2話 冒険者と騎士
考えるのは楽しいです
冒険者が逗留するようになってから1か月が経ち、彼らも大分村に馴染んできていた。
子供たちの人気も高く、信頼も厚い。
「魔法はね、体の中の魔力を使っておこせるものなの。」
「リースせんせー、魔力って何?ラニアそんなのないよ?魔法使えないってこと?」
「うふふ。大丈夫よ、魔力はみんな持ってるものだから。」
そして現在行われているのが、彼らが来たことにより増えた学日の講義「魔法」だ。
教えているのはリースというエルフの女冒険者だ。
「でもわかんないよ。」
「ラニアちゃん、手を出してみて。」
リースはそう言うとラニアの手を握った。そして淡い光が手のまわりを覆う。
「なんかあったかいのが回ってる!!」
「わかる?それが魔力よ。」
わたしにもやってー!と、ほかの子供たちも騒ぎ出す。あっという間にリースのまわりに人垣ができた。
(エルフは魔法が得意って聞いてたけど、ここまですごい魔力だったとは。)
リースによる実演を見ていたカイトは、講義を受けながらそんなことを考えていた。
講義が終わり、カイトが畑に向かおうと村を歩いているとダントスがそれを呼び止めた。
「カイト、講義は終わったのか?」
「うん、今畑に行こうと思ってたとこ。ロン茶も確認したかったし。」
「おお、あれな。若いもんに管理させてるが育成はすこぶる順調だぞ、このままいけば村の新名物になるのも近いな。というわけで今日は畑には来なくていいぞ。最近は人手も足りてるからな、子供らしく遊んでな。」
「レックスさんが手伝ってくれてるの?」
「ああ、ちなみに訓練はアイクが手伝ってる。」
レックスとアイクは冒険者の男性2人だ。カイトも毎日畑と訓練を手伝っている姿を何度も見かけていた。
「ああ、そういえばシュベール爺さんが探してたぞ。時間があったら寄ってやりな。」
「え、シュベールさんが?わかった、ありがとう。」
それからダントスと軽く話をしてカイトは村の外れに向かった。
「シュベールさん!来たよ!!」
カイトが到着した先には小さな家があった。周りにはこれまた小さな畑がある。
「おお、カイトか。ダントスにでも聞いたか?あまり急がなくてもよかったんじゃが。」
「まあ、今日は暇だったし。それにどうせ後から行こうと思っていたから。」
「そうか、まあ上がれ。」
シュベールはそう言うと家の中へと戻る。カイトもそれに続いた。
「お前あのババアのところにも通っとるようじゃな。」
「アハハ…バレたか。」
「バレたかも何も、そんなことしとれば一目瞭然じゃわい。流石オニババア。」
「いや、あんたも大概だと思うよ…。」
お互い軽口をたたき合いながら家の中の椅子に座った。
「それでどうじゃ、冒険者たちは?しっかり見ておるか?」
「うん、色々学ばせてもらってるよ。」
「そうか、お前は目が良いからな。奴ら銀じゃったか?しっかり勉強させてもらえよ。」
そう言ってシュベールは人の悪そうな笑みを浮かべた。
「森の問題が片付くまでは居るだろうからそれまでは。」
「まったくお前は…。気づいておるとは思っておったがやっぱり子供らしくないのぉ。友達いないじゃろ?」
「余計なお世話だよ。一言多い。」
「生意気な…。初めて来たときはあんなに可愛かったのにのぉ、誰がこんな風にしたのやら。」
「間違いなくアンタはその一人だよ。」
とぼけるシュベールと呆れるカイトの構図が出来上がり、弛緩した空気が流れる。
しかしそれはシュベールの一言で一変した。
「さて、どのくらい身についとるか確認するぞ。」
身を切るような気がシュベールから発される。カイトは周囲の空気が静止したように感じていた。
「はい。ご指導よろしくお願いします。」
「いてぇ…。あのジジイめ。何が “これが東方流じゃ” だよ。」
シュベールとの稽古を終えカイトは文句を言いながら歩く。広場を通り抜ける際、騒いでいるような声が聞こえてきた。どうやら稽古場が出所のようだ。
「騎士殿!いけぇ!!そこだぁ!」
「アイク兄ちゃん頑張れぇ!!」
村人たちの声援が駆け巡る。その中心では巡回騎士と逗留冒険者が激戦を繰り広げていた。
「やるじゃないか。冒険者!!」
「さすがは帝国騎士!何という重き剣!!」
当人同士の暑苦しいやり取りは置いておいて、その動きは両者とも見事というべき他無かった。
「お、カイトも見物か。いい勉強になるぞ。」
カイトが試合を眺めているとエルウィンが声をかけてきた。
「あ、父さん。うん確かにすごいね、どっちも痛いところばっかりあんな正確に。」
「相変わらず目がいいようだな。お前に剣を教えるのが楽しみだ。」
「今もたまに教えてくれてるじゃないか。」
「まあな、だが村での訓練はまだだろ?そのことを言ってるんだよ。」
エルウィンが目をギラギラさせながらどんな訓練がいいか語り始める。
(うわぁ…。これは面倒くさい状態だ。)
よし逃げよう、とカイトは思った。
「ごめん父さん。今からウィジーさんのところに行こうと思ってるんだ。」
「む、そうか邪魔してすまんかったな。また訓練か?」
「うん、まあね。」
「お前シュベールさんのところにも行っていたんだろ?本当に熱心だな。」
「目標があるから。」
「そうか…。フッ、俺と訓練する分も残しておいてくれよ。」
エルウィンは少し笑うと、ウィジーさんによろしくな、と広場の訓練場へと戻っていった。
「お前、あのジジイのところに行ってきただろ?」
ウィジーの家に着いたカイトは開口一番この言葉をぶつけられた。
「その通りです。よくお分かりで。」
「全身の魔力循環が甘くなっている。そこまで痛めつけるとは流石はクソジジイ。」
「いや、ウィジーさんも大概だよ…。」
(さっき同じようなやり取りしたよな…?)
そんなことを思いながらカイトは内心うんざりした。
ウィジーの家も村の外れにある小さい一軒家だ。周りに畑もある。ただし家の中は本でびっしりであり、
畑では薬草が栽培されているという点でシュベールとは相違がある。
「ふん、それにしてもしっかり言いつけを守ってるようじゃないか。」
「そりゃね。自分から教えてくれって言ってるしさ。やってるよ、全身常時魔力循環。」
「すぐ音を上げると思っていたから驚きだよ。かなりきついだろう?」
「まあね、毎日が辛いよ。」
「そうかい、じゃあやめてもいいんだよ。別に強制してるわけじゃない。」
「修めたら強くなれるんだろ?それは騎士に近づくってことだ、死んでもやり遂げるよ。」
「つよけりゃ騎士ってわけでもないだろうに、まったく。…まあお前の魔力が目覚めたあの日からの付き合いだ、最後まで面倒は見てやるよ。」
そこで会話が途切れ、僅かな沈黙が生まれる。開けられた窓から弱い風が吹き込む音だけが響いた。
「そういえばエルフは見てきたかい。講義しているんだろ?」
「見たよ。想像以上だった。」
「種族による特性は大きな差になり得るからね。体感できたようでよかったよ。まああれでも序の口だがね。」
「そうなんだ…、楽しみになってきたな!」
「獣人、竜人、鬼人、魔人、お前がしっかり鍛えればそういった相手にも対応できるようになる。」
さて、と話題を変えるようにウィジーが言った。
「外に出な。お前の目覚めた魔力、どのくらい出来るようになったか確かめてやるよ。」
口調こそ変わらないものの、そこに込められた圧力は比べ物にならない。乾ききった喉でカイトは返答した。
「はい、よろしくお願いします。」
「はぁ…、ジジイもババアも容赦なさすぎだろ。」
ほんと、似た者同士だな、と口が裂けても言えないようなことを思いながらカイトは家路につく。
しかし、その道中軽く言い争うようなやり取りに遭遇した。
「我々も巡回を強化しているのだ。これ以上の介入は少し考えてほしい。」
「それはひと月前にも聞いた言葉だ。そこから進展はあったのか?騎士殿?」
どうやら冒険者と騎士のようだった。騎士の方はいつもこの村に巡回に来る男性のようだ。レイの護衛も兼ねている様子であったことから階級はそれなりにあることが予想される。一方冒険者の方は女性だった。赤い髪を束ねており、腰には一風変わった得物が差してある。
(何回見ても面白い武器だな)
彼女の武器は一応長剣の範囲には入りそうだが、それと圧倒的に違う部分が存在している。
(まるで鉤爪が長くなったような…。)
そう、それは爪のようなのであった。持ち手は一つだが刃の部分が三本ある。
使いにくくはないのだろうか?、などとカイトが考えているうちに話は終わったようだ。
「とにかく、これは正式に依頼された件だ。途中で放り出すなんて真似できるはずがない。解決するまでは我慢してもらう。だが安心しろ、調査内容はしっかり報告する。」
「…。ふぅ、わかった。約束は違えるなよ。嘘もなしだ。まあ、かの有名な‘‘赤爪’’殿ならそんな心配はないと思うがな。」
「念押しのつもりか、面倒くさい言い回しをする。」
あまり良いとは言えない空気の中、両者は別れようとした。そこで騎士の方がカイトに気づき声をかけた。
「ああっ!カイト君!!君を探していたんだよ。これを。」
どうやらカイトの方にも用事があったようだ。
「これは…。手紙ですか?」
「ああ、レイお嬢様がどうしてもとね。今はこちらに来ることに関してお館様の目が厳しくなっているからね。この手紙も一応内密にして持ってきたんだ。」
「それは…。わざわざすみません。」
「いやいやこちらこそ。では、私はこれで。」
騎士が帰還していく中、何故かその場に残っていた冒険者にも声をかけられた。
「君は私たちがこの村に来たばかりにあった子だね?」
「あ、はい。今まできちんとご挨拶できずにすみません。カイトです。」
「いやいやこちらこそ申し訳ない、私はファランという。改めてよろしく。」
出会って1か月目にしてようやく交わされた挨拶、という不思議な状況が出来上がった。
その空気を察してかファランは話題をずらした。
「そ、そういえば…君はずっと‘‘流しの修練’’をやっているのか?」
「流しの修練?」
「魔力を体中に流しているだろ。それのことだよ。」
「ああ…はい、ここ最近はそうですね。」
「そうか…。面白い子だな君は。」
ファランは少し笑いながら言った。
(気づいていたのか)
カイトは思った。カイトの魔力はウィジーによって隠蔽されているはずであり、そのウィジーは年老いたとは一流の魔術師であることは疑いない。それを見抜ける者は限られてくる。
カイトはファランこそが4人の中で一番の実力者であると認識した。
「じゃあ、僕はこれで。」
「ああ気を付けて…、いや少し聞きたいことがある。最近森の方で———」
「今日は岩鹿肉よ。ケヴィンさんからおすそ分けがあったの。」
「それはありがたい!明日にでもお礼をしなければ。」
「「やったー!!お肉、お肉!!!」」
「岩鹿を狩れるなんてラニアのお父さんはすごいな。」
「ム、俺だって昔はなぁ———」
夕食時の団欒の最中、カイトは先ほど聞いた冒険者と騎士の会話が引っかかっていた。
エルウィンがそれに気づきカイトに問いかける。
「どうしたカイト、なんか悩みでもあるのか?」
「うーん、悩みっていうものじゃないけどさ…。」
「些細なことでも言ってみるとすっきりすることが多いぞ。ほれ、言ってみなさい。」
「じゃあ聞くけどさ、騎士と冒険者って仲悪いの?。」
エルウィンは少し黙った後苦笑いしながら言った。
「彼らの言い争いでも見たか?」
「うん、さっきちょっとね。」
「そうか…。仲が悪い、と言うと少し違う。彼らも仕事だからな、ぶつかり合うこともある。」
「そう、なんだ。」
「が、それだけではないことも確かにある。」
エルウィンがロン茶をすすり、うまいな、と感想をこぼしながら話を続ける。
「昔からなのだよ、冒険者という職の性質上どうしても騎士との揉め事は多い。そういうのも冒険者はある程度行動の自由が許されているという点に原因がある。例えば領内で取得した物の取り扱いについてだ。」
話が難しい方向に行き、エルトとサーニャの弟妹が舟をこぎだした。
二人をリサが寝室に連れて行く。それを見送りながらエルウィンが語る。
「冒険者には‘‘自身で発見した持ち主のない物品は取得してよい’’という法が、各国によって定められている。これがあることによって活動できているわけだ。しかし、それは領主たちにとっては面白くない。感覚的には自らの家からものを盗まれているのに近いからな。」
「そうか、それがものすごく価値のあるものだった場合…。」
「そういうことだ。双方があの手この手で手に入れようとするだろう。例えば、これは私のものだったんです、とか言ってな。そういった場合に領主側の手先となるのは常に騎士だ、彼らが矢面に立つことになる。」
「なるほど、色んな所でそれが起きていれば関係も悪くなるね。」
「殺し合いになった例も少なくないしな。そういったことが積み重ねられて彼らはお互いに過敏になっているんだ。」
カイトが納得したときリサが寝室から戻ってきた。どうやら二人は眠りに落ちたらしい。
一部話を聞いていたらしいリサがエルウィンに問いかける。
「それがわかっていながらどうして冒険者に依頼したのよ、騎士さんにも巡回強化をお願いしたんでしょう?」
「村の為だ、両方必要だと思った。騎士では数が足りないうえに行動の制限が多い。かといって冒険者だけでは信頼が足りない。彼らは流動的だ、制限がないが裏切られることも多い。」
少し重い空気が流れる。それを察したリサが努めて明るく話題を変えた。
「そういえば、お義父さんが戻ってくるらしいよ。」
「え、父さんが!今回は少し早かったな。今回は何処の遺跡だっけ?」
「爺ちゃんが海の近くの国とか言ってたよ。」
「海の近くか…。父さんと母さんの故郷も海の近く国でな、カリア王国と言ってここからだとファルナ神国を超えた先に———」
今日も村の一日は平和に過ぎていった。少しの違和感を残しながら。