試験前
ホルン鉱山。
ドガガガガガガと削岩する音が響いている。
アナスタシアのゴーレム、《削岩採掘人形》が鉱床から魔石を採掘しているのだ。
合計四体の《削岩採掘人形》が稼働していた。
「なるほど。これが《削岩採掘人形》か。いい魔法だな」
採掘するゴーレムを観察しながら、アインが言う。
「当然ですわ。この《石姫》アナスタシアが開発したんですもの」
魔法を使いながら、アナスタシアが優雅に微笑む。
ご満悦だった。
「ぱぱも、《でぃもてぃ》つかえる?」
シャノンがふと気がついたように尋ねる。
「覚えればな。オレの習得魔法じゃ、《削岩採掘人形》まで少し遠い」
「なぜにとおいかな?」
「一つの魔法は、複数の魔法の組み合わせで成り立つ」
シャノンに説明するため、アインは羊皮紙に書き込んでいく。
「単純なゴーレムを作るのが《石人形》の魔法だ。シャノン、ゴーレムの特徴はなんだ?」
シャノンはうーんと考える。
そして、ギーチェが戦った《魔磁石傀儡兵》を思い出す。
「いわでできてる」
「そうだ。つまり、石や岩を生成する術式が必要になる。それが《生成石》の魔法だ」
そう口にして、アインは羊皮紙に《生成石》の魔法陣を書き込んだ。
「他には?」
「ひとのかたちしてる」
「あれは術者が岩石を変形させている。《岩石変形》の魔法だ」
羊皮紙に《岩石変形》が書き加えられる。
「他にあるか?」
「つおい!」
「強いのは結果だ。強いためにはなにが必要だ?」
「ぱんちする」
シャノンがしゅっとパンチを繰り出す。
「それだ。つまり、変形させた岩石を操る魔法、《人形操作》だ」
羊皮紙に《人形操作》が描き加えられる。
アインは《生成石》、《岩石変形》、《人形操作》、三つの魔法陣をぜんぶ内側に収める大きな魔法円を描いた。
「この三つの術式を利用するのが、最も基礎的なゴーレムを作る《石人形》の魔法陣。もちろん、これには《石人形》専用の術式もある」
アインは《専用術式》と書いた魔法陣を描き足した。
「これで完成だ」
更に《石人形》の魔法陣の隣に、アインは別の魔法陣を描き足していく。
「《削岩、《魔石探知》、《金属探知、《採掘管理》、専用術式」
合計六つの魔法陣を、アインは更に大きな魔法陣で覆う。
「これが《削岩採掘人形》だ」
「まほうたくさん」
シャノンが手を大きく広げる。
「目的の魔法を習得するためには、その前にいくつか魔法を習得する必要があるが、複雑な効果を発揮する魔法ほど、必要な魔法の数が多い。だが、この工程をすっ飛ばすことができるものがある」
シャノンが意気揚々と手を上げた。
「ぱぱ!」
「なにを言ってるのよ……?」
アナスタシアが白い目でシャノンを見る。
「確かに天才なら、魔法の習得は早い。正解だな」
「なにを言ってますの……?」
アナスタシアが更に白い目でアインを見た。
「じゃ、天才以外ならどうする?」
すると、シャノンははっとして、《加工器物》の歯車を取り出した。
「きこうまほうじん!」
「正解だ。というわけで、《石姫》。《削岩採掘人形》の器工魔法陣を作ってくれ」
「構いませんけれど、何体ですの?」
「100体だ」
「100っ!? 却下ですわ、却下っ! 過労死しますわっ!」
「作ってくれたら、ゲズワーズを見せてやるぞ」
ピクッとアナスタシアが興味を示した。
「ゲズワーズ……?」
§ § §
湖の古城。地下大空洞。
そこに修理中のゲズワーズがあった。
「わぁ……」
と、アナスタシアが歓喜の表情でそれを見つめている。
「ど……どうしてあなたがゲズワーズを所有していますの?」
「オレの歯車大系を盗むために、ゲズワーズを使ってきた馬鹿がいた。魔法省にオマエらの仕業じゃないかと問い合わせたが、魔法省のゲズワーズは紛失していないとの回答があった」
「でも、ここにあるでしょ?」
シャノンが不思議そうに言う。
「魔法省がゲズワーズで新魔法を盗もうとしたなんてことがわかれば大問題だ。なかったことにしたいんだよ。つまり、これはただのダークオリハルコンだそうだ。幸い壊れてるしな」
「ぱぱ、なおしてる」
「ダークオリハルコンはそう簡単には手に入らん。完全には修理できないと思ってるんだろ」
アインとシャノンの会話は聞こえていないのか、アナスタシアは魔眼を光らせ、ただただゲズワーズを見つめるばかりだ。
(アゼニア・バビロンの傑作だからな。オレも穴が空くほど見た)
と、アインは微笑む。
「もっと近くで見ていいぞ」
「本当ですのっ!?」
「修理中だから気をつけろ」
こくりとうなずき、アナスタシアはゲズワーズに向かって走って行く。
「シャノンもいくっ!」
「オマエは勉強だ」
シャノンの肩をアインがつかむ。「いーくー」とシャノンはぐるぐる腕を回しながら、前へ進もうとするが、アインはびくともしない。
「学力試験は三日後だぞ。今日の模試は何点だった?」
「いっぱい」
「十五点だ」
「シャノンのやるきをたして、300てん!」
「勝手に足すな」
呆れたようにアインが言う。
「シャノン、やるきたしたいです!」
「そういうことじゃない」
手を挙げて申告してきたシャノンに、ピシャリとアインは言った。
「とにかく、試験範囲は一通り教えたし、理解はしている。真面目に問題に取り組めば点は取れるはずだ。試験のコツを教えてやるから……」
「ぱぱ、すぐ×つけていじわるだからやだっ」
ぷいっとシャノンがそっぽを向く。
「間違えたら×なもんはしょうがないだろうがっ」
アインの理屈は、しかし娘に届かず、「むー」とシャノンは膨れている。
「だでぃにおしえてもらう」
そう口にして、シャノンが走り出す。
「ちょっと待て、シャノン」
シャノンは止まらない。
「待ったら、ホットケーキを焼いてやる」
ピタリとシャノンが立ち止まり、よだれ垂らしながら振り向いた。
「ギーチェに教えてもらうのはいいが、一つ約束だ。あいつに魔法研究をしているかは聞くなよ」
シャノンが不思議そうに首をかしげる。
「どーして?」
「ギーチェは昔、ある魔法病の治療法を研究していた。父親がその病気にかかっていたからだ」
シャノンは以前にギーチェから聞いた話を思い出す。
「ませきびょう?」
「……ギーチェから聞いたのか?」
驚いたようにアインが聞く。
シャノンはこくりとうなずいた。
「ぱぱは、おおばかやろうっていってた」
「あいつはな、未だに魔石病の治療法を見つけられなかったことを悔やんでるんだ。父親を殺した自分に、魔法研究をする資格はないって思ってやがる。オレが学位をとれなかったことまで、自分の責任にしてな」
アインが言う。
「自分以外の誰かが魔石病の研究をしていれば、なんて馬鹿なことを考えて、魔導師にならず、聖軍に入った」
「……でも、だでぃのけんきゅう、うまくいかなかったって……?」
「あいつは間違っていない。ただ、途中だっただけだ」
そうはっきりとアインは断言した。
「今もまだな。あいつは周囲の雑音に振り回される面倒くさい奴なんだ。しばらく、一人で考えさせてやった方がいい。今言ったことも内緒だ。いいな?」
「あい!」
シャノンは大きくうなずいた。
§ § §
応接室。
ドアを開き、シャノンが飛び込んでくる。
「だでぃ、べんきょうおしえてほしいっ」
シャノンが大声でそう訴えたが、ギーチェから返答はない。
彼は目の前に広げた羊皮紙を睨み、じっと考え込んでいる。
「だでぃ?」
シャノンがギーチェの目の前に顔を出したが、やはり反応しない。
まるでシャノンが見えていないかのようだった。
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