面談
アンデルデズン魔導学院・幼等部校舎。学長室。
金髪の縦ロールを優雅にかき上げ、彼女はシャノンに不合格を告げた。
六、七歳の少女が面接官を務める事態に、アイン、ギーチェは困惑した様子で、シャノンは口をあんぐりと開き、衝撃を受けていた。
(ふごうかく……ようとうぶいけない……がくゆーなし……!?)
なにを考えたか、シャノンがばっと手を交差する。
「いまのなし!」
「はあ!?」
シャノンの発言か意味不明だったか、今度は金髪の少女から困惑の声を上がった。
「シャノン、もっかいやる」
「あのね、そんなことできるわけないでしょ。わたくしを誰だと思っているの?」
シャノンが金髪の少女を指さす。
「ちっちゃいこ」
「ち……」
かーっと金髪の少女は赤面した。
「ちっちゃくないわよっ! ちょっと、あなた、そこに立ちなさい! ほら!」
彼女はシャノンと肩を並べ、背比べをした。
僅かに少女の方が高かった。
「ご覧なさい。わたくしの方が高――」
シャノンがこそっと背伸びをして、少女の身長を抜く。
「なにズルをしてますのっ!?」
「シャノン、こういうあし」
堂々とシャノンは言った。
「そんな足があるわけないでしょうが! 騙されませんわよ!」
「ある」
「じゃ、そのまま歩いてみなさいな!」
「あるく!」
シャノンはつま先立ちのまま歩き、こてんと転んだ。
だが、なぜか彼女はピースをした。
「よゆう」
「お転びになってますわよねっ!」
金髪の少女が声を荒らげる。
コミカルな子どもたちのやりとりを、大人二人は呆然と見ていた。
「あなたがどこの田舎者でも、六智聖の一人、《鉱聖》アウグスト・レールヘイヴの名はご存じでしょう?」
「ろくちせい?」
シャノンが疑問の表情でアインを振り向く。
「十二賢聖偉人に次ぐ、事実上の最高学位だ」
アインが説明すると、金髪の少女は優雅に微笑んだ。
「そ。わたくしは《鉱聖》アウグストの娘、《石姫》アナスタシア・レールヘイヴ。魔導学界の至宝たるわたくしが白といえば、黒猫も三毛猫ぐらいにはなりますわ」
「微妙な影響力だな」
アインが呟く。
「お黙りなさい、凡人。とにかく、不合格といったら、不合格ですの!」
「というか、オマエ、部外者じゃ――」
バタンッとドアが勢いよく開け放たれた。
入ってきたのは、法衣を纏った三〇代ぐらいの男だ。アナスタシアと同じく金髪で、黒眼鏡をかけている。
「お父様っ!」
アナスタシアが嬉しそうに声を上げた。
(お父様……ということは、この男が六智聖の一人、《鉱聖》アウグスト)
アインは入ってきた男を観察する。
「聞いてくださいな、お父様。この凡人たちときたら」
「このじゃじゃ馬娘っ!! 目を離した隙に今度はなにをしたっ!?」
第一声で叱り飛ばされ、アナスタシアはきょとんとした。
「……わ、わたくしは、お父様のため面接官のお手伝いを……」
ギランとアウグストは黒眼鏡を光らせる。
「お前も受験者だろう! なぜ面接官をやるんだ!?」
「えええーっ!? わたくしも試験を受けますのーっ!? 《鉱聖》アウグストの一人娘ですのにーっ!?」
心の底から驚いたといったように、アナスタシアは大口を開けた。
「当たり前だ。誰の娘でも試験は平等でないといけない」
「お父様が面接するのですから、どうせ合格でしょう?」
「特例で、お前は一人で面接することになった。無礼な発言があれば、私が落とす」
「えええーっ!? 全然平等じゃありませんわーっ!!」
叫びながら、アナスタシアは涙目で走り去っていった。
アウグストは少し困ったような様子で、軽くため息をついた。
「すまない。お恥ずかしながら、どうも聞き分けのない子で……迷惑をかけてしまったね」
彼はアインとギーチェに、そう謝罪の言葉を述べる。
「……いえ。わかります」
アインが言うと、
「シャノンもめんせつかんやる! シャノン、ごうかく! しゅせき!」
などとシャノンがいきなり面接官ごっこを始めた。
隣で聞いていたギーチェは引きつった愛想笑いを浮かべる。
「お互い頑張ろうじゃないか」
苦笑しながら、アウグストが言う。
アインも、苦笑いを浮かべるしかなかった。
§ § §
すぐにアウグスト以外の面接官もやってきた。
アイン、シャノン、ギーチェの並びで、三人は椅子に腰掛けている。
「ようこそ、シュベルトさん。私は幼等部学長、ジェロニモだ」
法衣を纏った初老の男が言った。
「幼等部副学長のリズエッタです」
ショートカットの女性が言った。
こちらも同じく法衣を纏っている。
「アウグストだ。魔導学院の顧問魔導師を務めている。こちらは魔法省執行機関《鉄》のディアス」
アウグストは後ろに直立している青年を指した。
腰に剣を下げている。
筋骨隆々とした体躯、佇まいから察するに戦士だろう。
「六智聖には護衛がつくことになっていてね。本日の面接に関わりはないが、失礼させてもらうよ」
「雑事があれば、なんなりとお申し付けください」
事務的な口調でディアスが言い、軽く頭を下げた。
「ところで」
学長のジェロニモは、アインとギーチェに視線を向けた。
(父親二人、珍しいが当校は魔法の下に平等。どんなご家庭も受け入れることを、まずは示さねば)
にっこりと微笑み、ジョロニモはこう切り出した。
「お二人は結婚式を挙げられたのですかな?」
一瞬、アインとギーチェの脳裏に、結婚式の光景がよぎった。
(結婚式……?)
(どういう意図だ?)
二人の反応を見て、ジェロニモは狼狽した。
(気を悪くしている!? いきなりデリケートな問題に切り込みすぎたか!?)
「つ、つまりですな。たとえばご友人同士で、共同保護者というケースもあり……」
アインとギーチェがはっとする。
(共同保護者……!?)
アインはその手があったかといった表情をしており、
(おい……私が伴侶のフリなどしなくてもいいんじゃないのか?)
と、ギーチェが彼を睨む。
二人の反応を見て、今度はジェロニモがはっとした。
(この反応? しまった! これでは闇に男同士は認めないと言っているように聞こえてしまう……!?)
「ぐ、愚問でしたな。いやあ、羨ましい。こんなに美男の妻がいらっしゃるなんて……」
「いえ。私は妻ではなく、共同――」
ギーチェがさらりと共同親権の方に話を持っていこうとすると、ジェロニモが立ち上がりものすごい勢いで頭を下げた。
「た、大変な失礼を! 妻じゃない。そう、妻じゃないですな! 何分古い人間なもので!」
ジェロニモは男性を妻呼ばわりしてしまったことに勝手にテンパっていた。
「そ、それにしても、こんなに素敵なご主人が……!」
「いえ、どちらも主人というわけではなく――」
「ですよねぇっ! どっちが主人とかありませんよねぇ!」
ジェロニモは完全に動転している。
(まずい、まずいですぞ。このままでは、当校が差別主義だと思われてしまう! 多様性をアピールしなければ……)
「パートナー」
アウグストが言う。
「お二人は素敵なパートナー、と学長は言いたいようだ」
ジェロニモが歓喜の表情で、力一杯うなずいた。
(イエス! イエス、アウグスト! これが六智聖の叡智!)
「まあ、面談といっても形式的なことなので、他に話すべきことがありましたかな?」
ジェロニモがリズエッタを見て、目で訴える。
(もう合格にしちゃお? これ以上はわし、ボロでるよ。古い人間だから)
「お子さんの普段の生活などをお聞きしましょう」
リズエッタが笑顔で応じ、目で返事をした。
(だめです。ちゃんとしてください)
ジェロニモは諦めの境地に達したような顔をし、シャノンに話しかけた。
「シャノンさん」
「あい!」
シャノンは元気よく返事をする。
「シャノンさんはお家では、誰に魔法を習っていますかな?」
「ぱぱ!」
シャノンはアインを指さす。
「ぱぱは無学位のようですが」
願書を見ながら、今度はリズエッタが言う。
厳しい口調だった。
「魔法に詳しいのですか?」
「ぱぱはすごいまどうし! おうとでいちばん!」
リズエッタは鋭い視線をアインに送った。
「では、アインさんの教育方針をお聞きしましょう。学院に入学した後も、ご自身でお子さんに魔法の手ほどきをされるおつもりはありますか?」
(魔導学院に通う以上、無学位に誤った知識を教えてもらっては困るということだ)
質問の意図をギーチェは瞬時に理解し、心配そうにアインに視線を送る。
「もちろん、基本的には魔導学院にお任せします」
「シャノンさん。学院に入学した後、魔法のことは誰に聞きますか?」
リズエッタがシャノンに尋ねる。
「せんせいにきく。ぱぱにいわれた!」
面接試験の想定質問は何度もやった。そう答えるように、シャノンには言い含めてあるのだ。
「でも、ほんとは、ぱぱにきく! これはないしょ!」
堂々とシャノンは言った後「あ!」と思い出したような声を上げた。
「いまのなし!」
と、彼女は両手を交差させた。
(なしになるか……!)
アインは正直すぎる我が子を横目で睨む。
気まずい沈黙がその場に立ちこめ、
「では、面談を終わります。なにか質問はありますかな?」
ジェロニモが言う。
(これは、どう考えても落とされただろう……)
ギーチェがそう思考する。
「では一つ」
アインが言った。
「封剣を抜いた一級戦士に丸腰の魔術士が敵わない距離は3メートル以内である。○か×か?」
一瞬の間の後、リズエッタが言った。
「対術距離の問題ですね。答えは○です」
「外れだ」
言いながら、アインが立ち上がる。
「《鉄》のディアスだったな。少し付き合え。魔導学院よりも、無学位が正しいときもあることを今から証明する」
【作者から読者の皆様へお願い】
やはり最近は、異世界恋愛が主流。
父親二人じゃだめなのか!?
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