逢魔
ホルン鉱山。坑道。
周囲を警戒しながら、アインは奥へと走っていた。
ふと彼はなにかに気がつき、足を止める。
魔眼を向けたその方向に、黒ずくめの男が立っていた。《逢魔》だ。
距離は10メートルほど。
すでに男は剣を抜き、臨戦態勢だ。
「一つ聞くが」
アインは問う。
「オマエら、《白樹》だろ。なぜシャノンを狙う?」
「とぼけるのはよせ、歯車大系の祖よ」
男は言った。
「なにも知らずにあの娘を引き取るはずもない。貴様こそ、あれを奪ってどうするつもりだ?」
アインは表情を険しくした。
(奪った? ……シャノンを狙ったのは確定か)
アインは目の前に六つの魔法陣を描く。
「なんのことだが知らんが」
アインが手を振り切れば火の粉が散り、六発の《魔炎砲》が発射された。
「オレの娘に手を出すなら、ただではすまさん」
押し迫った炎弾を、黒ずくめの男は飛び退いてかわす。
フン、と彼は鼻を鳴らす。
「図に乗るなよ、工房にこもりっきりの魔導屋が。研究と実戦の違いを教えてやろうぞ」
「《魔炎砲》」
高速で迫ってくる《逢魔》に対して、アインは的確に炎弾を放っていく。
対術距離ならいざ知らず、10メートルも離れていれば魔導師の間合いだ。近づくことは容易ではない。
アインはまるで試験の問題を解くように、正しい位置へ魔法砲撃を撃ち続ける。
男の獲物が剣である以上、接近しなければ意味をなさない。
だが、隙のない魔法砲撃を前にして、逆に男は後退を余儀なくされた。
(手練れだな……この距離で一方的に砲撃されて、捌ききる戦士はそうそういない)
押しているのはアインだが、彼は冷静に敵の力を分析していた。
(だが――)
炎弾を避けた男が、はっと地面を見た。
外れた《魔炎砲》が、炎の線を描き、男を取り囲む魔法陣を形成しているのだ。
「《地鉄牢獄》」
燃えさかる炎の魔法陣から鉄が生まれ、柱と化す。
柱と柱をつなぐように何本もの鉄の棒が伸びて、男を閉じ込める魔法牢獄が完成した。
ざっと《逢魔》は周囲を見回すが、逃げ場は完全に塞がれている。
「オマエを聖軍に突き出す前に、シャノンのことを教えてもらおうか」
《地鉄牢獄》越しにアインが睨む。
「炎は鉄を鍛える。炎熱大系から地鉱大系への魔導連鎖。さすが魔導屋、教科書通りだな」
《逢魔》が言う。
魔法大系には、それぞれ相性が存在する。
炎は鉄を鍛えることから、地鉱大系は炎熱大系と相性が良い。炎を用いて魔法陣を描くことにより、地鉱大系の魔法は一段位階が上がる。
本来、第三位階魔法である《地鉄牢獄》が、第四位階魔法に引き上げられるのだ。
発動速度や消費マナはそのままに、効果が段違いになる。
これを魔導連鎖という。
「だが、教科書だけでは実戦を生業とする本物の魔導師には勝てない」
《地鉄牢獄》に閉じ込められたにもかかわらず、男はまるで動じていなかった。
「魔導屋。《逢魔》を知っているか?」
男は剣を構える。
無論、その位置ではアインを斬れるはずもない。
「伝説の傭兵。魔術士は決して出会ってはならぬ鬼門。私が――」
《逢魔》はその場で剣を振るう。
風の刃が吹きすさび、《地鉄牢獄》をバラバラに切断した。
「《逢魔》だ」
間一髪のところで後退し、風の刃を避けたアイン。
魔眼を光らせ、《逢魔》を見据える。
荒れ狂う風が、彼を中心に立ち上っていた。
「《嵐従風刃魔導竜巻》」
男が剣を突き出せば、それに付き従うように風の刃がアインを襲う。
彼は魔法障壁を張り巡らせるも、構わず《嵐従風刃魔導竜巻》は吹きすさび、瞬く間にそれを切り刻んだ。
魔法障壁は原型を残したが、破壊されるのは時間の問題だ。
「剣を手にしていれば、封剣だと思うのがセオリーだ」
勝ち誇ったように《逢魔》は言う。
「魔術士は対術距離を嫌い、敵に近づかせない戦術をとる。相手が魔術士であっても、封剣を握れば、魔法が使えないからだ」
つまり、封剣を握った敵は近づけさえしなければ怖くないのだ。
「だが、封剣が偽物だとすれば、ただ相手に大魔法を使う猶予を与えたことになる」
ピシィ、とアインの魔法障壁に亀裂が走った。
「これが実戦だ、魔導屋」
風の刃が更に勢いを増し、アインの魔法障壁が砕け散る。なおも、その疾風はアインに押し迫った。
瞬間、彼は魔法陣を描く。
「《嵐従風刃魔導竜巻》」
放った魔法は《逢魔》と同じもの。
目前にまで迫った風の刃に、アインは風の刃を勢いよくぶつける。突風が周囲に吹きあがり、両者の魔法は消滅した。
(相殺された……!? 魔法障壁を使いながら、私と同じ魔法を準備していたというのか……?)
「だが、こっちは二発目の準備がすでに――」
《逢魔》が魔法陣を仕上げ、そこに魔力を込める。
瞬間、彼は魔眼を見張った。
「《嵐従風刃魔導竜巻》」
《逢魔》が次の魔法を撃つよりも遙かに早く、アインは魔法を放っていた。
(早すぎる……!? 第九位階魔法だぞ……!)
咄嗟に魔法障壁に切り替えた《逢魔》だったが、アインの《嵐従風刃魔導竜巻》はそれを斬り裂き、男の体を吹き飛ばす。
「ぐ、ああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ドゴォォッと岩壁にぶち当たり、男が崩れ落ちる。
全身は切り刻まれ、内臓にも損傷を負っているだろう。
すぐに立ち上がることは不可能だ。
「なぜ《逢魔》は夕方以降しか現れないんだ?」
男の前まで歩いて行き、アインが問う。
「…………?」
疑問の表情で《逢魔》はアインを見た。
「その方が魔眼を欺きやすい……」
「違う。昼間は仕事があったからだ。《逢魔》は魔法研究の費用を稼ぐためのパートタイムだった」
ようやく気がついたように、男ははっとした。
「まさか、貴様……?」
「正体を隠してたのは、魔法省が副業禁止だからだ。次に名を騙るときは、気をつけろ」
観念したように男が目を閉じる。
そうして、自嘲気味に言った。
「……あの魔法の発動速度……確かに魔術士の鬼門だな……」
一瞬目を丸くした後、はっ、とアインはその言葉を笑い飛ばした。
「十分、理論値の範囲内だぜ」
当然といった表情でアインは言う。
「禁呪に手を出す前に、もっと基礎を研究するんだな」
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