魔法線
魔法省アンデルデズン研究塔。所長室。
「――オマエが犯した罪から、逃げ切れると思うな」
魔法球に映ったアインを見ながら、デイヴィットは一瞬青ざめた。
(調子に乗りやがって……!)
内心で毒づくも、彼は気が気ではない様子だ。
もしも、アインの言葉になんらかの裏付けがあるのだとすれば、身の破滅だ。ゲズワーズの違法運用はそれほどの重罪なのだ。
「どう責任をとる気かね?」
背後から声が響き、ビクッとディヴィットは体を震わせる。
ジョージ所長が、殺気だった目で彼を睨めつける。
デイヴィッドは必死で弁解した。
「い、いえ。まだ時間は……証拠はなにも残していませんし、勘づかれるような――」
『《逆転移》」
「――こと、は……!?」
ジョージ所長がぐにゃりと歪んだ。
いや、違う。
歪んでいるのは、デイヴィッドの視界だ。
彼の身に、空間の歪みが生じる魔法がかけられているのだ。
§ § §
「オマエか」
瞬間、デイヴィッドの目の前にアインの顔が映った。
「なっ……!? なんで?」
ドタン、とデイヴィットは尻餅をつく。
さっきまで研究塔にいたはずが、彼は湖の古城――その地下の大空洞に転移していた。
より正確にはゲズワーズの御者台の中だ。
「ゲズワーズには魔法線でつながった術者を御者台に転移させる術式機構がある」
術者を安全にゲズワーズ内部に収容するためのものだが、アインはそれを利用した。
つまり、つながった魔法線を逆探知して、デイヴィットの遠隔操作術式に干渉。《逆転移》の魔法を強制的にねじ込み、ここまで転移させたのだ。
「外部との魔法線は使い終わったら切れと言っただろ、デイヴィット」
すべてを見透かしたようなアインの視線が突き刺さる。
まるで蛇に睨まれたカエルだった。
「く、くそっ!」
デイヴィットが魔法砲撃を放とうとするが、アインの方が早い。
「ぐ、ぎゃああぁ」
彼の足下に描かれた魔法陣から、黒い鎖が現れ、その体をきつく縛りつけたのだった。
§ § §
その翌日――
湖の古城。応接間。
「で?」
やってきたギーチェが疑問の声を上げた。
応接間には飾り付けがされており、テーブルには大量の料理が並べられていた。
まるでこれからパーティでも始めると言わんばかりだ。
「どういうことなんだ、これは?」
「しゅく! シャノンきゅうしゅつきねんパーティ!」
ホットケーキの載った皿を頭上に掲げ、元気よくシャノンが言った。
ギーチェは無言でアインを見た。
「今日、私がなにをしに来たかわかっているのか?」
「馬車が来るまで暇だろ。つき合え」
シャノンからホットケーキの皿を受け取りつつ、アインが言った。
「ギーチェ、シャノンだしものするからみて!」
勢いよく手を上げて、シャノンが言う。
「ん? ああ」
「演し物?」
皿をテーブルに置きつつ、アインが首を捻った。
「ギーチェにシャノンきゅうしゅつさくせんみせる! しゅえんシャノン!」
シャノンが可愛らしく胸を張り、主演をアピールする。
そして、ビッとアインを指さした。
「ぱぱ役ぱぱっ!」
「おい……」
アインが声をもらすも、シャノンはそのままの勢いでギーチェを指さす。
「ゲズワーズ役ギーチェ!」
「なにっ!?」
ギーチェが目を見開き、あんぐりと口を開ける。
「わがままを言うな。パーティをすると言ったが、そんな意味のわからんことは……!」
そうアインが諭そうとすると、シャノンはがっくりと肩を落とした。
「……シャノンのだしもの、いみわからん……」
この上なく気落ちしたシャノンを見て、アインは閉口する。
そうして、踵を返した。
「わかった。やるぞ」
「やった!」
「三人でだ」
「は!?」
アインの言葉に、シャノンは全身で喜びをアピールする。
ギーチェは意味がわからないという顔をしていた。
「待て待て。どういうことだ?」
アインの肩をつかみ、ギーチェは問いただす。
「仕方ないだろう。子どもの遊びにつき合うのが大人だ」
「貴様はそんなまともなことを言う奴じゃなかっただろう。冷血な自分を思い出せ」
ぐい、とつかんだ肩をギーチェが引き寄せる。
その手を静かに払いのけ、真面目な顔でアインは言った。
「オレも不本意だ。気持ちはわかる」
「わかってたまるか! 貴様はパパ役だろうが。私はゲズワーズだぞっ!」
そんな演技できるものかと言わんばかりに、ギーチェは吠えた。
そんな二人の間をシャノンはとことこと駆け抜けていき、くるりと向き直る。そして、なぜかゆらゆらと揺れ始めた。
「あー、たーすーけーてー」
アインとギーチェが奇行に走るその子を見た。
(これは……?)
と、アインが察し、
(もう始まっている……のか……?)
ギーチェも素早く状況を把握した。
「ゲズワーズくるー」
そう言いながら、シャノンは床をごろごろと転がっていく。
アインに肘でつつかれ、仕方がないといった風にギーチェは言った。
「げ、ゲズワーズだ」
恥ずかしそうに、彼はゲズワーズを演じる。
「だめ。まじめにやるー」
仰向けになりながらも、シャノンは手を交差し、×印を作った。
「ま、まじめに!? だが、私は実物を見たことが……!」
思わぬだめ出しに、ギーチェは動揺していた。
シャノンはぐっと両拳を握る。
「だいじょうぶ。ギーチェ、ほっとけーき10だんやけるから、ゲズワーズできる!」
(なに一つ関連性がない!)
ギーチェはそう思わずにはいられなかった。
「ゲズワーズはダークオリハルコン95%、アダマンタイト4%、テレティナスの葉1%だ」
助言のつもりなのか、アインは冷静にそう告げた。
(それがなんだ!? こっちは人体100%だが!?)
ギーチェの視線が険しくなる。
「もっとあしひらく!」
シャノンは力強く言い、足を開いてみせた。
ギーチェは咄嗟にそれを真似た。
「こ、こうか?」
「いいぞ! もっと腕を広げろ!」
アインが大きく腕を広げ、ギーチェは同じように腕を広げた。
「すごいさけぶ!」
「なに!? ゲズワーズは叫ばないはずだが……?」
「げげげーってさけんでた! シャノンのみみ、たしか!」
シャノンの頭の中の話だが、彼女は力一杯断言した。
「そうだ。実際に戦ってわかったが、ゲズワーズは叫ぶ」
アインは嘘などつかないといったような真面目な表情を貼り付け、事実をさらりとねつ造した。
「わ、わかった」
観念したか、すっと息を吸い込み、思いきってギーチェは言った。
「ゲゲゲゲーっ!」
足を開き、腕を広げ、道化極まりない格好でギーチェは叫ぶ。
なんとも言えぬ沈黙が通り過ぎていった。
「すごいゲズワーズ!」
シャノンが大喜びで言った。
「ギーチェ、えんぎのさいのうある!」
ギーチェがアインを振り向く。
「……本当か?」
「強く生きろ」
それが答えだった。
「帰る」
ギーチェは踵を返す。
「待て、シャノンも喜んでるぞ。ゲズワーズの真似ぐらい減るもんじゃないだろ」
アインがそう言って引き留めようとすると、先ほどのギーチェのゲズワーズポーズをしながら、シャノンが言った。
「つぎ、ぱぱもいっしょにゲズワーズやる!」
「は!?」
突如、思いも寄らないことを言われ、アインが驚きの声を発する。
「ゲズワーズでかいから、さんにんがったい!」
言いながら、シャノンはアインの足をよじ登っている。
「いや、意味が……」
「娘が喜んでるんだ。ゲズワーズの真似ぐらい減るものではないだろう」
戻ってきたギーチェが、先程の意趣返しのようにアインの肩を優しく叩いた。
「言っておくが、本当はゲズワーズは叫ばんぞ。オマエがさっきやったのはただの馬鹿丸出しだ」
「人を騙したことを悪びれずに白状するな」
顔を近づけ、アインとギーチェが睨み合う。
なんとも馬鹿馬鹿しい小競り合いであった。
「シャノン、ぱぱとゲズワーズしたかたな」
父親にやる気がないことを悟ったか、半ば諦めたようにシャノンが呟く。
アインは歯を食いしばった。
そうして、ギーチェがアインを背負い、アインがシャノンを肩車して、三人合体したゲズワーズは声を張り上げる。
湖の古城に「ゲーゲゲゲ―、ゲーゲゲゲ―、ゲーゲゲゲ・ゲーゲーゲズワーズッ!」という愉快な声が響き渡ったのだった。
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