入学
湖の古城。玉座の間。
ばん、とシャノンが胸を張り、新しい服をアピールする。
アンデルデズン魔導学院幼等部の制服を身につけたのだ。
魔導師を育てる学院だけあり、法衣をベースとした学生服である。
「おにゅーのふく、きた!」
嬉しそうにシャノンはその場でくるりと一回転した。
「よく似合っている」
そうギーチェが褒める。
シャノンは嬉しそうにはにかんでいる。
「時間がない。行くぞ」
アインが踵を返し、玉座の間を出ようとすると、
「じゅんび、まだ」
シャノンが言った。
アインは立ち止まり、不可解そうな表情を浮かべる。
「全部用意したろ?」
「だでぃ!」
と、シャノンはビシッとギーチェを指さす。
「ごうかく」
シャノンは両手で○を作った。
「ぱぱ!」
今度はビシッとアインを指さす。
「ばつ!」
シャノンは両手を勢いよく交差し、×を作った。
「は!? なんでだっ!?」
「ごうかくしないと、ぱぱおるすばん!」
「理屈がわからん。説明しろ」
シャノンは裾を持ち上げたり、くるりと回転したり、わざとらしく制服をアピールしている。
「あー……似合ってるぞ……」
察したアインが褒めてみたが、彼は女性の服装に言及したのは生まれて初めてである。興味がないのがだだ洩れであった。
「おざなり! ばつ!」
シャノンが両手を激しく交差した。
「…………」
助けろ、といった目でアインはギーチェに訴えた。
「シャノン、そろそろ出なければ遅刻する。こいつも歩いてたら、反省するだろう」
ギーチェが助け舟を出す。
「じゃ、それでゆるしたげる」
§ § §
アンデルデズン魔導学院へ向かう道をアイン、ギーチェ、シャノンは歩いていく。
「似合ってるぞ」
「ばつ」
「似合ってる第十三位階」
「ばつ!」
「ゲズワーズみたいに似合ってる」
「ゲゲゲゲーッ! ばつっ!」
なんとかシャノンの機嫌を直そうと、アインが様々な褒め方を試みたが、いまいちピントを外しており、一向に合格が出ない。
彼は奥歯を噛みしめる。
「くそっ。ギーチェとなにが違うんだっ!? 言いたくはないが、上官に媚びへつらうおべっか軍人のよいしょ術がそんなに子どもに効果的なのかっ!?」
「言いたくないなら、黙れ」
無表情でギーチェがつっこむ。
「こうなったら、媚び声が出せる魔法を開発するか……?」
「才能の無駄遣いはやめろ」
そうこう話している内に三人の目の前に、魔導学院の門が見えてきた。「とうちゃく!」と嬉しそうにシャノンが走り出す。
「待て、シャノン」
門をまたごうとした彼女が、振り向いた。
アインはしゃがみ込み、彼女と目線を合わせる。
真剣な顔で彼は言う。
「オマエは今日から魔導師の卵だ。覚えておけ。魔導師が法衣を纏うのは、魔法に敬意を示し、真理にのみ従属するという表明だ」
「しんりにじゅうぞく?」
シャノンの顔は疑問でいっぱいだった。
「なにが正しいのか、自分の頭で考えるということだ」
「シャノン、とくい!」
すると、アインは苦笑する。
「確かに、オレに×をつけるぐらいだ。オマエほど、これがふさわしい奴もいないな」
えへへー、とシャノンは満面の笑みを浮かべた。
とことこと彼女は門をくぐり、くるりと振り返る。
そして、両手で○を作った。
「ぱぱ、ごうかく!」
アインは怪訝そうな表情を浮かべ、
「……理屈がわからん」
と、呟いた。
§ § §
アンデルデズン魔導学院。幼等部大講堂。
教壇では、学長のジェロニモが挨拶をしていた。
「――本校の校風は自由と挑戦である。新入生諸君には、失敗を恐れず、自由にのびのびと挑戦を行い、素晴らしき魔法の神秘を学び取っていただきたい。入学おめでとう」
入学式が終わった後、シャノンたち新入生は幼等部の教室に移動する。
机に座り、キョロキョロと彼女は周囲を見回す。
見知った顔を見つけた。
アナスタシアだ。
シャノンはブンブンと手を振った。
しかし、アナスタシアはぷいっとそっぽを向いて行ってしまう。
あれ、とシャノンは首を捻った。
「なあ、あれ」
「《石姫》だ……六智聖の娘の……」
近くの席の生徒たちが話しをしている。
「父ちゃんが言ってたけど、もう学位を持ってるらしいぜ」
「すっげえっ。やっぱ名家のお嬢様は違うんだな」
と、そのとき、ゴーンゴーンと鐘が鳴った。
教室に入ってきたのは、法衣を纏った女性である。
長い髪を後ろでまとめている。
彼女は教壇に立つと、にっこりと笑った。
「はじめまして。セシル・ネイリーよ。このAクラスを担当するわ。よろしくね」
よろしくお願いします、と生徒たちは大きな声で言った。
「元気があってよろしい」
と、セシルは微笑む。
「それじゃ、早速だけど、授業を始めるわね」
セシルは黒板に魔力を送って絵を描いた。
魔導師の絵だ。
そこに、アゼニア・バビロンと名前が書かれた。
「アゼニア・バビロンが魔法学の祖と呼ばれてるのは基幹魔法を開発したから。じゃ、彼が研究していた基幹魔法はいくつだと思う? わかる人」
はい、はい、と生徒たちが競い合うように手を上げる。
「んー、そうね。それじゃ、一つだと思う人挙手」
手を上げながら、セシルが言う。
「あい!」
と、シャノン一人が手を上げる。
「じゃ、二つだと思う人挙手」
「あいっ!」
またしてもシャノン一人だけが手を上げる。
「え、えーと……さっき一つに手を上げなかった? 二つに変えるの?」
「シャノン、かんがえた」
知的な雰囲気を出しつつ、シャノンは言った。
「ぜんぶにてをあげれば、せいかいかくじつ!」
一瞬の沈黙の後、どっと生徒たちが爆笑した。
シャノンは誇らしげに胸を張っている。
「え、えっとね、手を上げるのは一回にしようね」
セシルが優しく説明した。
「それじゃ、次。三つだと思う人挙手」
次々と手が上がる。
ほぼ生徒全員がそこで手を上げていた。
もちろん、シャノンも上げている。
「四つだと思う人挙手」
手を上げたのは、セミロングの女の子だ。
名はリコル。
髪も目も青く、大人しそうな雰囲気だった。
ちなみに、シャノンも手を上げている。
「それじゃ、正解は」
黒板に『炎熱大系』、『暗影大系』、『地鉱大系』という文字が現れた。
「この三つよ。アゼニア・バビロンは三種類の基幹魔法を研究していたの」
シャノンは不思議そうに頭を捻った。
「いじん12にんなのに、アゼニアがみっつか?」
「そう。いいところに気がついたわね。基幹魔法は十三大系。少し前まで十二大系で、それを開発したのが十二賢聖偉人。アゼニア・バビロンが三種類開発していると、十二賢聖偉人は10人のはずよね」
セシルは黒板に説明図を描いていく。
「誰か説明できる人?」
すっとアナスタシアが手を上げた。
「じゃ、アナスタシアさん」
「三種類の内、炎熱大系以外は共同研究でしたの。アゼニアは暗影大系と地鉱大系の基礎理論を構築し、二人の優秀な弟子に開発を任せたんですわ」
すらすらとアナスタシアは回答した。
「そうそう」
と、答えがわかっていた他の生徒たちがうなずいている。
「そうそう」
と、よくわかっていないシャノンもうなずいている。
「正解よ。リコルさんもわかったかな?」
「……で、でも」
青い髪の少女、リコルが言う。
「本当は四つだって……今の魔法史は間違いがあって、アゼニア・バビロンはもう一つ基幹魔法を研究していたって……」
困ったようにセシルが苦笑いを浮かべる。
「えーと、それは誰から」
「あり得ませんわね」
セシルの言葉にかぶせ、アナスタシアが鋭く言った。
びくっとリコルが体を震わせる。
彼女は萎縮したようにうつむいた。
「魔法史は選ばれた魔法史学者が研究の末に辿り着いた真理ですわ」
アナスタシアがそう断言すると、他の生徒たちも口々にしゃべり始めた。
「だよなぁ。うちの父様もそう言ってたし」
「俺もそう習ったぜ」
「誰に聞いたんだ? 親が魔導師じゃないんじゃないか?」
「変な嘘つくなよなぁ」
リコルは身を小さくする。
目には涙が滲み、今にも泣きだしそうだった。
「え、えっとね。魔法史には色んな説もあるから、先生も詳しく調べておくわね。それじゃ、次は自己紹介をかねて、簡単なレクリエーションをしよっか」
セシルは話題を切り替え、レクリエーションの説明を始めたのだった。
§ § §
ゴーン、ゴーン、と鐘の音が鳴る。
授業を終えたシャノンが元気よく教室を出る。
まっすぐ帰ろうとした彼女だったが、まるで知らない中庭に辿り着いてしまう。
「……まよた……!?」
どっちに行けば帰れるのか。シャノンはキョロキョロと辺りを見回す。
すると、すすり泣く声が聞こえた。
シャノンがその声の方向へ歩いて行くと、木陰にうずくまり泣いている女の子がいた。
リコルだった。
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