才能の価値
《石姫》アナスタシアの述懐。
凡人は……嫌い。
『あなたのために跡継ぎを生んであげたのに、あなたは指輪すら選んでくれたことがない』
わたくしが生まれたばかりの頃、お母様がお父様に言っていたこと。
彼女にとって、わたくしは宝石ではなかったのだ。
お父様の描く魔法陣が、美しくは見えなかったのだ。
――凡人は……嫌い。
二歳になって、始めて魔法を使った日のことをわたくしはよく覚えている。
『お母様、ご覧になって。魔法で指輪を作ったの』
『……やめて、アナスタシア。あなたは普通でいいのよ。あの人のようにはなりたくないでしょ……』
お母様は褒めてくれなかった。
一度も……。
――凡人は嫌い。
『六智聖の娘だからって、偉そうにすんなって言ってんだ!』
――凡人は才能を理解しない。
『お、お前なんか班にいれてやんねーぞっ!』
――凡人はわたくしを理解しない。誰一人。
それなら、いらない。
魔法一つあればいい。
誰に褒められなくとも、才能の価値を、わたくし自身が知っているのだから――
§ § §
湖の古城。空き部屋。
「……ですから、友達なんかいりませんわ……」
膝を抱えながら、アナスタシアが言った。
しかし、アインは真顔でじっと彼女を見つめるばかりだ。
「……な、なんとか言いませんの?」
怖ず怖ずとアナスタシアが尋ねる。
「いや、しっかりしてんなと思ったけど、やっぱり子どもだな、オマエ」
「はぁっ!? き、聞き捨てなりませんわっ! どういうことですのっ!?」
途端にアナスタシアが抗議の声を上げる。
「ムキになるな。実際、子どもだろ」
「べ、別にムキになってはいませんけども……」
ばつが悪そうに、アナスタシアは顔を背ける。
「魔法一つあればいいなら、無理に友達を作らなくていいと思うぜ」
「……お説教いたしませんの?」
「説教するほど、友達がいないんでな」
一瞬を目を丸くして、アナスタシアはくすくすと笑った。
「お父様と同じですわね」
「知りたいことがあるなら教えてやるが、わざわざオマエのやり方に注文をつけるつもりはない。一端の魔導師だからな」
「……わたくしの学位は、仮のものですわ……お父様の力ですし……」
「学位の話じゃないぞ。オレなんか一つも持ってない」
率直な言葉に、アナスタシアはほんの少し興味を覚えたような顔をした。目の前にいるその魔導師なら、彼女が知りたい答えを知っているような気がしたのだ。
彼は表情を崩さず、それでも確信めいた風に言った。
「考えは変わるぜ。それが魔導師だ」
半信半疑ながら、彼女はその言葉を受け止める。
入り口の陰から、シャノンが覗いていた。
§ § §
翌日。
アンデルデズン魔導学院幼等部。教室。
「それじゃ、今日も宝探しゲームをするわよ。三人一組で班を作ってちょうだい」
生徒たちが移動して、班を作っていく。
しかし、アナスタシアの元には誰も人が集まらず、彼女は一人ぽつんと孤立した。
「えっと……4人になってる班があるから、人数が少ないところに入ってくれるかな?」
セシルが生徒たちに言う。
けれども、彼らは躊躇ったように動き出さなかった。
「ね。ほら、アナスタシアさんが一人だから」
再度、セシルが生徒たちを促す。
「お前、行けよ」
「や、やだよ……!」
「アナスタシアちゃん、怖いし……」
「凡人とか猿とか言われちゃうもん」
腫れ物に触るように、彼らはアナスタシアを遠巻きに見ている。
「けっこう。一人でやりますわ」
「あー、うーん、でもね。他の人と協力するのも授業の一環だから……」
困ったようにセシルが言う。
すると、ちょうどそのとき、
「あ! アナシーあいてる! かんげい、シャノンのはん!」
我関せずちょこちょことしながら班員を探していたシャノンが、アナスタシアに声をかける。
不安そうにリコルが様子を窺っていた。
「アナシー? わたくしのことですの?」
怪訝な顔をしながら、アナスタシアが聞く。
「シャノン、おさる!」
と、シャノンは猿のポーズで「ウキウキッ」と小躍りした。
次いでビシッとアナスタシアを指さす。
「アナシー!」
「……あ、あの、あだ名をつけてもらったから、アナスタシアさんにもつけてあげたみたいです」
怖ず怖ずとリコルがそう説明した。
「はあっ!? お猿はあだ名じゃないわよっ! 悪口! わ・る・ぐ・ち!」
「あ、で、でも、シャノンちゃんはお猿、可愛いって……」
困ったようにリコルがシャノンを見る。
「アナシー、てれかくし」
想像だにしない台詞に、アナスタシアが絶句する。
「あれ? そうなんだ」
「シャノンちゃんがお猿さん好きだから、お猿なんだ」
「あー、わかった! アナシーって、強がりたいお年頃だ!」
あー、と生徒全員から覚えがあるといった同意の声が漏れた。
カーッとアナスタシアは顔を赤くする。
「ち、ち、違うわよっ!! あとその庶民的なあだ名はやめてちょうだいっ!」
「ア・ナ・ス・タ・シ・ア」
アナスタシアの名前を発音しながら、シャノンがぽややんとした顔であだ名を考えている。
そうして、得意げに言い放った。
「アナタ!」
「ただの二人称じゃありませんのっ!!」
アナスタシアは完全に翻弄されていた。
「たからさがし、するー」
最早、班に迎え入れたつもりでいるのか、シャノンは早速とばかりに宝箱から石を取り出す。
「ちょっと、開始の合図がまだではなくて?」
「まがん!」
ピカッとシャノンの魔眼が光り輝き、あまりの眩しさにこてんと倒れる。
「お猿っ、人の話を聞いてますのっ!?」
たまらずアナスタシアが声を上げる。
「じゃ、じゃあ、みんなも始めて。宝探しスタートよ」
気を取り直してそうセシルが言うと、生徒たちが石を取り出し、魔眼で鑑定し始める。
「めがまっしろなた」
倒れたまま、シャノンは目をぱちくりとさせる。
「当たり前でしょうに。頭を使いなさいな」
シャノンはきょとんとした後、石に頭を押しつけ始めた。
「そうではなくて……」
呆れたようにアナスタシアはため息をつく。
「魔眼はなるべく薄く、均一に弱い魔力を目に集めるのがコツよ」
「なぜによわいほうがいいかな?」
シャノンが聞く。
すると、アナスタシアは羊皮紙に図を書き始めた。
「魔力のある物体、たとえば魔石からは魔力光が出るのね。この魔力光が目の魔力に当たった場合、どうなるかしら?」
シャノンは考え、勢いよく言った。
「ばくはつする!」
「大惨事になりますわ!」
アナスタシアが力一杯否定した。
「でしたら、そうね……弱い魔力に魔力光が当たったら、どうかしら?」
シャノンの頭の中で、弱い魔力と魔力光が戦う。
弱い=敗北の方程式だった。
「まけちゃう!」
「そうよ、そう。わかるじゃないの。それでね、負けてしまったら、魔力は変質するの」
「へんしつ?」
シャノンは頭に『?』を浮かべた。
「まあ、色が変わったりね。青とか」
「まけたら、いろかわるか!?」
恐怖に震えたようにシャノンが問う。
彼女の頭の中では、擬人化された弱い魔力が真っ青になっていた。
「ですから、青い光が見えたら魔力だってわかるし、石が青く光ったら魔石の証拠。それが魔力を見る目、魔眼の原理なのね」
アナスタシアは更に羊皮紙に図を追加する。
「ですけど、目に強い魔力を集めると、魔力光が当たっても――」
「かつ!」
堂々とシャノンは言った。
彼女の頭の中では、擬人化された筋骨隆々の強い魔力が、魔力光を倒していた。
「そういうことね。勝ってしまったら魔力は変質しないから、目にはなにも見えないの。小さな魔力を見るためには、できるだけ小さな魔力を目に集めなきゃだめってことよ」
「つおいまりょくは、やくたたず?」
「最初はそうよ。まずは弱い魔力を操れるようになってから」
アナスタシアの説明に、シャノンは納得したようだった。
「アナシー、かしこいっ!」
「すごいよね。先生みたい」
シャノンが褒めると、リコルもそれに同意し、小さく拍手をしていた。
「……さっさと始めるわよ」
アナスタシアは石を取り出し、素早く鑑定していく。
その横でシャノンは魔眼をカッと光らせ、くらくらしていた。
「ですからっ……!!」
なにかを言おうとして、アナスタシアは思いとどまる。
再び彼女は石を見つめた。
「……お猿、アインにわたくしと仲良くしろとでも言われたの?」
シャノンは首をかしげる。
その綺麗な顔に、ほんの僅か罪悪感を滲ませて、アナスタシアは言う。
「正直、わたくしはあなたを見下してるわよ」
「シャノンもアナシーみくだしてる!」
シャノンは思いっきり背伸びをして、精一杯視線を下に向けた。最早、変顔の領域だ。
「はあっ!? なんでよっ!? あなたのどこがわたくしより勝っているっておっしゃるのっ!?」
腰に手を当て、得意満面にシャノンは言い放った。
「のびしろ!」
アナスタシアは唖然とするしかない。
自身がお猿と見下すポンコツ少女が、のびしろ一つを根拠に張り合ってくるとは思いもよらなかったのだ。
「じゃ……どうしてわたくしを班に誘ったの?」
「だって、アナシーてんさいでしょ」
指を一本立て、さらりとシャノンは言った。
「アナシーいれば、シャノンのはん、しょうりかくじつ!」
にんまりとシャノンは笑う。
そんな彼女を驚いたようにアナスタシアは見返していた。
自らの言葉が、脳裏に繰り返される。
――凡人は嫌い。
――凡人はわたくしを理解しない。
だが、目の前の幼い少女は、お猿と呼ばれ、見下されても一切気にせず、才能一つでアナスタシアを班に誘ったのだ。
その価値を知っているかのように。
「現金なこと」
アナスタシアは優雅に微笑み、シャノンに言った。
「いいわ。勝たせてあげるわよ」
アナスタシアの心境に僅かな変化が見えた頃、シャノンは魔眼をピカッと光らせ、くらくらしていたのだった。
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