血聖石
「で?」
アインは男の目の前でしゃがみ込み、鋭い視線を向けた。
「シャノンを狙ったのはオマエ一人か? 他に仲間は?」
「それ、は……がぁっ……!」
男が吐血する。
同時にアインは男に魔法陣を描いていた。
「《仮死凍結》」
胸に触れたアインの指先から、徐々に男の体が凍結していく。
「魔力を使うな。オマエを凍らせて仮死状態にする。致死性の呪毒でも、数時間は持つだろう。その間に解毒する」
男は震える唇で言った。
「無駄、だ……」
「それはオレが決める。仕掛けられた呪毒魔法の種類はわかるか?」
「《寄生呪毒花》と《呪炎炭化》……後は知らん……」
アインは表情を険しくする。
(呪毒魔法の重ねがけか。ギーチェの専門だな。凍結させた後に一旦戻るか。だが、その前に……)
アインは左手で魔法陣を描く。
「《解毒除草火》」
彼は左手の人差し指と中指を立てる。そこに炎のメスが構築された。
(即効性の《寄生呪毒花》と凍結を妨げる《呪炎炭化》を解呪・解毒する。まず《寄生呪毒花》からだ。種を植え付けられたのは七、いや、八カ所か)
アインは魔眼にて、《寄生呪毒花》の寄生位置を見抜く。
心臓の位置に植えられた《寄生呪毒花》に、《解毒除草火》のメスを突き刺した。
ジュウッと体内で呪毒の種を焼き切っていく。
「まずは一つ」
二つ目。頭部に植え付けられた呪毒にアインがメスを向けようとしたそのとき、彼はなにかに気がついたようにはっとした。
反射的に飛び退き、男の頭上に魔法障壁を張った。
直後、坑道の上部を突き破り、燃えさかる炎光が降り注ぐ。魔法障壁を一瞬で破壊して、男の体を焼き尽くした。
後に残ったのは炭だけだ。
アインは険しい表情で、頭上を見上げた。
魔法砲撃で空けられたどでかい穴からは空が見える。
遙か上空に人影が浮かんでいた。
その位置から鉱山を撃ち抜き、男を焼いたのだ。
並の術者ではない。
「次はオマエが相手か?」
応答はない。
上空の人影は消え去っていった。
(後始末にきただけか……)
§ § §
ホルン鉱山、魔導工房。
「なんですの、いったい……」
魔法球を覗きながら、アナスタシアは言葉を漏らす。
そこには何体ものゴーレムを切り伏せたギーチェの姿が映っていた。
「盗人ごときが、わたくしのゴーレムをすべて斬るなんて……」
信じられないといった風にアナスタシアは彼を見つめる。
「《逢魔》。本当にあれは聖軍じゃありませんの? 《逢魔》……?」
アナスタシアが《魔音通話》で話しかけるも、応答はない。
「――ギーチェは正真正銘、聖軍の部隊長だぜ。オマエの仲間は《逢魔》を騙ってただけだ」
聞こえてきた声の方向に、アナスタシアは振り向く。
入り口にいたのはアインである。
彼はアナスタシアを見た後、すぐに不可解そうな表情を浮かべた。
「……オマエ……《石姫》か?」
「なにを白々しい。わたくしの研究を盗みにきたんでしょうに」
「こないだ会っただろ。魔導学院の面接試験のときに」
「えっ?」
驚いたようにアナスタシアはマジマジとアインの顔を見る。
続いて、彼女は魔法球に映っているギーチェとシャノンを見た。
「見覚えがありますわ……」
「で、オマエの仲間が本物の《逢魔》だってのはどう確かめたんだ?」
「…………」
気まずそうな顔でアナスタシアはうつむいた。
§ § §
「お、お父様には、お父様にだけはおっしゃらないでくださいませっ! 禁呪研究に加担しただなんて知られたら、お尻ペンペンされてしまいますわっ!!!」
アナスタシアが切実な表情で訴える。
そう言われても、といった風にアインとギーチェは首を捻った。
「どうするんだ?」
と、アインがギーチェに問う。
「未就学の子どもが騙されてやったことだ。聖軍でも、せいぜい厳重注意だろう」
「お尻ペンペンぐらいはいるだろ。またやらかすぞ」
アインが率直な意見を述べる。
「なっ!? ぐらいですって!? お尻ペンペンで命を失うことだってありますのにっ!?」
「そんな暴力はお尻ペンペンとは言わん」
アインが素早く否定する。
「なんていうかな?」
純粋な疑問だったか、シャノンが聞く。
一瞬、アインは考えて、
「ギーチェ」
ギーチェに丸投げした。
彼は自分が答えるのか、といった表情を浮かべる。
さっさと答えろといった目でアインが促す。
シャノンの期待のまなざしがギーチェに突き刺さり、彼はお茶を濁すことはできなくなった。
「お、お尻デュクンデュクンだ!」
「真面目な話ししてもいいか?」
最初からしろ、と言わんばかりにギーチェが睨んでくる。
「連中はシャノン……子どものことについて、なにか言っていたか?」
アインが問う。
シャノンが後ろで「お尻デュクンデュクン」とお尻を叩くフリをしている。
「《逢魔》が一度、子どもがどうのと言っていた気がしますけども、研究には関係ありませんし、気にしてませんでしたわ」
アナスタシアが回答した。
「その《逢魔》はどこだ?」
ギーチェが聞く。
「オレが相手をしたが、仲間が後始末をしていった」
アインが答える。
「……《白樹》の魔導師なら、よくあることだ。一人捕まれば芋づる式だからな」
「《逢魔》だけが、シャノンを狙っていたんならいいんだがな」
「その可能性も十分ある。《白樹》は個人主義の魔導師たちの寄せ集めだ。同じ研究をしているわけではない」
アインは考え、そしてアナスタシアに問う。
「ここで、どんな禁呪を研究していた?」
「それですわ。禁呪かどうかはわかりませんけれども」
アナスタシアが魔導工房の中心を指す。
そこには、赤い石が置かれていた。
「魔石か」
アインが呟く。
「ええ、血聖石という種類だそうですわ。従来の魔石の何十倍というマナが秘められていますの。ただ精製やマナの抽出が難しくて、その研究をしていたんですわ」
「どこまで進んだ?」
ギーチェが問う。
「全然ですわ。いくつか仮説は立てましたけれど、実験はまだまだ初期段階ですの」
「《石姫》にできないとなると、相当な代物か」
アインが言う。
「いしひめ、すごいか?」
不思議そうにシャノンが尋ねた。
「魔石研究の分野じゃ、五本の指に入るだろうな。この年で、魔導学界の至宝と呼ばれるほどだ」
「てんさい……!?」
シャノンが憧れの目でアナスタシアを見つめた。
それを受け、彼女はご満悦に微笑んだ。
「それほどでもありませんわ」
「それに、こんなに騙しやすい天才もいない」
「それほどでもありませんわ」
アナスタシアは涙目で肩を落とす。
「奴らはこの魔石でなにをしてようとしていた?」
ギーチェが問う。
「聞いていませんわ」
「些細なことでもいい。思い当たることがあれば、教えてくれ」
「そう言われても、魔石以外に興味はありませんもの」
口にした直後、「あ」とアナスタシアは声を上げた。
「そういえば、一つ気になることがあるのですけど」
アナスタシアは赤い魔石に視線を向ける。
「血聖石はこの鉱山から採れたものではありませんわ」
ギーチェが表情を険しくする。
「なぜわかる?」
「山を見れば、どんな石が採掘されるかぐらいはわかりますわ。それと、現在発見されている鉱山にはこの血聖石と組成が似た石すらありませんわね」
「確かか?」
「ええ。《石姫》の誇りにかけて」
余程の自信があるのだろう。アナスタシアはそう言い切った。
「《白樹》は未知の鉱山を所有しているってことか」
アインがそう口にすると、ギーチェはうなずいた。
「血聖石は聖軍で調べよう。《白樹》の拠点も探しやすくなる」
「じゃ、あとは……《石姫》、この鉱山の価値はどのぐらいだ?」
アインが聞く。
「まあまあね。位階評価で、九といったところかしら」
「よし。ギーチェ、約束通りここはオレが買い取る。すぐに手続きを進めてくれ」
「すぐに? 金はあるのか?」
ギーチェが怪訝な表情で聞いた。
「ない」
「おい……」
「聖軍に金を借りたい。基幹魔法の開発者で金持ちにならなかった魔導師はいない。恩を売らせてやる」
ギーチェの表情が無になった。
また無茶を、とでも言いたげだ。
「総督に聞いてみる」
「《石姫》、採掘を手伝え」
「はぁっ!? どうしてわたくしがそんなことをっ!?」
嫌がるアナスタシアに、アインは言った。
「擁護してやってもいいぞ。オマエは騙されてただけだってな」
うっと彼女は言葉に詰まる。
背に腹は代えられないといった調子で、彼女は言った。
「お尻ペンペンをなしにできますの……?」
ふっと優しげにアインは笑う。
「任せろ」
アナスタシアが安堵した表情を見せる。
シャノンが言った。
「でも、ぱぱ、かわりに、おしりデュクンデュクンする!」
「命を失いますわぁぁーっ!!」
アナスタシアの絶叫がホルン鉱山に響き渡った。
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