学力試験
――魔石病に冒された父は、お前に賭けると言った。
――失敗すれば父は死ぬ。
――だが、そのときの私は失敗のことなど頭になかった。
――自信があった。解き明かせる、と。
――複雑怪奇で、壮麗な、術式のパズルにようやく触れることができる。
――魂が震え、ワクワクが止まらなかった。
――夢から覚めたのは、魔石と化した父の亡骸の前。
――私が持っていたのは才能ではなく、傲慢さで、
――その驕りが、父を殺したのだ。
――だが……
――それでもなお、術式のパズルは鮮やかに輝いて見えた。
§ § §
つん、つん、とシャノンはギーチェをつつく。
彼は微動だにしない。
ゲゲゲゲー、ゲゲゲゲー、とシャノンはゲズワーズの真似をする。
やはり、ギーチェは反応しない。
シャノンはするりとギーチェの懐に潜り込み、ぬっと顔面を羊皮紙の前に持ってきた。
だが、それでもなおギーチェは思考にふけったまま、シャノンに反応を示さなかった。
(だでぃ、こわれた……!?)
緊急事態といったようにシャノンは大口を開けた。
彼女は「頭が回っていないときは、甘いものを食べるといい」という父親の言葉を思い出す。
そして、テーブルの皿にあったチョココロネを手にする。
「ふっかつ!」
ズボッとチョココロネがギーチェの口に入った。
すると、彼はシャノンをようやく認識したように、不思議そうな表情をたたえる。
「……? なにしてるんだ……?」
テーブルに寝転がりながら、シャノンもチョココロネを食べていた。
「だでぃ、なおたっ! ちょこころねのじつりきっ!」
食べかけのチョココロネを掲げながら、満面の笑みでシャノンが言う。
ギーチェは不可解そうに首を捻った。
§ § §
「――すまないな。昔からの悪い癖なんだが、どうも考え事をしていると周りが見えなくなる」
応接間。
ソファに腰掛けるギーチェが、自身の先ほどの状態を説明していた。
「シャノン、まえにいたよ? みみ、こわれたか?」
「壊れたわけじゃないんだが……沢山考えてたんだ……」
シャノンの頭の中に(たくさんかんがえる→こえきこえない→いっしょうけんめい)という考えがよぎる。
「えらい!」
「……いや、人の話が聞こえなくなるのは問題ではある……」
心苦しそうにギーチェが言う。
「じゃ、だでぃこわれたら、シャノンがまたチョココロネでふっかつする!」
任せて、といったようにシャノンは胸を張る。
それを見て、僅かにギーチェは微笑んだ。
「そうか。感謝する」
「だでぃ、なにかんがえてたの?」
ギーチェの隣で、シャノンが興味津々といった風に聞いた。
「……少しな……」
そう言いながら、深刻そうな顔でギーチェは羊皮紙に視線を落とす。
「すこし?」
ギーチェの顔をのぞき込むように、シャノンが聞く。
「シャノンは私に用があったんじゃないか?」
「あ!」
と、シャノンが思い出したように声を上げる。
「べんきょーおしえてっ。シャノン、ひゃくてんとりたい!」
「アインはどうした?」
「ぱぱ、すぐ×つけてくる。いじわる」
むー、とシャノンは不服そうだ。
「幼等部の学力試験は難しくはない。集中して試験を受ければ、今のシャノンでも十分に点がとれるだろう」
「しゅーちゅーってなあに?」
「シャノンは試験のとき、なにを考えてるんだ?」
すると、元気いっぱいにシャノンは言った。
「しけんすると、おなかすくでしょ。すーぱーほっとけーき、たべたくなるでしょ。まほうでつくりたいっておもうでしょ。どしたら、できるかなってかんがえる! はっぴょー! ばつ!」
シャノンは、両手を交差して×印をつくる。
「私も、子どもの頃はそうだった」
苦笑しながら、ギーチェは言う。
「だでぃ、ようとうぶのしけんうけたか?」
「ああ。問題を解くことだけを考えられるように努力した。それが集中だ」
「どうやったら、しゅーちゅーするかな?」
期待の眼差しでシャノンが問う。
「シャノンはどうして魔導師になりたいんだ?」
「かっこいい!」
「そうだな」
ギーチェが同意を示すと、シャノンは嬉しそうに笑った。
「それ以外にはあるか?」
うーん、とシャノンは考え込む。
「……あのね、これはないしょだよ?」
「ん? ああ、わかった」
「ぱぱ、がくいとれないでしょ」
「そうだな」
「だから、シャノンがとる! シャノン、がっかいではっぴょーする。ぱぱはすごいまどうし! すごいいじん! ぱぱはかんげき。なく!」
ギーチェは驚いたように目を丸くする。
それから、穏やかに微笑んだ。
「シャノンは大人だな」
すると、彼女はふふんと鼻を鳴らし、ピースをした。
「お・と・な!」
「ならば、それを思い出して、試験を頑張ろうと思えれば大丈夫だ」
「しゅーちゅーするかな?」
「間違いなくするだろう」
ギーチェははっきりと断言した。
「だでぃは、どうしてまどうし、なりたかったかな?」
「……私は……」
一瞬、ギーチェは言い淀む。
「だいじょうぶ。シャノン、ないしょマスター!」
口が堅いことをアピールするように、シャノンは自らの口を手で塞ぐ。
フッとギーチェは微笑む。
「私は魔法研究が好きだった」
「シャノンもまほーすき」
嬉しそうにシャノンは同意する。
「魔法は常に規則正しく、美しく、完璧な形で、そして想像すらしない未知を見せてくれる。だから、好きだったんだ。術式の形を考えるだけで、胸が躍った」
ギーチェは語る。
「だが、それだけで魔導師になる資格はない」
「どして?」
「魔法研究というのは危険と、ときに犠牲を伴う。犠牲を払い、なお研究が許されるのは、それ以上の成果を出せる人間だけ。才能のある人間だけだ」
重たい表情で、ギーチェは言う。
「私は犠牲を払い、失敗したんだ」
「……ませきびょうのけんきゅー?」
驚いたようにギーチェが振り向く。
「アインに聞いたのか?」
はっとして、シャノンは口元を両手で隠した。
(シャノン、なにもきいてない!)
そう彼女は目で訴えていた。
仕方がないといった風に、ギーチェは目を伏せる。
「……父という実験体がありながらも、私は失敗した。私以外が研究していれば、父は生きていたかもしれない。魔石病は不治の病ではなくなっていたかもしれない」
遠い目をしながら、ギーチェは言う。
「私は才能がなかった。だから、魔導師にはならず聖軍に入った。アインのように、才能のある魔導師の手助けをできればと思った」
シャノンは黙って聞いている。「ただ……」とギーチェは言った。
「こないだホルン鉱山で血聖石を見て、魔石病のことが頭をよぎった。そんなことからすら、連想してしまう。父まで犠牲にしながら、それでも、私はまだ研究のことを考えてしまう。業の深い」
ギーチェはその羊皮紙に視線を落とした。
魔石病のことが書き込まれていた。
「じゃ、けんきゅーしたら?」
シャノンがあっけらかんとそう言った。
「私は……もう失敗したからな」
「シャノン、テスト十五てん! もうひゃくてんなし?」
「頑張れば大丈夫だ」
「じゃ、だでぃもだいじょうぶ! シャノンがんばるから、だでぃもいっしょにがんばろう!」
ぐっとシャノンは拳を握り、満面の笑みで励ました。
ギーチェは目を丸くする。
それから、僅かに笑みを覗かせた。
「そうだな。では、一緒に勉強しよう」
「あい!」
ギーチェはシャノンに模擬テストの問題を渡す。それを彼女が解く傍ら、ギーチェは羊皮紙に魔石病のことを書き込む。
様子を見に来たアインが、邪魔をしないようドアの外で見守っていた。
「面倒くさい野郎だ」
そうぽつりと呟いて。
§ § §
三日後、シャノンは試験を受ける。
相変わらず散漫になりがちな意識を、ギーチェのアドバイスを思い出しながらつなぎ止め、どうにか試験に集中する。
そして、その後日――
一枚の封書が古城に届いたのだった。
それを読んだアインが言う。
「シャノン。合格だ。よくやった」
「おうごんのしゅーちゅーりょく!」
満面の笑みでシャノンは両手を上げる。
ギーチェと身長が合わないのを察して、アインは彼女を持ち上げた。
シャノンとギーチェは嬉しそうにハイタッチを交わしたのだった。
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