答え
昔昔あるところに、強欲なる王がいました。
王と王の兵は非道の限りを尽くし、小国を次々と侵略しました。
ですが、一人の魔法使いが立ちはだかったのです。
彼が駆る巨人兵の目から闇の雫がこぼれおち、一夜にして王国は滅びたのでした。
――ルフェンティエリーヤの童話集より抜粋。
§ § §
(一国を滅ぼしたゲズワーズの《闇雫》、夢中になって読んだ偉人のお伽噺が今、オレに襲いかかってくる)
降り注ぐ闇の雨、逃げ場がないほどの全方位砲撃だ。
(だが、オレはもうお伽噺に胸を弾ませるだけの子どもではない)
魔眼を凝らし、アインは《闇雫》を解析していく。
その目とその頭で、降り注ぐ闇の雫の軌道を読もうというのだ。
(まだれな雨など、あのときの魔力暴走に比べれば隙間だらけだ)
広範囲に降り注ぐ《闇雫》に対し、アインは下がろうとはせずに、むしろそのまっただ中へ向かって一歩を踏み込む。
大きく腕を振り、飛び上がるための反動をつけた。
その背中に魔力が溢れ、魔法陣が形成されていく。
「加速歯車魔導連結二輪」
魔力を速度に変換する歯車大系魔法。
二つの歯車魔法陣が勢いよく回転すれば、それに魔導連結したアインが高速で加速する。
矢のように飛翔したアインは、《闇雫》の僅かな隙間を見抜き、そこに体を滑り込ませた。
いかなる神業か、すべての雨を避けながらも前へ飛び、危険な領域を抜けた。
だが、そこを待ち構えていたか、ゲズワーズの手が迫っていた。
『馬鹿め』
闇を纏ったダークオリハルコンの手刀が勢いよく襲いかかる。
それは《闇雫》の隙間を抜けたアインに、直撃するタイミングだった。
「加速歯車魔導連結四輪!」
歯車魔法陣が四つに増え、アインの速度は急激に加速した。
タイミングをズラしたことで、突き出された拳をぎりぎりのところでかわし、彼はそのままゲズワーズの顔面へ肉薄していく。
(通常、位階が上がるほど魔法の発動は遅くなる。
第十三位階の《闇月》展開が、魔法を感知した後で間に合うのは、術者とゲズワーズの距離によるものが大きい。
魔法砲撃が届くまでの時間で《闇月》を展開しているのだ。
つまり、ゲズワーズの急所は、最も危険な《闇雫》の集中砲火を抜けた先――
この至近距離なら、0.1秒でも早く魔法を発動できれば先に届く。
これが答えだ。アゼニア・バビロン!)
「《第五位階歯車魔導連結》!」
速度重視で歯車魔法陣を描き、アインは魔力の砲弾を撃ち放った。
発動速度を重視した第五位階魔法。ダークオリハルコンに傷をつけられるぎりぎりまで位階を落としたのだ。
アインの魔法技術は一級魔導師の中でもトップクラス。その発動速度には殆どの魔導師がついてこられないだろう。
だが――
それでもなお、《闇月》の展開が早い。
《第五位階歯車魔導連結》は闇の魔法障壁に阻まれ、アインはゲズワーズの巨大な手にわしづかみにされた。
「がはっ……!!」
体を強く圧迫され、口から吐血する。全身がぎしぎしと軋んだ。
(十三位階魔法でなお、オレの第五位階魔法よりも早い……)
これがゲズワーズ。
これがアゼニア・バビロン……
(すまん、シャノン、オレは……)
ゲズワーズを独力で倒したなら、そのときは私の魔法技術を超えたと思ってもらって構わない。
アインは改めてアゼニア・バビロンが遺したその言葉の意味を悟った。
(オレはまだ彼の指先にすら及んでいない)
アインの思考に絶望がよぎったそのとき、
――でも、ぱぱ、いちばんあたらしいいじんなるでしょ。
シャノンの声が聞こえた気がした。
彼女が口にしたその言葉が、絶望を払う。アインははっとして、目を大きく見開いていた。
思考の歯車がガシャッと噛み合い、勢いよく回転し始める。
そう、ゲズワーズの《闇月》は、魔法陣の起動を感知して展開されている。
だとすれば――
『本物の偉人との差を思い知ったかよ。大人しく歯車大系の基幹魔法陣をよこしな』
勝ち誇ったように、デイヴィットは言う。
「……確かに、魔法研究も、魔法技術も、オレはまだ彼の指先にすら及んでいない」
ゲズワーズに体を締め付けられながらも、アインが唯一自由な右手を上げる。
「だが、一つだけ、オレが有利な点がある)
その手には、シャノンが落としていった歯車があった。
城の模型を作るのに使った《加工器物》の器工魔法陣が。
「アゼニア・バビロンはオレを……歯車大系を知らん」
アインがその歯車を放り投げる。
わしづかみにされた状態では力も入れられず、重力に任せてそれはゲズワーズの顔面に落ちていく。
《加工器物》の器工魔法陣が光を発する。
『馬鹿が! 器工魔法陣だろうと魔法は効かな――』
言いかけて、デイヴィットは絶句する。
ぐにゃりとゲズワーズの顔が歪に変形したのだ。
魔法陣を描きながら、アインは言った。
「ゲズワーズを動かす器工魔法陣の殆どは頭部にある。これだけ変形して、さっきと同じだけの精度で《闇月を展開できるか」
巨大な歯車魔法陣が出現した。
合計十一枚の歯車が、彼の魔力を増幅させていく。
『ふ、防げっ! ゲズワー』
さすがに焦ったデイヴィットが遠隔操作にて、ゲズワーズに命令を送ろうとする。
だが、遅い。
そもそも、自ら操作するよりも優れているからこそ、防御は自動展開術式に任せていたのだ。
「――《第十一位階歯車魔導連結!!」
激しい魔力の光線が、巨人の頭部を撃ち抜く。
先程までとは違い、《闇月》は展開されず、まともに食らったゲズワーズの頭は丸ごと吹っ飛んでいた。
ガタン、とゲズワーズが膝をつく。
その手の力が抜け、アインは解放された。
『……な……!?』
研究塔にいるデイヴィットが、魔法球に映るその光景を見ながら息を呑んだ。
『……なんでだ、あの歯車にだけ、《闇月》が……』
「歯車大系は魔力のない人間にも使えるように開発した魔法だ」
アインは言いながら、地面に落ちた歯車を拾った。
それをゲズワーズの胸部に向け、《加工器物》の光を放つ。
「器物に魔法陣が組み込まれている器工魔法陣でも、通常は起動するためには魔力を送る必要がある」
ゆえに、シャノンは《相対時間停止》の杖を使っても魔法を使えなかった。
起動魔力を送り、制御しなければならないからだ。
「ゲズワーズはその起動時の魔力を感知して、《闇月》の展開を行う。だが、歯車大系の器工魔法陣は常に魔法陣が起動しているため、魔力を送る必要がない」
そのため、魔力制御が苦手なシャノンでも使うことができる。
「起動魔力の工程がないため、《闇月》の術式機構は反応しない」
起動魔力を感知して自動展開される仕組みである以上、それがなければ反応しないのは道理だ。
「魔力を送る必要がない器工魔法陣は歯車大系が史上初。一八〇〇年前の時代に生まれたアゼニア・バビロンに、この対策を講じることは不可能だ」
常時起動の器工魔法陣に、ゲズワーズの術式機構は沈黙した。彼が生きた時代には、そんなものが存在しなかったからだ。
知らないものは、十二賢聖偉人でもどうしようもない。
《加工器物》の光を浴びせられたゲズワーズの胸部がぐにゃりと変形していき、内部の業者台が剥き出しになった。
アインはシャノンに魔法線をつなげ、《飛空》の魔法にて浮かせる。彼女はゆっくりとゲズワーズから下ろされ、アインのもとへ飛んできた。
彼はぎゅっとシャノンを抱きしめた。
「怖い思いをさせたな。もう心配はいらん」
彼女は気を失っている。
その目尻に涙が浮かんでいるのを見て、アインは胸が詰まった。
(クソッ。だが野郎はこっちの正体に気がついていない)
デイヴィットは研究塔にいる。遠隔操作である以上、正体に気がつきようがない。彼はそう考えていた。
(まだチャンスは――)
「どこのどいつだか知らんが」
魔法線の向こう側にいる術者へ、アインは言った。
魔法球越しの映像にもかかわらず、その気迫にビクッと、デイヴィットは体を震わせた。
「オマエが犯した罪から、逃げ切れると思うな」
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