古代魔法兵器②
厨房。
エプロンをしたギーチェはフライパンを振るい、ホットケーキをひっくり返す。シャノンはテーブルに座り、フォーク二本を手にしながら、わくわくと待っていた。
目の前の皿に、ギーチェがポン、ポポンとホットケーキを三枚重ねる。シャノンはキラキラと青い瞳を輝かせた。
「おぉー……!」
「残り七枚だ」
再びかまどに向かったギーチェは、ボウルを手にし、フライパンにホットケーキの種を流し込む。
「ギーチェ、いいことおしえたげる!」
椅子に座りながら振り向いたシャノンが、笑顔で言った。
「ぱぱ、えらいの。シャノンにまみーもくれる」
フライパンを振るい、ギーチェはホットケーキを三つ同時にひっくり返す。
「そうか。えらいな」
「いじんなるかな?」
期待するようにシャノンが問う。
先ほど性格が悪いから無理だとギーチェが言ったから、父親の良いところをアピールしたかったのだろう。
すぐには答えず、ギーチェはフライパンを見つめている。
「……魔石病というのを知っているか?」
「ごびょうき?」
「体が魔石化する不治の病だ。アンデルデズン魔導学院で、ある学生がそれを研究していた。父親が魔石病だったからだ。だが、学生に治療法を見つけられるはずもない」
淡々とギーチェは語る。
「亡くなる数日前、父親は息子に言った。『いつか、私とお前の研究が実を結び、多くの人々を救う。私の人生は無駄じゃなかった』」
ギーチェの頭には、ベッドで話しかける父親の姿が浮かぶ。
「だが、葬式に訪れた父親の上役は、彼をなんの研究成果も残さず、無駄死にした馬鹿だと言い捨てた」
「わるいやつっ。シャノン、きらい」
シャノンは嫌そうな顔をして言う。
「……息子はなにも言えなかった」
ギーチェは言った。
「上役は魔法省のトップ、総魔大臣ゴルベルド・アデム。一介の学生に、たてつくことができる相手ではない」
むー、とシャノンはご立腹の様子だ。
「だが、怖じ気づいた息子をよそに、アインはゴルベルドに『間違っている』と言い放った」
「ぶっとばした!」
嬉しそうにシャノンがパンチを繰り出している。
「それで魔導学院を除籍された。あいつは二度と学位をとれない。学位のない魔導師の名は、学界に出せないのが古くからのしきたりだ。魔法史に載ることもない」
「まほうし、のらないといくない?」
不思議そうにシャノンが聞いた。
「権利は持てる。だが、名声は別だ」
焼き上がった三枚のホットケーキを、ギーチェは皿に重ねた。
「頭を下げて、自分が間違っていたと言えば、除籍まではいかなかっただろう。そうすれば、今頃あいつは、生きながらに魔法史に名を残す偉人だった」
残りのホットケーキを焼きながら、ギーチェはどこか遠い目をしていた。
「ぱぱは、いじんなりたいひと」
なれないと困る、という風にシャノンが言う。
「傲慢で、偏屈で、社会性がないが、魔法にだけは誠実だ。あれだけ十二賢聖偉人に敬意を払う奴が、それを望まんわけがない」
だが……とギーチェは昔を振り返る。
若き日のアインは彼に言ったのだ。
――総魔大臣だろうとなんだろうと、魔法は忖度しないぜ、ギーチェ。
「馬鹿な野郎だ。昔っからな」
振り向いたギーチェは寂しげだった。
§ § §
夕方――
古城、玄関口。
帰り際にギーチェは言った。
「では、戸締まりは忘れないことだ」
「ギーチェのはこあるから、シャノンもとどく」
木箱の上に乗りながら、シャノンは言った。
内鍵に手が届かないため、ギーチェが用意したものだ。彼が帰った後、シャノンはしっかりと扉の鍵を閉めた。
§ § §
夜。
城のエントランスからガタッという音が聞こえた。
「ぱぱ、帰ってきた!」
《加工器物》の歯車で様々な形の物体を作って遊んでいたシャノンは、大急ぎで出迎えにいく。
しかし、エントランスには誰もいなかった。
「ぱぱ……?」
そのとき、シャノンの背後から忍び寄る影が見えた。
§ § §
湖の古城前。
夜。アインは帰ってきた。
扉の鍵穴に鍵を入れ、彼は僅かに視線を鋭くした。
(鍵がかかっていない?)
扉を開き、中へ入る。
「ギーチェ。まだいるのか?」
そう呼びかける。
ギーチェがまだ帰っていないのなら、鍵がかかっていないのも道理だろう。
だが、返事はない。
視界の端にアインはある物を見つけ、視線を落とす。
歯車のネックレスとリボンが落ちていたのだ。
(シャノンのリボンと《加工器物》の歯車…)
彼はそれを拾い上げ、次の瞬間はっとした。
ピシィ、と床に亀裂が入った。ドゴオォォォとけたたましい音を鳴らしながら、巨大な漆黒の手が床をぶち破り、大穴を開けたのだ。
咄嗟にそれを回避したアインだったが、そのまま穴の下へと落下していく。
(……深い。城の下にこんな空洞はなかった)
《飛空》の魔法で減速し、アインは地面に着地する。
辺りは地下を無理矢理抉り取ったような大空洞だ。
『動くな。アイン・シュベルト』
アインの周りを囲むように、魔法の光が次々と灯っていく。
暗闇の中、徐々にあらわになったのは見上げるほどに巨大で、闇よりも漆黒の魔導人形だった。
ダークオリハルコンで造られたそいつは、法衣を纏った魔導師を彷彿させる。
(……こいつは、古代魔法兵器ゲズワーズだと…!? アゼニア・バビロンの傑作。起動しただけで魔法協定に違反する代物だぞ)
『娘の命が惜しければ、歯車体系の基幹魔法陣を出せ』
ゲズワーズから声が響き、胸部に魔法陣が描かれる。
その部分が透け、内部には意識を失ったシャノンがいるのが見えた。
(狙いは歯車体系の権利か。内部の御者台にシャノンがいるということは遠隔操作だな。術者と魔法線がつながっているはずだ)
その予測は正しい。
ゲズワーズの術者はデイヴィット。彼はアインに正体を知られないよう、アンデルデズン研究塔から遠隔操作術式を使っていた。
『早くしろ』
アインは魔法陣を描き、一枚の羊皮紙を取り出す。
「これが目当てのものだ。くれてやる。だが」
ゲズワーズからは見えないよう、アインは後ろ手で、《相対時間停止》を使うための、魔時計の杖を魔法陣から取り出していく。
「先にシャノンを開放し――」
巨大なダークオリハルコンの拳が押しつぶすようにアインを殴りつけた。
地下の堅い土壌にくっきりとクレーターが刻まれている。
『基幹魔法陣の在処さえわかりゃ、もう用はねえよ!』
勝ち誇るようにデイヴィットがそう叫んだ。
そのときだ。
「……なるほど。オマエは無能だな」
巨大な拳の下から声が聞こえた。
押し潰されたはずのアインの声が。
『……な、にっ!?』
受け止めている。
質量が桁違いの魔法兵器の一撃を、アインはあろうことか、素手で支えていたのだ。
それどころか少しずつゲズワーズの巨体が押し返される。
「ゲズワーズの御者台にいる限り、シャノンは安全だ」
ゲズワーズの御者台は、本来それを操るための術者を守るため、最も強固な結界が張られている。
たとえゲズワーズが破壊されても、術者だけは守り通すだろう。
アインはとうとう拳を完全に押し返した。
『……!?』
歯車魔法陣が四枚、アインの周囲で回転していた。
アインの体が魔導連結している。すなわちそれは、魔力の歯車で力の歯車を回し、膂力を増幅させる魔法――
「《剛力歯車魔導連結四輪》』
四つの歯車魔法陣が勢いよく回転し、アインはゲズワーズの巨体をゆらりと宙に浮かせる。
それをそのまま、アインは勢いよく投げつけた。
ドゴオオオオオオォォォォォンッとゲズワーズは岩壁に巨体をめり込ませ、その場に崩れ落ちたのだった。
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