第伍話 あか
「お面してないと、連れていかれちゃうよ」
その聞いた事のある声に、あたしは何故か安堵を覚えた。あの時の少年だった。
「どこに」
「さぁね」
誰だって、なんだって、どこだってよかったんだ。
この腐った世界から連れ出してくれるなら。
どこまでも続くあかいあかい提灯。全ての光が消された今は、屋台の光と提灯の灯りだけが頼りだ。
会場を抜けるとそれさえもまばらになる。
あたしが持つのは、少年にもらった、血を吸ったようにあかいあかい彼岸花。
「献花をしないと、白狐様に怒られるからね」
その花を持っているせいか、周りにはあらゆる魑魅魍魎が見える。昔見た妖怪百鬼夜行絵巻に似ていた。
しばらく歩くと、行く先にはずらりと並んだあかい提灯が、風もないのに揺らめいてた。
あかい鳥居が何千何百も見えて、その鳥居と鳥居の間から、幾つもの白い手が不気味に手招きしている。
下にはなだらかな石段。稲荷神社のそれではない。
少年の後について一歩踏み出した、時。
「菜月ちゃん!」
ゆっくり振り向くと、おばあちゃんが血のついた狐のお面を持って、息を切らしながら立っていた。
「行っちゃ駄目!」
「何で?」
「……っ」
おばあちゃんは絶望した顔ではらはらと涙を流した。
何でこの人は泣いているんだろう。
「いこう」
少年が私に言った。
一瞬、風が木の葉を揺らしてった。
「 う ん 。 」
「菜月! 菜月! 居場所ならあるんだよ! なつ……き……」
最後の方は鳴咽混じりでよく聞こえなかった。




