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小さな絆


「手を出せ」


 シャノンがピッと手を伸ばす。


 アインは彼女の後ろに立ち、それを補助するように手を置いた。


「《浄化ブレア》は最も基礎的な魔法だ。手に意識を集中しろ」


 シャノンは真剣な表情で手に力を入れた。


 すると、シャノンの手の平に薄らとした光が見えた


「よし。それがオマエの魔力だ。体内を循環している魔力を指先に集め、外に出せ」


 放出された魔力はそれだけでは外界に大きな影響を与えることはないが、魔法体であるゴーストには干渉し、消滅させる。


 それが《浄化ブレア》。


 魔法陣を使わない最も基礎となる魔法である。


「やーーーーー」


 シャノンは体に力を入れ、手の平を突き出した。


 しかし、手の光はフッと消えた。


「あ…………」


「もう一度だ。思いきりやってみろ」


 アインが言う。


「やーーーーー」


 ぐっとシャノンが手を引き、力を入れる。


 手の光がますます強く輝いた。


 その様子を、アインが興味深そうに観察していた。


(魔力光が強いな。体内の魔力がここまで見えることは滅多にない)


 シャノンが手を突き出したとき、魔力の光がまたしても消えた。


(その分、制御は至難を極める。一定の魔力を超えると、逆に魔法が使えないという論文があるほどだ。だが、使えるなら――)


 シャノンは虚ろな瞳をしたまま、がっくりと肩を落とす。


 気落ちした声で、彼女は言った。


「……きょうはおわりする」


「なに? 簡単に諦める奴があるか。もう一度だ」


 アインがそう鼓舞するも、彼女は背を向けたままである。


「魔導師になる約束だろ」


 アインが手を伸ばそうとすると、

 

「やぁだぁ!」


 それを振り払って、シャノンは部屋を飛び出していった。


「…………」


(全然わからん。さっきまで、やる気だっただろうに)


 途方に暮れたように立ち尽くしながら、シャノンが走り去っていった方向を見つめた。

 

 ため息を一つつくと歩き出し、アインは城内を探し始める。


「シャノン? シャノン、どこだ? 出てこい」


 しかし、どこかに隠れているのか、シャノンの姿は一向に見つけられない。


(どこに隠れたんだ? もうぜんぶ探したぞ)


 困ったようにアインは頭に手をやった。


「これだから嫌なんだ。子どもは自分で約束したことも――」


 そうぼやいた直後、ふとアインの脳裏によぎったのは、かつて学生だった頃にある大人の魔導師に言われたことだ。


『話が違う? 君が自分でやると口にしたのだろう。大人になりたまえ』


 よくあることだ。


 他人を思い通りに動かしたい大人が、言葉巧みに騙したことを、相手の自発的な行動にすり替える。


 そんなものは、約束とは呼ばない。


 シャノンに魔導師になる約束を断る選択肢が果たしてあったのか?


 アインはうつむき、魔法陣を描く。


「《魔音通話テスラ》」



   § § §



 玉座の間。


 玉座の陰に隠れ、シャノンはうずくまっていた。

 ぽたぽたと涙をこぼし、泣き続けていた。


『とんだできそこないだねぇ。産むんじゃなかったよ!』 


 彼女の頭に蘇ったのは、実の母の心ない言葉だ。

 涙がとめどなく溢れ、床を塗らした。 


 そのとき、声が響いた。


『シャノン、聞こえるな?』


 驚いたシャノンは、キョロキョロと辺りを見回す。


『《魔音通話テスラ》の魔法で話しかけている。近くにはいない』


 魔音を遠くに飛ばし、遠隔地で会話をする魔法である。


 通路にいるアインは、その場に座り込み、シャノンとの話に集中していた。


『悪かったな』


 シャノンは顔を上げ、目を丸くしていた。


『オマエ、本当は魔導師になりたくないのか?』


 シャノンは答えない。

 それでも、アインは不器用に、訥々と彼女に語りかける。


『別にいいぞ。オマエが魔法を好きになれないなら、それはオレの責任だ。オマエにはなりたいものになる権利がある』


 その言葉は、魔法の音となって、離れているシャノンに届く。


『その権利を守る義務がオレにはある。覚えておけ』


 数秒の沈黙。

 

「ぱぱも……」


 《魔音通話テスラ》に乗って、か細い声が響く。


「……シャノンのこと、きらいになるかな?」


 訥々と、今度はシャノンが話し始めた。


「むかし、まま、まほうをおしえてくれた。シャノン、がんばった。いっしょうけんめー。でも、できなかた」


 ポロポロと涙をこぼしながら、彼女は言う。


 魔法が覚えられなかったのだと。


「ままはシャノンがきらいになったの。シャノンはおかねにならないから、やくたたずだって」


 シャノンはうつむき、ぽろぽろと大粒の涙をこぼした。


「シャノンはわるいこだから、ままいなくなった」


『馬鹿なっ!』


 思わず、アインは叫んでいた。


 感じたのは、会ったこともない彼女の母への怒りであった。


(理屈が通らんぞ……コイツのどこに非が……!?)


『いやああぁぁぁぁぁぁ……!!!』


 思考を切り裂くように、悲鳴が上がった。


 玉座の後ろにいるシャノンに、再び出現した低級ゴーストが迫っているのだ。


『触るな』


 ガタガタと震えながら、シャノンは後ずさりする。


 低級ゴーストがおどろおどろしく蠢いた。


 じりじりと、時間をかけてシャノンは後ろに下がっていく。


 だが、段差で足を踏み外し、そのまま落下する。


「なあ、シャノン」


 寸前のところで、アインが彼女を抱きとめていた。


 彼は手にした歯車のネックレスを、シャノンにそっと握らせる。


「オレは一つ、新魔法を研究していてな」


 アインは彼女に優しく語りかける。


「それがあれば、誰でも魔法が使えるようになる。魔力がなかろうと、魔力の制御が苦手だろうとな」


「……シャノンも?」


「オマエと同じ歳の頃、初めて魔法を使った世界が変わったんだ」


 アインの脳裏には、自然と幼い頃の自分が浮かぶ。

 輝かんばかりの笑顔で、初めて発動した魔法を見つめていた。


「さっきは、それを――」


 ネックレスの歯車が反応し、その光が彼女の指先からぽぉっと発せられた。


 シャノンが指先を伸ばすと、更に魔力が指先からこぼれ落ちる。


 アインは彼女を補助するように、そっと背後から手を添えた。


「オマエにも教えてやりたかったんだ」


 目映い光が放出され、発動した《浄化ブレア》は玉座の間を真っ白に染め上げた。

 低級ゴーストは瞬く間に浄化されていく。


 目を丸くするシャノンは、自らが放った魔法をただぼんやりと見つめていた。


「放出する魔力を増幅した。これが研究中の歯車体系」


 そのときだ。


 ピシィ、と歯車のネックレスに亀裂が入り、粉々に砕け散る。


「……まあ、まだ未完成だがな。今のもオレが補助しただけで原理的には――」


 ふとアインは言葉を止める。


 幼い表情が、次第に花が咲いていくような、大輪の笑顔に変わるのがわかった。


「できた……!」


 シャノンが声を上げる。


 その姿をアインは優しい視線で見守った。

 

「シャノンもまどうしなれるっ!!」


 元気いっぱいに、彼女は杖で魔法を使うポーズをとる。


「勉強が大事だぞ」


 と、アインは釘を刺した。 

 

「行くか。部屋を決めなきゃな」


「シャノン、ここがいい。ぎょくざある!」


 駆け出したシャノンは、玉座に座る。


「だって、オマエ……ゴースト出るぞ?」


「ぱぱくるから、むてきなった!」

 

 シャノンがつま先立ちになり、両手をピンと伸ばす。


「意味がわからん」


 玉座で胸を張るシャノンを見つめ、アインは苦笑したのだった。 



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― 新着の感想 ―
玉座の間に住み着く幼女…。 字面が完全にホラーのそれですよ、シャノンさん…?
[一言] 子供部屋に鎮座する玉座ってシュールな光景だw
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