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後生への宿題


 岩壁にめり込み、崩れた瓦礫に埋もれるゲズワーズにアインは視線を向けた。


(ゲズワーズは魔法省の所有物だ。なら、犯人は魔法省の人間……)


 ヒビが入った岩壁が更に崩れ、ゲズワーズに瓦礫が降り注ぐ。


(いや、そんなことよりも――)


 素早く時間の杖を構え、アインは魔法を発動する。


「《相対時間停止レズン・ネゼ》!」


 球形の立体魔法陣がゲズワーズの巨体を丸々飲み込み、局所的に時間を停止させる魔法空間を構築した。


 降り注ぐ瓦礫が、その場に停止する。


 しかし――


 瓦礫を蹴散らすように、ぬっとゲズワーズの手が伸びた。


 焦ることなく、アインは冷静に思考を働かせる。


(《相対時間停止レズン・ネゼ》の無効化。これがアゼニア・バビロンの魔導書に記されていたゲズワーズの第十三位階魔法障壁――)


 無傷のゲズワーズが立ち上がる。


 その周囲には、黒き魔法障壁が球状に展開されていた。


(――《闇月シエスタ》)


 アゼニア・バビロンは魔導学の祖。彼が作った古代魔法兵器ゲズワーズについては、様々な魔導書によりその記録が残されている。


 その中でも、鉄壁と名高いのが《闇月シエスタ》である。だが存在は知っているものの、アインも実際に見るのは初めてだった。


 その魔法を分析するため、彼は魔眼を光らせる。


『ビビらせやがって!』


 ゲズワーズから術者の声が聞こえてくる。


『立場をわかってねえようだな。次に舐めた真似をしやがったら、娘を殺すぞ』


「無理だろう」


 デイヴィットの脅しに対して、アインは平然と答えた。


「御者台にいる人間を最優先で守るのがゲズワーズの術式機構だ。起動を停止しなければ、シャノンにはかすり傷一つつけられん」


 ゲズワーズの術者は押し黙る。


闇月シエスタ》同様、ゲズワーズの研究者界隈では有名な話だ。


 ゲズワーズを管理する魔法省の魔導師がその論文を書いたこともある。


 それに目を通したことがあれば、デイヴィットが口にしたのが苦し紛れの台詞ということは明白だった。


「大方ゲズワーズを持ち出せば、実力行使で片がつくと思っていたんだろうが」


 敵の心理を見透かしたように、アインは鋭い視線を放つ。


「下手な脅しは、ない頭が透けて見えるぞ」


『図に乗るなよ! このゲズワーズを倒さねえと娘を助けられねえってことだろうが! 無学位が!』


 挑発に乗って、デイヴィットが攻撃を仕掛けてきた。


 ゲズワーズの魔眼に魔力が集中し、漆黒の光線が発射される。それは目にも止まらぬほどの速度でアインに迫った。


 地面がどろりと溶ける。


 間一髪、飛んでかわしたアインはゲズワーズに狙いを定め、無数の魔法陣を描く。


「《魔炎砲ボルク》」


 放たれた無数の炎弾はしかし、すべてが《闇月シエスタ》の壁に阻まれる。


 アインは魔眼でその魔法障壁を観察していた。


(物理的な攻撃は通るだろうが、ダークオリハルコンは堅すぎる。あの魔法障壁をなんとかしないことには勝ち目がない)


 《剛力歯車魔導連結四輪ガウベルク・バッツェ》で岩壁に叩きつけたが、ゲズワーズは傷一つついていないのだ。


 魔力を通すと物理的に強固になるのが、ダークオリハルコンの特性だ。ゲズワーズが起動している限り、魔法以外で傷つけるのは難しい。


 だが、魔法は《闇月シエスタ》で防がれる。


『《闇雫ベリアル》』


 ゲズワーズの左右の目に魔法陣が描かれ、黒き光の線が直進した。


 空を飛びながら、それを回避したアイン。


『アゼニア・バビロン曰く』


 術者の声が響く。


 その直後、放たれた《闇雫ベリアル》が弾けるように拡散した。それは逃げ場がないほど広範囲に降り注ぐ。


『ゲズワーズは後生へ遺す宿題だ。独力で倒したなら、私の魔法技術を超えたと思ってもらって構わない』


 後退を続けていたアインだったが、反転して魔法障壁を張り巡らせた。


 だが、いとも容易くその守りは貫通され、アインの四肢が撃ち抜かれた。


 浮力を失い、彼は手をついて地面に着地した。

 

『てめえにアゼニア・バビロンを越えられんのかよ。なあ、無学位』


 勝ち誇ったようにデイヴィットは言う。


 たとえ術者が未熟だとしても、古代魔法兵器ゲズワーズは十二賢聖偉人アゼニア・バビロンの傑作だ。


 アインは顔を上げ、まっすぐその偉大なる魔導の産物を見据えた。


「それが今、手を伸ばさない理由になるのか」


『身の程を知れってんだよ!』


 罵声とともに、ゲズワーズの両手から発射された魔法砲弾が次々と爆発する。


 反撃のための魔法陣を描きながら、走り抜けようとするアインに、その一発が着弾し、爆炎が舞った。


 だが、無事だ。


 アインは《相対時間停止レズン・ネゼ》にて、その砲撃の時間を停止していた。


(《闇月シエスタ》は十三位階。手持ちの魔法は十一位階が限界だ。位階が二つも離れていては力比べにもならん。ならば――)


 アインは地面を蹴り、大きく後退する。


『は! 逃がさねえよ!』


 魔力を噴出し、滑るようにゲズワーズは前進する。


 後ろへ下がっていくアインに、ゲズワーズはあっという間に追いついた。


 巨大な右手がアインに振り下ろされる――その直前だった。


 ゲズワーズの背後で歯車魔法陣が起動し、照準を定めていた。


(さっきの《相対時間停止レズン・ネゼ》で爆炎の中に隠した魔法陣の時間も止めていた。時間停止が自然に解けると同時に魔法が動き出す)


 すべてはアインの誘い。


 ゲズワーズの砲撃を《相対時間停止レズン・ネゼ》で防いだときから、彼にはこの絵が見えていたのだ。


(術者が攻撃を認識できなければ、どんな強力な魔法障壁も無力だ)


 《第十一位階歯車魔導連結エクス・デイド・ヴォルテクス


 十一枚の歯車魔法陣、その魔導連結によって極限まで増幅された魔力が撃ち出された。


 魔力の光線が目映く煌めき、背後からゲズワーズを灼き、周囲の岩盤を粉砕して、派手な爆発を引き起こした。


 黒煙がもうもうと立ちこめる中、素早くアインは次の行動に移り、走り出した。


(残存マナで御者台の結界は数分もつ。シャノンを助けるのは時間との勝負だ)


 ゲズワーズが完全に破壊される前に、シャノンを御者台から救い出さなければ、押しつぶされてしまう。


 だが、そのとき、黒煙の向こう側が光った。


 咄嗟に身を捻ろうとしたアインだったが、それよりも早く闇の光線が彼の手にしていた杖と右腕を撃ち抜いた。


「ぐっ……!!」


『残念だったな』


 術者の声が響き渡る。


『ゲズワーズに死角はねえ!』


 黒煙が晴れれば、そこに《闇月シエスタ》を展開した無傷のゲズワーズが立っていた。


 その言葉には耳も貸さず、アインは右腕を押さえながらゲズワーズの《闇月シエスタ》を観察していく。


(術者は反応できていなかった。つまり、魔法障壁の自動展開術式か。ゲズワーズが魔法陣の起動魔力を感知し、周囲の状況を解析、《闇月シエスタ》を自動展開される)


 並の自動展開術式なら複雑な攻撃には対応できない。


 だが、歯車魔法陣と《相対時間停止レズン・ネゼ》、背後からの砲撃にさえ、《闇月シエスタ》の自動展開は微塵も遅れなかった。


(オレが見た魔導書には載っていなかった。信じがたいほどの性能だ。だが――)


『これで終わりだ』


 ゲズワーズの足が地面から離れ、地下空洞の天井付近まで上昇していく。


 その両目に魔法陣が描かれ、魔力が溢れかえった。


 とどめをさすつもりだろう。


『《闇雫ベリアル》』


 アインは無事な左手を使い、魔力を集中していく。


(アゼニア・バビロンが宿題といったからには、答えは必ずある)


 一瞬たりとも迷うことなく、アインはその巨体と勝利への道筋をまっすぐに見据えた。


すぐ続きを更新します。

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