キース②
リコルの邸宅。書斎。
アインは埃のかぶっていない資料に視線を向けている。
「お前にこんな歳の離れた妹がいるとはな」
「君にこんなに大きな娘がいたことの方が驚きましたよ」
大きな、と言われたことに反応し、シャノンが自分を大きく見せようと背伸びをしている。
「君は同期生の集会にも顔を出しませんからね」
キースは言った。
「除籍処分だぜ。どの面下げて行くんだよ」
「僕も卒業はしていませんが?」
「お前みたいな図太い奴と一緒にするな」
シャノンはアインとキースを交互に見る。
そして、大きく両手を広げた。
「がくゆー!」
「こいつは入学すらしてないけどな」
と、アインがキースを指す。
シャノンの顔が疑問でいっぱいになった。
「僕は魔力がないんですよ。だから、魔法史の授業にだけ特別に出席させてもらっていたんです」
キースは学生時代を振り返る。
彼とアインが出会ったのは、魔法史の授業が終わった後の教室だった――
§ § §
アイン学生時代。
私服のキースが魔法史書を読み、羊皮紙にペンを走らせていた。
それを遠巻きに見ていた男子生徒が頭をひねった。
「なあ、あんな奴いたっけ? なんで私服なんだ?」
「有名だぜ。魔力無しのキース。魔法史学だけ受講してるんだと」
「はー。そりゃ、まあ、魔法史学者なら魔力はいらないって建前だけど……なれると思ってんのかねぇ」
「あんなにガリ勉しちゃってな」
小粋なジョークを飛ばしたつもりなのか、二人は声をそろえて笑った。
(別になれると思ってるわけじゃない。でも、研究するのは自由だ)
そんなことを考えながら、キースは二人の会話を聞いてないフリをする。
それでも、ページをめくる手は鈍くなった。
「邪魔だ」
噂話をしていた二人を一人の学生が押しのける。
「なにしやが……!」
文句を言おうとした生徒は、生徒の顔を見て言葉を飲んだ。
「なんだ?」
「い、いや……わ、悪い……アイン」
アインは去っていく。
気圧されながら、その背中を二人の生徒がぼんやりと見る。
「あいつ、こないだの実技と学科、また満点だったよな」
「噂じゃ基幹魔法の研究をしてるって」
「マジかぁ。卒業したら、六智聖ぐらいになっちまうんじゃねえか?」
教室を出ようとしたアインが、ふとキースの方を見る。
彼の視線は歴史書に注がれていた。
「旧ルビニア文字か?」
驚いたようにキースが振り返る。
話しかけられるとは思ってもみなかったといった顔である。
(アイン・シュベルト……? 首席入学の……)
キースは一目で気がついた。
それほど学内でアインは有名だった。
「読めるのか?」
真顔でアインは問う。
僅かに興味の色が見て取れた。
「……一応」
すると、アインはキースの隣の席に座った。
「……えと……」
アインは魔導書を取り出し、ページを開く。
「ここの旧ルビニア文字、わかるか?」
「は、はい。『魔法を極めるとは真理の追及に他ならず、真理の追及とは――』」
アインの疑問に答える形で、キースはスラスラと旧ルビニア文字を読み上げていく。
アイン自身、旧ルビニア文字を学んではいるものの、読めるのは簡単な文章のみだ。難解な魔導書をいとも容易く読むキースに、彼は内心で舌を巻く。
そのまま自然な流れでアインはキースから、旧ルビニア文字を習い始めた。
「――ですから、この場合の『ジ・エズ・ブル』は持たざる者の義務、魔導師への感謝を表しています」
「ふぅん。偉そうな言葉だな」
「僕は好きですけどね。感謝を忘れないという心がけですし」
「魔導師が魔法を開発してるから、魔力無しは感謝しろって? 別に感謝されたくて研究してるわけじゃないだろ」
よほど気に入らないのか、アインは憎まれ口を叩く。
「魔力がない人間にだけ不自由があるなら、それは魔法技術の敗北だ」
「……しかし、現実問題……」
なんと答えればいいのかキースが迷っていると、鐘の音が鳴った。
「あ……授業はいいんですか?」
「次の教師はパスだ。無能に習うと勘が鈍る」
アインが率直に答えた。
(僕に旧ルビニア文字を習ってるのはいいのか?)
と、キースは少し不安になった。
「なあ、オマエ、魔法史学者になるのか?」
「……いえ。なれるものならなりたいですが、僕は魔力がないんですよ」
「なれるだろ」
キースが目を見開き、アインを見返した。
「なに驚いてんだ? 魔法史学者に魔力はいらないぜ」
「……それは、そうなんですが……」
「謙遜するな。独学で旧ルビニア文字をマスターする奴がなれないわけあるか」
大真面目にアインが言う。
彼がお世辞を言う類の人間ではないことは出会って間もないキースにもよくわかった。
「研究対象、アゼニア・バビロンにしろよ。調べたいことがあってな。新魔法を開発したら、オマエに仕事頼むから」
矢継ぎ早に言うアイン。
面を食らったキースだったが、やがて嬉しそうに笑った。
「アゼニア・バビロンの研究は、興味深いですよね」
「ちゃんとやっとけよ」
§ § §
リコルの邸宅。書斎。
過去を思い返しながら、アインは言った。
「アゼニア・バビロンが開発していた基幹魔法は四大系、か。ちゃんと約束を守ってるみたいだな」
「いえ」
諦観したような顔でキースは言った。
「僕は魔法史学者にはなれませんでした」
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