六智聖選定の儀
《白樹》本拠地――洋館。エントランス。
オルテガとシャルドネを閉じ込めた《封石魔岩結界》に、アウグストは魔法陣を描いた。
「《白石魔獄牢球》」
《封石魔岩結界》の全方位を純白の石が覆っていき、それは球状の牢獄と化した。
生半可な力では傷一つつかず、魔法の耐性もある白石の結界である。
並の魔導師なら閉じ込められたが最後、出ることはできない。
だが――
「《呪枝根死滅樹》」
《白石魔獄牢球》の内側から無数の枝が伸び、白石を突き破った。
白石の結界はボロボロと砂のように崩れ落ちた。
そこには根のような枝を持った不気味な大樹が生えている。
その無数の枝根がうねうねと蠢きながら伸びていき、アウグストへ襲いかかった。
剣閃が走る。
一歩前へ出たギーチェが、《呪枝根死滅樹》の枝根を斬り落とした。
「ハッ!」
飛び上がった巨体が、大剣を振り上げる。
オルテガが突き出したその剣を、ギーチェは僅かに身を引いてかわす。そのまま大剣は地面を貫いた。
ギーチェが踏み込む。その瞬間、足場がぐらりと揺れた。
オルテガがその大剣で、床の一部ごとギーチェを持ち上げたのだ。
「死にな」
強化魔法を使っているのか、オルテガはギーチェを載せたまま石の床を頭上へ投げつけた。
みるみる天井が迫る。激突の直前、ギーチェは刀を閃かせた。天井が斬り裂かれ、僅かにできた隙間に彼は飛び込んだ。
ギーチェは二階に着地する。
「なあ。取引しねえか?」
アウグストが空けた穴から、オルテガが上がってきていた。
「お前を始末してもこっちに得はねえんだ。《白樹》はいなかったと聖軍に報告すれば、見逃してやるよ」
大剣を肩に担ぐようにして、オルテガはそう言った。
「協定違反者との交渉には応じない」
刀を構え、ギーチェは実直に回答した。
「ただちに武装を解除し、すべての魔法研究を引き渡せ」
§ § §
エントランス。
アウグストは天井の穴に注意を向ける。
「…………」
「仲間を気にかける余裕があるのかのう、アウグスト」
しわがれた声が響く。
「このわしの前で」
まるでアウグストと旧知の仲であるかのような口振りだ。
老魔導師は不敵な笑みを浮かべている。
そんな彼にアウグストは言った。
「……すまないが、ご老人。どこかでお会いしたことがあったかな?」
その言葉が逆鱗に触れたか、シャルドネの目がすわった。
激情というよりは、冷たく、侮蔑するような怒りだ。
「……なんじゃとぉ?」
「研究が忙しいものでね。なかなか人の顔が覚えられない」
シャルドネはアウグストを睨みつける。
冷たい魔眼のその奥には、燃えたぎるような憎悪があった。
「よいよい」
怒りを抑えるように、シャルドネは言う。
「嫌というほど思い出すことになるだろうからのうっ」
シャルドネが魔力を発すれば、それに従い、《呪枝根死滅樹》の枝根が伸びる。
襲いかかってきた無数の枝に向けて、アウグストは魔法陣を描く。
「《魔火炎獄壁》」
アウグストの前方に、魔炎の障壁が展開された。炎熱大系は、樹幹大系に総じて相性がよい。
魔炎の障壁は伸びてきた枝根を一瞬にして焼き払う。
「甘いのう」
シャルドネが魔力を発する。
その瞬間、大樹の枝根は周囲の瓦礫に突き刺さった。《白石魔獄牢球》の残骸だ。養分を吸収するように、そこからマナが吸われていく。
すると、みるみる《呪枝根死滅樹》が成長する。
燃やされながらも、枝根は《魔火炎獄壁》を突き破る。炎を纏った枝がアウグストの四方に突き刺さった。
「《呪樹枝根死滅腐界》」
枝が突き刺さった場所から石の床がみるみる腐食し、徐々にその範囲が広がっていく。
アウグストが落ちている小石を広い、宙に投擲する。《呪樹枝根死滅腐界》の領域に入った途端、それはボロリと腐り堕ちた。
上空にも逃げ場はない。
安全地帯はなくなっていき、黒き腐食の結界が四方から迫り、アウグストを飲み込んだ。
瞬間、腐食の結界を切り裂くように光が走った。
「《白晶結界》」
透き通るほど薄い純白の水晶。それが多面体の結界を構築する。アウグストがいるその内側だけは、腐食の影響が及ばなかった。
「ようやく使いおったか」
妄執じみた目をその結界に向けながら、シャルドネは歓喜に震えていた。
《白晶結界》。
それはアウグストを六智聖へと栄進させた魔法。
そして、シャルドネを失意のどん底へたたき落とした魔法だ――
§ § §
《白樹》の魔導師、シャルドネ――
元魔法省、古老バーナード・ヴラキの述懐。
魔法に魅入られ60年、生涯を研究に捧げてきた。
省内政治に疎く、出世は遅かったが、実力一つで古老の学位をもぎ取った。
したり顔の若造どもが口八丁でのし上がっていくのを尻目に、
研究一筋を貫き通した。
その愚直さが齢67にして、ようやく実ろうとしていた。
六智聖選定の儀。
その栄誉ある候補者に《呪枝根死滅樹》の開発者として選ばれたのだ。
もう一人の候補者は、《白晶結界》の開発者。
新鋭の天才魔導師アウグスト・レールヘイヴ。
才能は同格だが、わしには積み重ねた経験があった。
しかし……
学界の有力者らによる選定投票の結果は同数。
しきたりに従い、選定は魔導評定に委ねられた。
これは、候補者同士が互いの新魔法を評価し合い、より高い評価を得た方が選ばれるという選定方式だ。
魔導師は互いの誇りにかけ、虚偽の評定をしてはならない。
バーナードによる《白晶結界》の評価は、13段階中12。
優れた術式だが消費マナが膨大、と記述された。
アウグストによる《呪枝根死滅樹》の評価は
13段階中11。
制御術式に不安あり、と記述された。
選ばれたのはアウグスト。
奴は魔導師の誇りに背き、六智聖の座を盗みおったのだ。
§ § §
《呪枝根死滅樹》の枝根が、《白晶結界》に突っ込んだ。
白水晶の結界は魔法を阻むが、樹木が土に根をはるが如く、枝根はそれに吸いつき、魔力を吸収し始めた。
「《白晶結界》は再生する結界。一撃で破壊せねば、破ることはできんが、改良を重ねた《呪枝根死滅樹》はその魔力を養分にする」
勝ち誇るようにシャルドネが言った。
言葉通り、《呪枝根死滅樹》がますます成長していき、枝根がアウグストを取り囲む。
「再生すれば再生するだけ、わしの結界が強まるだけよのう」
「養分にするのは魔法だけじゃないね」
アウグストは冷静に魔法を解析する。
「土も水も枯れてしまう。この魔法を使った土地で人は暮らせない」
「所詮は魔導のなんたるかをはき違えた学界が定めた方便よ」
糾弾するように、シャルドネが問う。
「協定やしきたりさえ守れば虚偽の評定を行ってもよいと? 魔導師の誇りを地に落としてまで、六智聖の座が欲しかったのか、アウグストッ!!」
声を荒らげ、目を剝きながら、老魔導師は言った。
「わしはこのときを待っていた。魔法の優劣は政治力や口先で決まりはせんっ! 雌雄を決するは――魔法と魔法の純粋なる鬩ぎあいよっ!!」
枝根が鋭く尖り、勢いよく伸びた。
「がっ……!? な、あ……?」
シャルドネが目を丸くする。
《呪枝根死滅樹》の枝根が、なぜか術者である彼の腹部に突き刺さっていたのだ。
シャルドネの意に反し、《呪枝根死滅樹》は暴れ狂っている。
「なん……だ……? 制御が……効かん……!?」
「《呪枝根死滅樹》は構造的に制御術式に穴がある魔法なんだよ。《白晶結界》から魔力を吸収するなら、そこに改竄術式を仕込んでおけばいいだけだからね」
言葉もなく、シャルドネはアウグストを見返した。
魔法を制御することすら忘れ、ただただ信じられないといった表情をしている。それほどまでに、今、目の前で起きている出来事は彼にとって信じがたかった。
「あなたに似ている知人を思い出したが、やはり別人だろう。彼は魔導に生涯を捧げた尊敬するべき魔導師だ。肩書きになど、興味もなかったよ」
そう口にして、アウグストは《飛空》で浮かび上がった。
上階を目指す彼が背を向けたところで、シャルドネは魔法陣を描く。
後ろから魔法を撃とうとして、しかしその手が震えていた。
放出した魔力が次第に弱まっていき、ふっと彼の描いた魔法陣が消える。シャルドネは無念の表情で、がっくりと項垂れた。
「……惨めなものよ……肩書きに目が眩んでおったのは、わしの方だとは……」
完膚なきまでの敗北を突きつけられ、シャルドネは戦う意思をなくした。
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