという話はわかる。
だが、除隊後に《白樹》に入った理由がアルバートを超えるため、というのは正直、彼には理解し難い行動だった。
「罪人になっては意味がない」
「大ありだぜ。あの野郎に勝てる」
そう言い放ち、オルテガは大きく踏み込む。
間合いに入るや否や、その大剣を降り下ろす。
ギーチェは先程よりも遥かに速く、前へ踏み込みつつ、その一撃をかわす。
同時に、その刃がオルテガの右腕の付け根を斬り裂いた。
「…………!?」
構わずオルテガが大剣を振るおうとする。
だが、右腕がだらりと下がったまま動かすことができない。腱が断ち切られているのだ。
オルテガの鼻先に、刀の切っ先が突きつけられた。
「貴様では勝てない。私にすら」
フッととオルテガは笑った。
瞬間、水の刃が床から噴き出た。
ギーチェがそれをかわすと、オルテガの大剣が横なぎに振るわれた。
腰が入っていない左手のみの一撃だ。それをギーチェが刀で受けにかかる。だが、大剣は水のようにギーチェの刀をすり抜けた。
鮮血が散った。
かろうじて後退したギーチェだったが、胸元がぱっくりと斬り裂かれていた。
「知ってるか?」
オルテガの大剣が水のように流動化し、うねうねと彼の周囲に蠢いている。
「アルバートが所有する魔剣は古代魔導具の一種だ。現代の魔法協定でいえば、禁呪で生成されたことになる。だったら、どうする? こっちも禁呪で作ればいいじゃねえか」
大剣に魔力が流し込まれれば、水の剣身が長く伸びた。
「刃水剣リーレアスト!」
その水の刃が鞭のようにしなり、ギーチェを斬りつける。
刀で受けることは難しい。
彼は後退しながらもそれをかわす。しかし、攻撃の鋭さは増していき、ギーチェは追い詰められた。
「あばよ!」
僅かに体勢を崩したところへ、水の刃が襲いかかる。
「虚真一刀流、浮草」
降り下ろされた水の刃を、刀で受ける。
すり抜けるはずの水の刃に、しかし刀は押された。それはさながら、水に漂う浮き草の如く。
押された力に逆らわず、ギーチェはその身をかわした。
(……なに……!?)
オルテガが舌を巻く。
「もう一回やってみろっ!」
更に水の刃は勢いを増し、ギーチェに連撃を繰り出した。逃げ場を塞ぎ、追い込んでいくようなその水の斬撃を、しかし彼は川の流れに身を任せる浮草のように、くるり、くるりと回転しながら捌いていく。
(受け止めてるんじゃねえ……水流の勢いを、体捌きの力に変えてやがる……!!)
水の刃がギーチェの足元を狙う。彼はそれを受け流しながら、宙に舞った。
(これで……!!)
着地するより早く、刃水剣リーレアストがギーチェを斬りつける。
だが、空中にいながらも、ギーチェはやはり浮草の如く、くるりと回転して、水の斬撃をいなす。
「ちぃっ!!」
激流のようなその突きを、ギーチェはゆらりと回避して、更に一歩を踏み込んだ。
そこは彼の刀が届く距離だ。
「間合いだ」
一閃。
最短距離を刃が疾走し、オルテガの胴に迫る。
ガギィィィッと鉄同士が衝突する轟音が響いた。刃水剣は固体に戻っており、ギーチェの刀を弾き返していた。
オルテガはその大剣を上段に振りかぶっている。
「近づきゃどうにかなるとでも――!?」
片足を軸にして、ギーチェの体がくるりと回っていた。
刀を弾き返したオルテガの力をそのまま利用し、更にその一刀は加速する。
「虚真一刀流、風羽」
疾風の如き刃が斬り上げられ、左手ごと刃水剣を切断する。
「がああああああああああぁぁぁっ!!!」
カン、カラン、と地面に落ちた刃水剣は、剣身部分がどろりと水に変わった。器工魔法陣が破壊されたのだろう。
そうなってしまっては最早、魔剣としての要はなさない。
「田舎剣士に勝てない貴様が、魔剣にこだわるのは十年早い」
血振りをして、ギーチェは静かに納刀した。
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