本拠地侵入
ディグセーヌ村落周辺。
封印区域には大規模な結界が張られていた。器工魔法陣を使ったものであり、ディグセーヌ地域一帯を丸々覆っている。
「地図からすると、シャノンの反応があったのはこの内側だな」
アインが言う。
アウグストが杖でその結界を叩くと、表面には魔力の波紋が立った。
彼は魔眼でそれを解析している。
「器工魔法陣の不備で、結界が弱まっているわけではないようだ」
アウグストが言う。
続いて、ギーチェが説明した。
「封印区域に使用される結界は、第十三位階魔法《封樹葉壁結界》です。一級魔導師の中でも破れるのはごく僅か。穴が空けば、聖軍で感知できます」
「《封樹葉壁結界》は本来魔音も通さない。シャノンの歯車に反応したってことは、どこかに抜け道がある」
そう言って、アインが球体の魔法陣を描く。
「《魔音探索》」
魔音が鳴り、球体の魔法陣に反応が現れる。アインはそれを魔眼で観察した。
彼は歩き出す。
「見つけたぞ」
と、彼は《封樹葉壁結界》に手を伸ばした。本来は外敵を阻むはずの結界を、指先はするりと抜けた。
「偽装結界だ」
「器工魔法陣に細工をしたんだろうね。中にいるのは、並の魔導師ではなさそうだ」
アウグストが言った。
「魔石病は原因も、治療法もありません。封印区域内では感染する恐れがあります」
険しい表情でギーチェが言う。
魔石病を研究していた彼には、よりはっきりとその恐ろしさがわかったことだろう。
そもそも、だからこそ病源地であるディグセーヌ村落周辺は封印されているのだ。人の立ち入りができる状態になっていれば、瞬く間に感染が拡大してしまう。
「《白樹》は魔導師だぜ。それも一流の。魔導工房が中にあるのは安全の確認がとれてるからだろ」
魔導師は合理的な判断をする。禁呪研究を行う《白樹》といえども、それは例外ではない。
不治の病が蔓延るまっただ中に、わざわざ魔導工房を作るなどありえない。
なんらかの方法で、彼らは魔石病の危険はないと判断したのだ。
「病原体を見つける手段さえまだ研究中だ」
「まともなやり方ならな」
ギーチェの反論に、すぐさまアインは言った。
「魔法で感染しやすくした人間を何人か封印区域に放り込めばいい。全員魔石にならなきゃ安全だ」
無論、聖軍や魔法省にはできない非人道的な検証方法だが、魔法協定を完全に無視する《白樹》ならばどうということはないだろう。
「よくそんなろくでもないことを思いつく」
ぼやくようにギーチェが言う。
「できることをできるというのが魔導師だ」
はあ、とギーチェはため息をつく。
「三人で踏み込む現場じゃない」
「聖軍の応援を待っている余裕はないぞ。シャノンたちがどうなるかわからん」
アインが言う。
「心配はいらないよ」
アウグストが余裕をたたえながら言った。
「私はこれでも、ちょっとだけ魔法が得意だからね」
§ § §
《白樹》本拠地。洋館。
薄暗い室内に数人の魔導師が集まっている。
彼らが見ているのは、魔法球だ。そこには屋敷に入ってきたアイン、ギーチェ、アウグストの姿が映っている。
「聖軍実験部隊黒竜の隊長ギーチェ。六智聖、《鉱聖》アウグスト。こいつは誰だ? 知らんな」
オルテガが言った。スキンヘッドの大男だ。
法衣を纏い、鎧を身につけている。
「雑魚はどうでもいい」
続いて発言したのは、名はグルナッシュ。ナイフのように鋭い目つきした男だ。法衣を身につけている。
「聖軍だけでも面倒な上、六智聖はまずい。ここは破棄すべきだ」
「あの三人を始末しても、次は聖軍の本隊だしのう」
長い髭の老人が言った。彼も法衣姿だ。
「とはいえ、すぐには難しかろう。接収されたくない研究がごまんとある」
「厄介事を。元々貴様が《石姫》などさらってきたからだろう、アリゴテ」
グルナッシュが、その男――アリゴテを睨む。
両眼を覆う眼帯をつけている。少し長めの髪だ。目が隠れており定かではないが、総魔大臣ゴルベルド・アデムによく似た風貌をしていた。
「この拠点は捨てる。各々、研究の破棄を行え」
アリゴテが言う。
眼帯をつけてはいるものの、彼には視界がないといった不自由さは感じられない。
「オルテガ、グルナッシュ、シャルドネ。お前たちは時間稼ぎだ」
「時間稼ぎのう」
含みをもたせて言い、シャルドネが顎に手をやる。
「因縁のある相手もいるようだ。始末してもらっても構わない」
アリゴテの言葉に、ニタリとシャルドネが笑った。
§ § §
客室。
幼い手が壁を叩く。
魔眼を光らせ、アナスタシアは室内を睨んだ。
(《封石魔岩結界》の壁……壊せそうにないわね。通信魔法もだめ。迂闊でしたわ)
脱出方法を探りながらも、アナスタシアは自省する。
(わたくしとしたことが、魔導師の接近に気がつかないなんて……)
ピクニックをしていたアナスタシアは不意をつかれ、《白樹》の魔導師アリゴテに気絶させられてしまったのだ。
《石姫》を相手に、それができる魔導師は数えるほどしかいないだろう。
「アナシー、これでドアぶっこわす」
シャノンがアナスタシアに尖った石を見せる。
「そんなんじゃ傷一つつかないわよ。というか、それどうしたの?」
「ピクニックでひろた! ぶき!」
ガンガン、とシャノンは尖った石でドアを叩くが、アナスタシアの言うとおり傷一つつかない。
だが、シャノンの表情は暗くない。誘拐されていることはわかっているはずだが、いつもの調子だった。
(シャノンだけでもどうにか逃がさないと……わたくしは《石姫》なんだから……)
ガチャ、とドアが開く。
入ってきたのは、眼帯の魔導師アリゴテだ。
「わるいやつ! シャノンたちをかいほうせよ!」
シャノンがビシッと指をさす。
アリゴテが彼女に視線を向けた。
(今……! 一瞬でも怯ませれば、あそこから逃げられるわ!)
アナスタシアが魔法陣を描く。
第一位階魔法《岩石弩》。
その攻撃に、アリゴテはすぐさま反応した。
(不意をついたつもりか。所詮は子どもだ)
(――と、思ってるでしょ!)
アリゴテの背後、シャノンが手にした石に魔法陣が描かれている。《岩石弩》には石の生成、射出の二段階がある。
だが、すでに存在する石を使うのであれば、生成の工程は省略できる。
(食らいなさい!)
死角から、シャノンの石が射出され、アリゴテの後頭部に迫る。
しかし、彼はそちらを振り向くことすらなく、ピンポイントで魔法障壁を張り、《岩石弩》を防いでのけた。
「……!?」
アナスタシアが目を見開く。
瞬間、ガギッと彼女は杖で殴り飛ばされる。床に倒れ込んだアナスタシアが、反撃しようと顔を上げると、目の前に真っ赤な炎がちらついた。
「《爆砕魔炎砲》」
歯を食いしばるアナスタシア。
「ひどいやつっ! ゆるさないぞっ!」
アナスタシアが息を呑む。
《爆砕魔炎砲》の射線上、アナスタシアをかばうようにシャノンが立ちはだかったのだ。
「シャノンがあいてする!」
アリゴテはシャノンを見つめる。
そして、《爆砕魔炎砲》を射出せずに消した。
「《飛空》」
魔法陣を描き、アリゴテはシャノンを浮かばせる。彼女はバタバタと手足を動かすが、空中にいるため抵抗できない。
そのままアリゴテはシャノンをつれ、踵を返した。
「お待ちなさいっ! 勝手な真似は――」
魔法にて反撃しようとしたアナスタシアだったが、僅かに振り向いたアリゴテに、気圧されてしまう。
実力差が大きすぎる。なにより、戦闘の経験が違いすぎた。剥き出しの殺気を初めて感じ、アナスタシアは足がすくんでしまった。
そのままアリゴテが去っていくのを見過ごすのが、魔導師として最も合理的な選択だ。
目に涙を浮かべ、アナスタシアは震える拳を握った。
(……動いて……わたくしは、シャノンを助けなきゃ……)
「アナシー、だいじょうぶ」
宙に浮かされながら、シャノンが両拳を握る。
「ぱぱたすけにくるから、シャノンたちむてき!」
そうシャノンは笑顔で友達を励ます。
バタン、とドアが閉められた。
§ § §
エントランス。
ドガァッとドアが吹き飛んだ。
アイン、ギーチェ、アウグストの三人が屋敷の中へ入ってくる。
「シャノンの場所はわかるのか?」
ギーチェが問う。
「上だな。三階か、四階。それ以上はわからんが……」
アインが答えたそのとき、氷の塊が飛来した。
アウグストが魔法障壁を張り、それを遮断する。
現れたのはオルテガ、グルナッシュ、シャルドネである。
「まずはアレを片付ける」
そうアインが言った。
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