表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/68

魔法の練習


 王都アンデルデズン。湖の古城前。


「おおぉ……!」


 青い瞳を輝かせ、シャノンは感嘆の声を上げた。

 目の前には湖があり、中心の島に古城が建っていた。


「おしろのいえ……!」


「安い古城を買い取った。今日からオマエの家だ」


「シャノンのいえっ? これ、ぜんぶっ?」


 大きく両手を広げて、シャノンは言った。


「そうだ」


「おうさま、なれる!」


 シャノンは古城へ向かって駆け出し、湖の畔でピタリと止まる。


 キョロキョロと不思議そうに辺りを見渡している。あるべきはずのものがないのだ。


「橋はないぞ」


 その脇を通り過ぎ、アインが湖の上を歩いていく。足は沈むことなく、水面に浮遊していた。


「シャノン、うけない……!」


「心配するな。身内は浮く」


 アインがそう言うと、シャノンは湖の畔に上半身を残しながら、恐る恐るといった風に片足で水面をちょこんと突く。


 水の中に足が入ってしまうことなく、魔法の力でふわりと浮かぶ。


「シャノン、うく!」


 ぱっと表情を輝かせて、シャノンは水面にうつぶせになった。

 まるで空を飛んでいるように、両手をピンと前に伸ばしている。


「早く来い」


 城の扉を開きながら、アインが言った。



   § § §



 湖の古城。エントランス。

 

「オレはアイン・シュベルト。オマエは今日からシャノン・シュベルトだ」


「シャノン・シャベリテ!」


 シャノンが脳天気な笑顔で、堂々と間違えた。


 疑うようにアインは彼女を見た。


「……。……オレの名前は?」


「ぱぱ!」


 ビシィッとシャノンは得意気にアインを指さす。


「パパはアイン・シュベルト。魔法省第一魔道工房の室長です。言ってみろ」


「ぱぱはシャベル、まほうしょてんで、いちばんひつようだとおもいます!」


 こいつはダメだ、といった表情でアインは引き取ったばかりの我が子を見た。


 一方のシャノンは完璧に言い切ったつもりなのか、自信満々に胸を張っている。


「最初に言っておくぞ。オマエを養子にしたのは研究のためだ」


「けんきゅう?」


「うちの所長はド変人の博愛主義でな。魔力持ちの孤児を引き取って魔導師に育てろとのお達しだ。そうすれば、オレの馬鹿な研究を続けてもいいってな」


「ぱぱのけんきゅうは、ばか?」


 素直にシャノンが聞く。


 それが禁句だったか、途端にアインはわなわなと肩を震わせ、鬼のような形相で言った。


「……あいつらが無能すぎて理解できねえんだよ……! 言っておくがオレは天才だぞ。いや天才なんて生ぬるいもんじゃねえ。魔法史に名前を残す偉人じゃねえのっ! それが成功するかわからない? はー! わからないから研究してるんだが!」


 ほえー、とシャノンは突如紛糾したアインを見上げている。


 気を取り直したように、彼はしゃがみ込んで娘と視線を合わせた。


「つまり、オマエには立派な魔導師になってもらうってことだ。わかるな?」


「まじゅつしなる」


 元々興味があるのか、いきなり言われたにもかかわらず、シャノンはやる気を見せる。


「魔導師だ」


 と、アインは訂正した。


 シャノンは疑問を両目に貼り付け、ぱちぱちと瞬きをした。


「魔術士は魔法を使うだけだろ。魔導師は魔法の産みの親、つまり研究者だ」


 閃いたといったようにシャノンは表情を明るくする。


「まどうしのが、えらい」


「その偉い魔導師に必要なものがなにかわかるか?」


「かしこい?」


「そうだ。言われたことは一回で覚えろ。馬鹿な娘は不要だ」


 無表情でアインは冷酷無慈悲に告げる。


「パパはアイン・シュベルト。魔法省第一魔導工房室の室長です。言ってみろ」


 天真爛漫な笑みでシャノンは指を一本立てる。


「ぱぱは、すごいまどうし。おうとでいちばん」


 ギロリ、とアインは鋭い視線を飛ばし、右手を上げる。


 そのまま右手を前へ出し――そしてシャノンの頭を撫でた。


「よし。わかってるな。それが一番大事なことだ」



   § § §



 エントランスを通り過ぎ、アインは廊下を歩いていた。

 その後ろをシャノンがついていく。


「中を案内する。オマエの部屋を選べ」


 まずアインは書斎にシャノンを案内した。


 古い蔵書が本棚にぎっしりと詰まっている。


 木造の机と椅子があった。


「ここが書斎」


 本は好きに読んでいいことなどを説明した後、アインはまた別の部屋に移動した。


 金の刺繍が入った絨毯が敷かれている。


 数脚のソファとローテーブルがあり、天井にはシャンデリアが備えつけられていた。


「応接間だ」


 一通りシャノンに部屋の中を見せた後、再び移動する。


 様々な部屋をアインは案内していくが、シャノンは楽しそうに見物するばかりで、自室を決める気配はない。


 やがてやってきたのは、だだっ広い一室である。


 天井が高く、一〇〇名は入れそうだ。

 テーブルクロスのかかった丸いテーブルがいくつも置いてあった。


「バンケットルーム」


 シャノンは楽しそうに走り回っていた。


「まだ決まらないのか?」


「あっちは?」


 シャノンは廊下の奥の方にある扉を指さした。


「ああ」


 アインが歩き出す。


 二人がやってきたのは、城の中でも一際は豪奢な造りの一室だ。


 縦長の部屋の向こう側には、荘厳な玉座があった。


「玉座の間だ」


「かっこいいイス!」


 駆け出したシャノンは、嬉しそうに玉座に座った。


 そのときだ。


『触るな』

 

 おどろおどろしい声とともに、シャノンの首筋になにかが触れる。

 

 彼女は震え上がって玉座から立ち上がり、逃げるように走ってアインに抱きついた。


「へんなこえした!」


「変な声じゃない」


 玉座の後ろに現れた不気味な幽霊を見ながら、彼は平然と言ってのけた。


「低級ゴーストだ」


 シャノンはがたがたと肩を震わせる。


「心配いらん。古い城にはつきものだ。うちは魔法研究をやってるからな」


 アインはそう説明したが、シャノンは大きく口を開き、怯えきった目で低級ゴーストを見つめている。


「害はないぞ。触ってみろ」


 低級ゴーストは人間に悪影響を与えるほどの力はない。


 せいぜい触れたり、呻いたりして、驚かすのがいいところである。


 だが、小さな子どもにとって怖いものは怖い。


 シャノンは震えながら、アインの手にぎゅっとしがみつくばかりだ。


 彼はため息をつく。

 そして、低級ゴーストに掌を向けた。


「《浄化ブレア》」


 放射された光に包まれ、低級ゴーストが消え去った。


「浄化したぞ。これで問題ないだろ?」


 シャノンはアインにくっついたまま離れようとしない。


 アインは困惑した表情を見せる。


(なぜ離れん?)


 と、彼は疑問に思った。


(まあ、確かにまた出ることも……)


 そう考え、彼はニッと笑った。


「よし。オマエ、魔法を使ってみるか?」


 僅かにシャノンは顔を上げ、上目遣いでアインを見た。


「《浄化ブレア》が使えれば、もう怖くないだろ」


 すると、シャノンは期待半分、不安半分といった風に聞いた。


「……シャノン、できるかな?」


「簡単だ」


「…………」


 シャノンは不安そうにしながらもきゅっと唇を引き結び、


「やる」


 と、彼女は答えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ