キース①
大粒の涙がこぼれ落ちる。
足音に気がつき、顔を上げたリコルとシャノンの目が合った。
「……あ……」
恥ずかしそうにリコルが顔を伏せる。
シャノンはポシェットに手を突っ込んだ。
「これあげる!」
彼女の手の平にあったのは、石で作ったゲズワーズだ。作り込みは精密とは言いがたく、デフォルメされている。
「……え…………?」
きょとんとした顔で、リコルは目の前に突き出されたゲズワーズを見た。
「シャノンがつくったゲズワーズッ!」
ゲゲゲゲーッと声を上げながら、シャノンはゲズワーズのポーズをとった。
「って、さけぶ。かっこいいでしょっ?」
ゲゲゲゲーッ、ゲゲゲゲーと大きくシャノンは叫ぶ。
その行動が突飛すぎたか、リコルは目を丸くした後、ふふっと微笑んだ。
「可愛いね……」
「ゲズワーズはうごくともっとすごい」
「これ……うごくのっ……!?」
リコルは驚き半分、期待半分といった眼差しでシャノンを見た。
堂々と胸を張って彼女は答える。
「うごかない!!」
「……えーと……」
リコルは呆気にとられた様子だが、シャノンはなぜか得意げだった。
「あのね、シャノン、リコルといっしょ!」
「いっしょ?」
不思議そうにリコルが聞き返す。
「よっつのとき、て、あげた!」
ビッとシャノンは手をあげる。
「……シャノンちゃんって、ぜんぶに手を上げてたような……」
「アゼニアすごいから、よっつけんきゅーでもおかしくないよ!」
シャノンは勢いよく言った。
しかし、気落ちしたように、リコルは顔をうつむかせる。
「でも、みんなは違うって。先生も……」
「みんなちがうっていったら、だめか?」
「……だって、先生が言うことは正しいよね……?」
シャノンは一瞬考え、そして父親に言われたことを思い出した。
「だいじょうぶ。シャノン、しんりにじゅーぞくしてるから」
「え……?」
「じぶんでかんがえるんだよ。まどうしだから!」
驚き半分でリコルはシャノンを見返した。そんなこと、思いもよらなかったといった表情をしている。
「まほうし、まちがいあるでしょ。だって、ぱぱのことのってないから。ばつ!」
シャノンは思いっきり両手を交差する。
「シャノンちゃんのお父さんは、すごいんだ?」
「おうとでいちばん! すーぱーまどうし!」
シャノンが両手を広げ、父親のすごさをアピールしている。
すると、リコルは穏やかに微笑んだ。
「あたしのお兄ちゃんはね、魔法史のことをなんでも知ってるんだ。いつも、色んなお話をしてくれるの」
「ものしりぶらざー!」
と、シャノンが感心している。
ふふっ、とリコルは笑った。
「お兄ちゃんが言ってたんだ。アゼニア・バビロンは四つ目の基幹魔法開発に取り組んでたんだって」
§ § §
湖の古城。応接間。
「――どうだろうな? 魔法史を書き換えるとなれば、それなりの証拠と論文が必要だ」
アゼニア・バビロンが四つ目の新機関魔法開発に着手していたという話を聞いたアインの第一声がそれだった。
「ぱぱ、ばつっ!」
「はぁっ!? なんでだっ!?」
またしても食らってしまった×評価に、アインは大人げなく問いただす。
「まどうしは、じぶんでかんがえなきゃだめでしょ」
「そいつがまともな論文を書いてるなら、とっくに魔法史は書き換わってるだろ」
「ばつっ!!」
シャノンが大きく手を交差する。
アインはぐぎぎと娘を睨むが、彼女は頑として引く気はない。
「わかった。そいつの家はどこにある?」
すると、ギーチェが呆れたように言った。
「おい、アイン。子どもの言うことにムキになるな」
「安心しろ。ムキになってるわけじゃない。そんな大層な論文なら、じっくり見させてもらおうってだけだ。正しいのか間違ってるのか、徹底的に調べ上げてやる!!」
「どう考えても、ムキになっているだろう……」
そうギーチェが呟いた。
§ § §
西地区の住宅街にリコルの邸宅はあった。
豪奢でも、貧相でもない、ごくごく平均的な家屋である。
西地区に住むのは魔力を持たない住人が多い。
魔法省の施設や、魔導商店街、魔導学院などは中央地区に固まっている。中央地区の土地や家は高価だが、魔法が使えれば、実入りの良い仕事に就くことができる。
それだけでなく、魔法行使の制限が少ない魔法特区に指定されている。メリットを考えれば、魔導師や魔術士は殆どが中央地区で暮らす。
もちろん、魔導学院の生徒も大半が中央地区に居住している。
リコルのように西地区に住む生徒は珍しい。
リーン、とシャノンがその家の呼び鈴を鳴らす。
しばらくすると、とドアが開き、幼い少女が顔を覗かせる。
「シャノンちゃん……」
リコルは驚いた様子だった。
いきなり訪ねてきたのだから、無理もないだろう。
「あそびきた!」
シャノンがそう口にすると、リコルは嬉しそうに微笑んだ。
「来てくれてありがとう、シャノンちゃん」
そう口にした後、リコルはシャノンの後ろにいたアインに気がつく。
「ぱぱ!」
と、シャノンが紹介する。
「兄はいるのか? 論文を読ませてもらいたい」
「え、えっと……」
リコルが戸惑っていると、彼女の背中から声が聞こえた。
「リコル、お客さんかい?」
やってきたのは、アインと同い年ぐらいの青年だった。
少し長めの髪で、柔和な表情をしている。
彼はアインを見るなり、驚きをあらわにした。
だが、それはアインも同じだった。
「アイン……ですよね?」
「キース」
それは思いがけない再会であった。
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