学友
アンデルデズン魔導学院幼等部。教室。
「ま」
シャノンは教卓のゴツゴツした石を見つめ、目に魔力を集中した。
「がん!」
カッとシャノンの目に魔力光が集中して、彼女はふらっと倒れた。
「しゃ、シャノンちゃんっ!」
同じ班だったリコルが慌ててシャノンを介抱する。
シャノンはぱちりと目を開いた。
「みえた」
シャノンはぴょんっと立ち上がり、教卓の石を手に取った。
「なかみ、まっしろ!」
どっと生徒たちから笑い声が漏れた。
「あ、あの、シャノンちゃん。石か魔石かだから、真っ白は……」
怖ず怖ずとリコルが言う。
「でも、まっしろだた」
「シャノンさんは目に強い魔力を集中しすぎて、逆に見えなくなっちゃったのよ」
担任のセシルが優しい口調で説明する。
「もう少し弱めにすると、上手くいくと思うわ。練習してみて」
「あい!」
元気いっぱいにシャノンは返事をする。
「それじゃ、せっかく班に分かれてもらったし、宝探しゲームをしましょう。最初にみんなに宝箱を配ったでしょ」
シャノンがタタタッと自席に戻り、箱を開ける。
中には石が大量に入っていた。
「石か魔石が入ってるから、魔眼でどっちか見分けるの。当たれば1点、外れたら-1点、魔石の種類を当てたら2点ね。よーい、始めっ!」
セシルの合図で、生徒たちは一斉に宝箱から石を取り出し、魔眼での観察を始めた。
なかなか魔眼が安定しない生徒、順調に見分けていく生徒など様々だが、各班はそれぞれ教え合い、相談しながら、和気藹々とゲームに取り組んでいた。
シャノンの班では、リコルは魔眼がそこそこ得意なようで、次々と見分けていく。一方でシャノンは魔力が強すぎて、カッと魔眼を光らせては、目の前が真っ白になっていた。
「全然違うわ!」
和やかだった教室内に、鋭い声が飛んだ。
アナスタシアだ。
彼女は同じ班の男子生徒、ドイルの前にある石を指さしている。
「ドイル。それのどこが魔石なのかしら?」
「え、あ……ご、ごめん……」
「ごめんではなくて」
「じゃ、じゃあ、こっちが魔石!」
ドイルは別の石を手にして言った。
「いい加減なことをしないでちょうだい。それもただの石よ」
ぴしゃりとアナスタシアが言うと、萎縮したようにドイルは縮こまった。
今にも泣き出しそうである。
「……他人に口出ししてないで、自分の分をやってろよ……」
ぼそっと同じ班のラルクが言った。
「あら? ずいぶん男らしいのね、ラルク。なにかおっしゃって?」
「六智聖の娘だからって、偉そうにすんなって言ってんだ!」
すると、怒りをあらわにするようにアナスタシアが眼光を鋭くした。
「……な、なんだよ……本当のことだろ……」
「まだ三つしか鑑定できていないのによく言うのね。しかも、魔石の種類もわからないなんて」
「お前なんか一つもやってないだろっ! 文句ばっかり言いやが――」
ラルクが鑑定した石を、アナスタシアが指さす。
「レッドラピス」
魔法陣が描かれ、《鉱石採掘》が発動する。
石が切り刻まれ、中からレッドラピスの原石が採掘された。
「ブルーラピス」
次の石にアナスタシアは《鉱石採掘》を使う。
石から切り出されたのはブルーラピスの原石だ。
「ブルーラピス、グリーンラピス、レッドラピス、レッドラピス、石、石、レッドラピス、レッドラピス、ブルーラピス、石、石、レッドラピス……」
アナスタシアは宝箱の石をすべて、あっという間に鑑定し終え、更に《鉱石採掘》で原石を切り出してしまった。
「おわかり? わたくしはわたくし個人として優れているの。凡人が足を引っ張らないでちょうだい」
「お、お前、偉そうにっ! 謝れよっ!」
「事実を口にしたことを謝罪されても空しくありませんの?」
「お、お前なんか班にいれてやんねーぞっ!」
「けっこう」
アナスタシアはぷいっと顔を背けるように、教壇を向いた。
「セシル先生、新しい石をいただけますか? 一人でやりますわ」
「え、えーと、とりあえずどこか別の班に……」
しゅばっとシャノンが手を挙げた。
「シャノンのはん、ふたりだから、アナスタシアほしい!」
「あ、じゃ、そうしましょ。ね、アナスタシアさん」
と、セシルが言う。
「お断りですわ。お猿の面倒は見られませんもの」
険悪な空気が教室に漂う中、シャノンはお猿のポーズをリコルに見せていた。
§ § §
アウグスト・レールヘイヴの邸宅。
「アナスタシア。友達とは仲良くしなければいけないよ」
担任のセシルから連絡を受けたアウグストは、帰ってきたアナスタシアを諭していた。
だが、彼女はふくれっ面のまま、そっぽを向いている。
「他人と仲良くするのも、魔導師の仕事だ。大魔法ほど、一人で開発することは困難になる」
「凡人がなんの役に立ちますの?」
「幻の魔石アダマンティンは、かつてなんの役にも立たないと言われていた。だが、研究が進み、大量のマナを保有していることがわかった」
アウグストが優しく説明する。
「君が彼らを見下す限りは、彼らが君に応えることはない」
「事実を指摘したら偉そうですの? 七光りだと言われて、黙っていなければいけませんのっ! あんな論理性のない凡人と付き合っても、真理に辿り着けませんわっ!!」
「論理性と言うなら、君の行動の結果がこの状況だよ」
アナスタシアは下唇を噛み、目に涙を溜める。
「一端の魔導師のつもりなら、子どものように駄々をこねるのはやめなさい」
「うるさいですわっ!!」
キッとアナスタシアは、父親を睨む。
「お父様だって、友達が一人もいないくせにーーーーーーーっ!!」
アナスタシアは家中に響き渡るほどの大声で、痛烈な事実を指摘し、走り去っていったのだった。
§ § §
「で?」
湖の古城。応接間。
アインは突然、訪ねてきたアウグストの相談に乗っていた。
ギーチェが不安そうに二人を見守っている。
「私も学院時代、世の中の九割は馬鹿だと思っていてね」
「本当に友達がいないから、うちに来たのか」
この上なくストレートにアインが聞いた。
「待て待て、六智聖だぞ」
と、ギーチェが苦言を呈する。
「構わないよ。相談できる相手がいないぐらいには事実だからね」
アウグストが柔らかな口調で言い、「はは」と笑う。
恐縮しつつ、ギーチェは苦笑いを浮かべる。
「そんな、ご謙遜を。六智聖アウグストと言えば、人望もお厚いでしょう」
「馬鹿に相談してまともな答えが返ってくるのかと思ってしまってねぇ」
「友達がいなくても、人生は終わりませんよ」
ものすごい変わり身でギーチェがフォローをした。
「オマエの方が失礼だぞ」
と、アインがつっこみを入れる。
「今のは半分冗談だよ。はは」
と、アウグストが言い、
(半分本気なのか……)
と、ギーチェの視線が口ほどに物を言う。
「ともあれ、誰も相談になど乗ってくれなくてねぇ。皆、私に教えるなどとんでもないことだと思っているようだよ」
僅かに哀愁を漂わせながら、アウグストが言う。
六智聖は世界最高の頭脳を称える学位だ。神聖視されるのも、無理からぬ話ではある。
「その点、君なら心配ない」
学位さえとれるのならば、歯車大系を祖であるアインは十二賢聖偉人になれる。アウグストより格上だ。自分に気後れすることもないだろうと思って、訪ねてきたのだ。
「まあ……子どもってそんなもんだろ。俺も子どもの頃は、無能と付き合う時間はないと思っていた」
「やはり、そうかね」
「班行動しないぐらい可愛いもんだぜ。俺なんか、無意味な課題はしなかった」
「わかるよ。私も教師によく論争を仕掛けたものだよ」
「やるよな」
そんやりとりを交わす二人を、ギーチェが引き気味に視線を送る。
(……ポンコツ父親同士で、まともな答えが出る気がしない……)
「母親はなんて言ってるんだ?」
アインが聞く。
「いやぁ、実は研究にかまけてしまってねぇ」
これまでにないほどの哀愁を漂わせ、アウグストが天を仰ぐ。
アインは言った。
「離婚か」
(離婚か、じゃない!)
ギーチェの心の声が、今にも口から出てきそうだった。
「あの子が私についてくると言ったんだよ。私の新魔法が楽しみだと言ってね。私の理解者になろうとしてくれたんだねぇ。実際、あの子はそれだけ賢かった」
それが悲しいことだというように、アウグストは目を伏せる。
「だけど、まだ三歳だったよ。そんなに早く大人にならなくともいい」
アウグストは寂しく笑う。
「私のように、友達がいなくなってしまうよ」
アインは真顔で思考する。
「最初はいたのか?」
率直すぎるアインの質問に、「傷口に塩を塗るな」とギーチェがつっこんだ。
特に気にした風でもなく、アウグストは言った。
「娘は君に懐いているようだ」
「生意気だぞ」
「甘えているんだよ。あの子は大抵の大人より賢いからね。君は彼女にとって、自分の知らないことを沢山知っている大人らしい大人だ」
アインはなるほど、と耳を傾ける。
「もし、ここに来たら話を聞いてあげてほしい」
「わかった」
急ぎの用があるらしく、アウグストは足早に去って行った。
「で?」
アインが応接間のドアを開ける。
隣室でアナスタシアが座り込んでいた。
「父親の気持ちはわかっただろ? どうすんだ?」
アナスタシアは俯き、きゅっと唇を引き結んだ。
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