受験
湖の古城。応接間。
「シャノンをアンデルデズン魔導学院幼等部へ入学させる」
唐突にアインがそう切り出した。
シャノンがホットケーキを食べる手を止め、彼に視線を向ける。
遊びに来ていたギーチェが紅茶を飲んだ。
「まどーがくいんってなあに?」
「魔導師になる勉強をするところだ。一流の魔導師は大抵、幼等部から通っている」
「ぱぱもいった!?」
父親と同じ学院に通えるのが嬉しいのか、シャノンは期待に瞳を輝かせる。
それを見て、アインは一瞬答えあぐねる。
「こいつは幼等部どころか、ぜんぶすっ飛ばして魔導学部からの編入組だ」
ギーチェは紅茶のカップをソーサーに置き、そう言った。
「じゃ、シャノンもいかない」
胸を張って言うシャノン。「は!?」とアインが声を上げる。
「馬鹿言え、オマエ、学院に通いたくても通えない奴がどれだけいると思ってるんだ」
理解できないといった調子で、アインはシャノンを諭している。
「ぱぱ! まどうしでいちばん!」
ビシッとシャノンはアインを指さした。
「シャノンもいちばんめざすから、ぱぱとおんなじがいい」
満面の笑みでシャノンは言う。
アインは手を口元にやり、瞬間的に思考した。
「なるほど……」
「なるほどじゃない」
ギーチェは突っ込まずにはいられなかった。
「シャノンが行きたくないなら、無理強いはできん」
「いいから、ちゃんと貴様の考えを説明しろ。親バカが」
悪友に苦言を呈され、気を取り直したようにアインは口を開く。
「一流の魔導師は皆、幼等部から通ってる。裏を返せば魔法研究には、それだけ小さい頃から魔法を勉強するのが肝心ということだ」
「ぱぱにおしえてもらって、べんきょーする」
「もちろん、オレも教える。だが、オレは殆ど独学でやってきた。オマエぐらいの歳の子どもに、なにから教えるのが適切なのかわからん」
「でも、ぱぱとおんなじにしたら、ぱぱみたいになれるでしょ?」
元気いっぱいにシャノンが言い、アインは返答に詰まった。
「……それはわからん。歯車大系の開発は成功したが、オレの歩んできた道が誰にとっても正しい証明にはならない」
「せいこーしたから、ただしいよ?」
シャノンがことんと首をかしげる。
「子どもの頃から独学で、魔導学部に編入して、一人で基幹魔法の研究を行う。オレと同じやり方で成功しなかった魔導師はごまんといる」
シャノンは驚いたようにアインを見返した。
「新魔法はどんどん複雑化し、今じゃ各専門大系の魔導師によるチーム研究が主流だ。魔導学院で出会う学友は一生の宝になる」
丁寧に説明するアインを、微笑ましくギーチェが見守っている。
居心地の悪さを覚えたか、アインは悪友を睨む。
「なにか言いたいことがあるのか?」
「特にない」
なに食わぬ顔でギーチェはかわした。
「がくゆー?」
「一緒に魔法の勉強をする友達だ。楽しそうだろ?」
シャノンはぱっと顔を輝かせた。
「シャノン、ようとうぶいって、がくゆーたくさんつくりたいっ!!」
「よし。決まりだな」
アインが一枚の羊皮紙をギーチェに差し出す。
「なんだ、これは?」
「魔導学院幼等部の願書だ。試験は二回。学力試験の前に、両親そろっての親子面接がある」
アインがそう口にすると、ギーチェがぴくりと反応した。
「両親そろって?」
「片親は受験資格がないんだと」
はあ、とギーチェはため息をついた。
「今度は嫁探しか?」
「さすがにそこまで迷惑はかけん」
ギーチェが意外といった表情を浮かべると、アインは願書のある箇所を指さす。
親1の欄にはアイン・シュベルト。
そして、親2の欄にはギーチェ・バルモンドと記載があった。
「応募要項に両親の性別は指定されていないんでな」
「叩き切るぞ」
ギーチェが青筋を立てながら、刀をアインの首に突きつける。
「落ち着け。最低限の意思確認はするつもりだった」
なだめるようにアインが言う。
「最悪、オマエが主人ということでいいぞ」
「最低限すぎるだろ」
ピクピクとこめかみを痙攣させながら、ギーチェが殺気だった目でアインを見下ろす。ものすごい気迫だ。
「ギーチェ、おこのひと?」
「ああ。入学には親が二人必要なんだが、こいつが協力してくれないと他にアテがない」
シャノンががびーんといった表情を浮かべる。
「シャノン、がくゆーなし……!」
うぐぐ、とギーチェが歯を食いしばる。
「貴様の嫁を探してくればいいんだろっ! 三日だ。三日で面接試験を乗り切れる立派な嫁を押しつけてやる。そのまま結婚させて真人間にしてやるぞ!」
ギーチェがくるりと踵を返し、勢いよくドアへ向かう。
「願書の締め切りは今日までだぞ」
「なにっ!?」
まさに驚愕といった顔でギーチェが振り返った。
「すまん、シャノン。ギーチェはどうしても嫌らしい。オレが悪いんだ。アイツを責めないでやってくれ」
これみよがしな台詞であった。
「ギーチェ、だいじょうぶ。シャノン、つおい! がくゆーなしでも、ひとりであそべる!」
ギーチェを気遣うようにシャノンは笑顔で胸を張る。
「それでいかな? ギーチェ、おこなおた?」
ぎりぎりとギーチェは奥歯を噛み、恨みがましい目でアインを見た。
一方のアインは涼しい顔をしている。
「……わかった。私の負けだ」
ギーチェが言う。
不思議そうにシャノンは首をかしげる。
「まけだ?」
「よかったな、シャノン。ギーチェが二人目の父親になってくれるぞ」
アインが言うと、シャノンはばっとギーチェを振り向いた。すぐにアインの方を振り返る。
ビシッとシャノンはアインを指さす。
「ぱぱっ!」
そして再びギーチェを見て、ビシッと彼を指さした。
「だでぃ!」
それからしばらく、アインとシャノン、そしてギーチェは面接試験の練習を行った。
とはいえ、親子面接は別名親の試験と言われており、子どもの現在の能力や意欲ではなく、親がどのような教育方針か、またしっかりとした家庭かどうかを見られることになる。
それがゆくゆくは子どもの伸びしろにつながるという考えなのだ。
そのため、シャノンと一緒に行ったのは、彼ら三人が家族として振る舞えるかどうかの練習である。親子がよそよそしければ、それだけで減点対象となる。
シャノンは人懐っこい性格ということもあり、練習時にはさほど苦労することはなかった。
そして、いよいよ面接試験当日。
アンデルデズン魔導学院の校舎内に三人の姿があった。
「シャノン・シュベルト様とご両親様。どうぞお二階に上がっていただき、学長室にお入りください」
アイン、シャノン、ギーチェは立ち上がり、階段を上っていく。
三人を呼びに来た教師が、アインとギーチェを二度見していた。
「しけん、シャノンがんばる!」
アインの手を握りながら、シャノンが元気いっぱいに飛び跳ねる。
「元気なのは好印象だが、あんまり変なことは言うな」
「あい!」
シャノンははきはきと返事をした。
「アイン。わかっているな?」
低い声でギーチェが確認する。
「無学位を突かれるんだろ。問題ない」
「本当か? 貴様の試験じゃないんだぞ。娘のことを考えろ」
学長室のドアの前でアインは立ち止まり、ノックをした。
「入りなさいな」
と、返事があった。
高く、どこか幼い声だ。
「失礼します」
ドアを開ける。
学長室の椅子に座っていたのは、縦ロール金髪を二つに結んだ少女である。
背丈や幼い顔つきから、どう見てもシャノンと同じぐらいの歳だった。
そのとき、シャノンが勢いよく手を上げた。
「シャノン、5さいっ! あーただれ?」
金髪の少女は冷たい視線でシャノンを見下ろした。
「不合格ですわ!」
入室から僅か十秒の出来事であった。
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