ホルン鉱山
王都アンデルデズンから西方、ホルン鉱山。
アイン、ギーチェ、シャノンは木陰に隠れながら、鉱山の入り口に視線を向けていた。
「おやまにあなあいてるっ!」
鉱山を初めて見たシャノンが、驚いたように声を上げる。
彼女は青い目をまん丸にし、興味津々の様子だ。
「魔石やミスリルが採れるのは鉱山の中だからな」
アインが言う。
シャノンの頭には、山の中心にキラキラ光る魔石やミスリルが光景が浮かぶ。そこに悪い奴らがいるのだと彼女は思った。
「じゃ、あなのなかはいって、わるいやつやっつけて、こうざんせしめる?」
「そうだ」
と、アインが肯定すると、
「せしめるんじゃない。接収だ。聖軍は山賊じゃないぞ」
そうギーチェが苦言を呈す。
「で、中にいるのは何人ぐらいだ?」
「四、五人だ。確認できた範囲ではな」
「二つ名持ちは?」
「《逢魔》がいるという情報を入手した」
「なにっ?」
珍しく驚いた顔でアインが振り向く。
「おうまってなあに?」
シャノンが不思議そうにギーチェに聞く。
「伝説の傭兵。魔術士は決して出会ってはならない鬼門と言われている。夕方以降にしか現れないことから、そう呼ばれた。顔や経歴など、その殆どが謎に包まれている」
「ぱぱより、つおい? シャノンのてだすけいる?」
父親を心配したのか、シャノンがそう聞いてくる。
「どうなんだ?」
と、含みを持たせてギーチェがアインに顔を向ける。
「心配するな。オレより強いということはありえん」
父親の答えを聞き、シャノンは安心したように笑顔になった。
「しょうり!」
と、彼女は拳を突き上げている。
「《逢魔》の情報を流してきたのは、聖軍を牽制する狙いか?」
「恐らくな。目をつけられたことに気がついたんだろう」
アインの推測に、ギーチェは同意を示す。
「大体わかった」
アインは立ち上がり、堂々と鉱山の入り口へ歩いて行く。
ギーチェとシャノンは後ろに続いた。
「研究内容を押さえればいいんだろ?」
「ああ。できれば、魔導師の身柄も押さえたい」
三人は鉱山の中へ入っていった。
§ § §
ホルン鉱山内、魔導工房。
「あら?」
幼い少女の声が響き渡る。
「魔力反応が三つ。お客様かしら?」
「招かれざる客だ。我らの研究に興味があるらしい」
黒装束を纏った男がそう言った。
鋭い目つきをしており、ただ者ならぬ雰囲気を発している。
腰には剣を下げていた。
「そう、物騒なことね。大丈夫ですの、《逢魔》?」
「ただちに排除する。是非、お力添えをいただきたいのだが?」
「仕方ありませんわね。よろしくってよ」
金髪の縦ロールを優雅にかきあげ、少女は言った。
「この《石姫》アナスタシアの研究を盗もうだなんて、躾のなってない犬もいたものだわ」
§ § §
アインたちは警戒しながら、坑道を進んで行く。
明かりはあるが、薄暗い。人の気配がしなかった。
やがて、分かれ道に出た。
それを一瞥するなり、アインは言う。
「シャノン、ここでギーチェと待っていろ」
「おい……」
「シャノンもいきたいっ!」
素早くシャノンが足にしがみついてくる。
アインは諭すように言った。
「いいか? ここを押さえておかなかったら、悪い奴らに逃げられるかもしれない」
左右の道の両方ともが裏でつながっていたとしたら、アインたちがどちらを選んでも反対側の道から逃げられてしまう。
敵の逃げ道を塞ぐためには二手に分かれるのが最善だ。
「重要な仕事だ」
「じゅうようなしごと……!」
シャノンは目をキラキラと輝かせ、意気込みをみせる。
「まかされた!」
「一人で行くのは危険だ。逃げられるかもしれないが、三人で動いた方がいい」
ギーチェが言う。
「逃がせば、またシャノンが狙われる」
「それはそうだが……おいっ」
ギーチェの制止にまるで耳を傾けることなく、アインは右の道へ走り去っていった。
はあ、と彼はため息をつく。
「だでぃ」
シャノンの声に、ギーチェは振り向く。
「キラキラのいわ!」
シャノンが大きく腕を広げる。
その後ろには、光を反射する岩壁があった。ギーチェはそこまで歩いていき、魔眼を光らせる。
「私の専門ではないが……魔石とミスリルの鉱床だろう」
「こうしょー?」
「魔石とミスリルがここに集まっているということだ」
「けんきゅーしほうだい!」
シャノンは楽しそうに、羽ペンでなにやら書き込んでいるフリをする。アインの真似だろう。
ギーチェは改めて鉱床を見つめ、そして訝しげに首を捻った。
(妙なことだ。鉱山を入手しておきながら、これほどの鉱床を採掘しないとはな)
魔石やミスリル以外になにか狙いがあるのか。ますます《白樹》の魔導工房である可能性が濃厚だ。そうギーチェは思った。
と、そのとき、なにかが崩れる音がした。
坑道が振動している。
否、目の前の鉱床が動いているのだ。
「シャノンッ!」
鉱床が腕の形に変化して、ぬっと突き出される。
ギーチェは咄嗟にシャノンを抱きかかえ、その場から飛び退いた。
着地した彼は抜刀する。
岸壁を崩しながら、そこに現れたのは岩の人形――ゴーレムである。
『あら? 魔導師じゃないのかしら?』
ゴーレムから、アナスタシアの声が響く。
『今すぐ出て行くなら、見逃して差し上げますわ。刀で岩を切れないのは、学のない盗人でもおわかりになるでしょう?』
「拒否する」
刀を構えたまま、ギーチェは短く答えた。
「そ、愚鈍だこと――」
ゴーレムが勢いよくギーチェに襲いかかる。
「お体に教えて差し上げますわ」
両腕でつかみかかってきたゴーレムに対して、ギーチェは刀を上段から振り下ろした。
衝撃が岩壁に走る。
堅い岩のゴーレムがまるでバターでもスライスするかのように、真っ二つに斬り裂かれた。
『な……うそ………!!』
思わず漏れた声から、アナスタシアの動揺が伝わってくる。
油断なく刀を構えたまま、ギーチェは言った。
「私は聖軍総督直属、実験部隊黒竜隊長ギーチェ・バルモンド。当鉱山の所有者には禁呪研究の嫌疑がかけられている。ただちに武装を解除し、鉱山を明け渡せ」
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