魔法の時流
「禁呪に手を染めておきながら、この程度かという話だ」
グルナッシュが苛立ったように睨みつけてくる。
瞬間、アインは魔法陣を複数描いた。
「《魔炎砲》」
いくつもの炎弾がグルナッシュに迫るが、彼は避けようとも、防ごうともしない。
その体に《魔炎砲》が直撃する。だが、炎弾はすり抜けるように貫通してしまった。
グルナッシュは無傷だ。
「この程度? 《魔変雷化》は攻防一体の魔法だ。雷化した体に傷はつかない」
雷を迸らせ、彼は言う。
「これを破る方法は一つ。第十位階以上の膨大な魔力で押しつぶすしかない」
「第十位階魔法か」
アインは魔眼を光らせながら、男の一挙手一投足に気を配る。
「使わせたいのか? それとも、使わせたくないのか?」
「それを考えるのが魔導師だ。下っ端!」
グルナッシュが地面を蹴る。
すると、その体は文字通り雷と化した。雷鳴を轟かせながら、彼はジグザグに宙を疾走した。
アインが全方位に魔法障壁を張り巡らせる。
《魔変雷化》はそれをものともせず砕き、アインを強襲する。
だが、またしてもかわしている。
「魔雷撃」
アインは電撃を放つ。それはグルナッシュを捉えたが、雷化した奴の体はそれを吸収した。
(電撃を取り込み、魔法出力が増したか)
魔眼を光らせ、アインが分析する。
「大量の電撃を吸収させ、術式の暴走でも狙ってみるか?」
不敵に言って、グルナッシュは再び電撃と化す。
アインは全方位に魔法障壁を展開し、静かに魔眼を光らせた。
「なるほど」
なにかに気がついたか、グルナッシュは途中でかくんと軌道を変えた。彼はアインの周囲を回るように、飛び跳ね始める。
《魔変雷化》の速度が作り出す残像は、さながら雷の檻だ。
「魔法障壁は防御ではなく、雷撃軌道を絞り込むためのものか」
全方位に魔法障壁を張り巡らせれば、《魔変雷化》が通った箇所のみに穴が空く。
目にも止まらぬ速度といえど、攻撃が来る方向がわかれば、対処は可能だ。
「多少は頭が回るようだが」
全方位から、雷化したグルナッシュが襲いかかる。アインは狙わずに、グルナッシュは魔法障壁のみに雷撃を食らわせていく。
ドーム状の魔法障壁がすべて砕け散った。
「これで終わりだ」
アインの背後から、電撃が直進した。
今度こそ当たる――グルナッシュの確信とは裏腹に、彼はまたしてもそれを回避した。
「……なに?」
「確かに攻防一体だが――」
アインは言った。
「雷化の弊害で魔眼の働きが不安定だ」
魔眼の基礎は、目に薄く魔力を纏わせること。《魔変雷化》は、雷化により全身から強い魔力を発することになるため、魔眼を扱いにくいのだ。
つまり、魔法を見る力が弱くなる。
「オマエ、オレがどうやって避けてるか、見えてないだろ」
「ほざけっ!」
グルナッシュは魔法陣を描く。
雷化したその体から電流が魔法陣に流れ、魔力が膨れ上がった。
「《轟電魔雷砲》」
魔法陣の中心に集まっていく雷が、弾丸の如く撃ち出される。
だが、アインはすでに対策の魔法を行使していた。
「《魔導避雷針》」
地面から細長い針が生成される。それは雷を引き寄せる特性を持つ魔導避雷針。《轟電魔雷砲》を引き寄せ、狙いを逸らした。
だが、迅雷魔法への対策は織り込み済みであったか、その間にグルナッシュの姿が消えていた。
アインが索敵しようとした瞬間、床が崩れ、雷が下から走った。
(捉えた……!)
グルナッシュがそう確信した。
だが――
「《加速歯車魔導連結二輪》」
加速歯車が回転し、アインの速度が瞬間的に底上げされる。
足元からの落雷を、彼は寸前で回避していた。
二の矢とばかりに雷の手刀が落雷するように降り下ろされるも、アインは加速歯車回転させ、それを回避する。
そのまま、彼は飛び退き、距離をとった。
グルナッシュが追撃しようとして、しかし踏みとどまる。
「――《魔導避雷針》」
アインが前方に、いくつもの魔導避雷針をバラまく。グルナッシュの視線が険しさを増した。
「雷化した体は魔導避雷針に誘導されるんだろ? だから、オマエは自由に動くことができず、一旦この通路から出て、床を破壊した。《魔導避雷針》を遠ざけるためにな」
「ふん。歯車大系か」
グルナッシュが鼻で笑う。
「新魔法をいち早く身につけただけで時流に乗ったと勘違いする魔導師は腐るほど見た」
彼はまるで動じておらず、そう言葉を返す。
「魔法とは新しさを競うものではない!」
魔導避雷針がバラまかれた通路を、グルナッシュは雷の如く疾走した。
「魔導避雷針に誘導されるだと? 着眼点も陳腐だな、下っ端ぁっ!!」
突っ込んできたグルナッシュを、アインは《加速歯車魔導連結二輪》にてかわす。
魔導避雷針の間を縫いながらも、グルナッシュは見事にアインの周囲を飛び跳ね、襲いかかる。
激しい雷撃の嵐をアインは見切り、すべてをかわした。
それは誘いであったか、彼が飛び退いたその場所には、魔導避雷針がなかった。
アインが背後に魔眼を向けた。
そこにグルナッシュが飛ばしていた電撃があった。
雷は五つの魔法陣を描いている。
「《轟電魔雷砲》!」
雷の弾丸が五本、雷光の線を引く。
「《加速歯車魔導連結四輪》」
四つの歯車魔法陣が回転し、アインが急加速する。体をかすめたが、ぎりぎりのところで五発の《轟電魔雷砲》を避け切った。
その隙をめがけ、雷撃と化したグルナッシュが突っ込んでくる。
「《魔導避雷針》」
グルナッシュの進行方向に魔導避雷針が生成される。そのまま当たるかに思えた次の瞬間、グルナッシュは進行方向を変え、アインの側面に回った。
(準備した魔法を撃ち切ったな。この対術距離ならば、二発目はな――!?)
そう思考し、迷わず突っ込んだグルナッシュが、魔力の砲弾に撃ち抜かれる。
第零位階魔法《零砲》。
第一位階魔法が間に合わない状況を作れば、常時発動している《魔変雷化》の有利と判断するのが当たり前の考えだ。
ゆえにアインは、それを誘ったのだ。
(ただの魔力の砲弾などで)
だが、グルナッシュの雷はいとも容易く押し返される。
彼ははっとした。
その体に魔導避雷針が刺さっていたのだ。
(魔導避雷針……!? 先ほどの魔法で撃ちだしたのか……!!)
勢いよく飛んでいく魔導避雷針に貫かれたまま、グルナッシュは壁に磔にされた。
アインは床に刺さっていた魔導避雷針を二本拾い上げ、グルナッシュに投げた。
それは頭部と左肩に突き刺さる。
「ぐぅ……がぁ……!!」
すると雷化した体は、魔導避雷針に引きつけられるように、三つに分けられた。
「《魔変雷化》を解除すれば束縛は解けるが、頭と胴体が分かれてるんじゃ自殺行為だ。仲間が来るまでそうしていろ」
「……対術距離の魔法……あれは……まさか……貴様が……」
驚愕の目で、グルナッシュはアインを見た。
魔導師ならば、知っていることがある。
七〇〇年ぶりの偉業を成した者の名は、公開されていないということを。
「時流がどうのと言っていたが、乗ってどうするんだ?」
そう口にして、アインは颯爽と踵を返す。
「時流は作るものだ」
そのまま、まっすぐ彼はシャノンたちの救出へと向かった。
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